元カノと聖さん
大学祭の続きです。
バスケの試合が終わると、美月と塚田先生は連れ立って体育館の外に出た。
大勢の人が一度に体育館の外へ出てきたので混雑していたが、徐々に人がバラけていった。
そんな時、試合中に美月たちを見ていたピンクの服の元カノさんが足早にやって来ると、二人の前にスッと立ちはだかった。
「浩平、その子は誰?」
「こんにちは、吉岡さん。吉岡さんに説明する義理はないけど、一応言っとくね。僕の教え子だよ。」
「そう。中学生の家庭教師をしてると聞いたけど、その子は高校生じゃないの。もしかして違う大学の子なの?」
ねっとりした話し方をする人だ。そして疑い深い。
塚田先生は溜息をついて、吉岡さんとやらに応対する。
「この子は大人っぽく見えるけど、中学生だよ。でも僕が中学生を教えていようがいまいがどっちだっていいだろ。 吉岡さんと僕は一年以上も前から何の関係もないよね。それに君とは一か月も付き合ってないでしょ。いい加減に僕のことは放っといてくれないかな。」
塚田先生がハッキリと拒絶すると、さすがの吉岡さんも少したじろいだようだった。けれどすぐに顎をツンとあげて、美月と塚田先生を睨みつける。
「私は別れるとは言ってないわ。そっちが勝手にそう思ってるだけでしょ。いったいこの子で何人目? 浮気はいいかげんにして欲しいんだけど。」
「話にならないな。美月ちゃん、行こう!」
塚田先生は美月の腕を取って、その人からずんずん遠ざかって行く。
どうも先生はだいぶ頭に来ているようだ。美月の腕をつかむ力がいやに強い。
「先生、手がちょっと痛いんですけど。」
「あ、ごめん。」
塚田先生がパッと放してくれた腕をさすりながら美月は苦笑した。
「困った人に好かれたものですね。」
「話が通じないんだよ。二回ほどデートをしてみて、おかしいなと思ったからすぐに交際を断ったんだけど、さっきと同じように聞く気がないんだ。他の人と付き合い始めたら諦めるかと思ったけど、あの調子でね。もうどうしたらいいのか困り切ってるんだ。」
「本当にめんどくさそうな人ですね。先生の彼女から話をつけてもらったらどうなんですか?」
美月がそう提案すると、塚田先生はもっと疲れた顔をした。
「吉岡さんと別れてから二人の人と付き合ってみたけど、僕の性格についていけないとか、吉岡さんに色々と言われるのがウザイって、すぐにフラれた・・。」
「・・・・そうなんですか。」
これって、慰めようがないね。お気の毒に。
中学生の美月が手に負える問題ではなさそうだ。二人ともなんとなく無口になって歩いていると、前方から走って来ていた男の人が塚田先生に気がついて声をかけてきた。
「浩平! 材料がなくなったんだ。運ぶの手伝って!」
「ん、わかった。」
先生が仕事に戻れるように気遣って、美月は一人で皆の所に戻ることにした。
「それじゃあ、先生。私は恵麻ちゃん達と合流します。バスケを見せてくださってありがとうございました。」
「・・悪いね。じゃあ、楽しんで帰ってね。今度は火曜日に行くから、英単語をやっておくんだよ。」
「はぁ~い。」
まずは純兄の写真を見ておこうと、2号棟に向かっていると後ろから足音が聞こえてきた。
チラリと振り返って見てみると、ピンク色の服が見える。
・・・マジ? めんどくさい吉岡さんじゃん。怖っ、後をつけてきたのかな。
美月は携帯を出して、恵麻ちゃんにメールをした。
『バスケ終わったよ。今、どこ?』
『焼きそば食べてる。中央通りの飲食スペースで待ってるよ。』
・・・これは援軍を期待できそうにないな。
『了解。純兄の写真だけ見たら、そっちへ行く。』
純兄が展示場にいてくれたらいいんだけど・・。
美月が足取りを早めると、後ろから走ってくる音がした。
うわっ、来ちゃったよ・・・どうしよう。誰かがいる時に対決した方が安心だけどなぁ。
その時、美月はお守りの聖さんのことを思い出した。
幽霊みたいで頼りないけど、誰もいないよりマシだよね。何と言っても三輪山神社の「お守り」なんだし。
上着のポケットに入っているお守りの紐を片手を突っ込んで緩めると、ポケットから煙が出てきて聖さんが顔をのぞかせた。
「なぁに? なんだか急いでるのね。」
聖さんはのんびりしているけど、少しはこちらの気分が伝わるらしい。
「めんどくさい人に捕まりそうなのよ。守ってくれたらありがたいんだけど。」
「ふぅ~ん。後ろの人ね。」
飛び上がって、美月の肩越しから吉岡さんを見た聖さんはかぶりをふった。
「あらあら、あの人は変な霊に憑かれてるみたい。美月ちゃん、ちょっと攻撃的なお守りを発動するわね。光が眩しくなるから、その時は目をつぶったほうがいいかも。」
聖さんがそんな物騒なことを言い出した時に、吉岡さんが声をかけてきた。
「ハァーハァー、美月さん? ちょっと止まってくれる? 話があるんだけど!」
美月は聖さんと目を見合わせて歩みを止めた。
「何でしょうか。」
「あなた、歩くのが早いのね。」
「ええ。」
伊達に3年間バスケ部にいたわけではない。降り切ろうと思ったらこんな弱そうな女の人に追いつかれる美月ではない。ただ今後のことを考えると、ずっとつきまとわれるぐらいなら今日中に決着をつけといたほうがいいかなと、思っていたのだ。
「あなた、浩平に優しくされて勘違いしないでね。浩平は私の彼なんだから!」
「優しくされてなんかいませんよ。」
「は?!」
「むしろ厳しいです。」
平然と答える美月を見て、吉岡さんは間の抜けた顔をしている。
「とにかく浩平に近寄らないでよっ!」
・・・本当に道理が通らない人だ。これでよく大学で勉強できてるな。
「家庭教師を頼んでいるのに、近寄るなと言われてもねぇ。」
「美月ちゃん、この人と話をしてもまともな会話にならないと思うわよ。」
聖さんに言われて、美月も頷く。
「じゃあ、やっちゃってください。」
「オッケー。フフッ、久しぶり。」
聖さんはニヤリと笑って、西部劇のガンマンのように吉岡さんに相対した。ちっこい姿だけど頼もしい。
「あなた、何を独り言を言ってるの? 私の言ったことがわかった?」
しつこく言い募る吉岡さんに向かって、聖さんはブツブツと長い呪文を唱え始めた。
すると吉岡さんの身体からもやもやと赤黒い煙が湧きだしてきた。
うげっ! なんか出てきたよ。
その煙はだんだんとまとまってきて、中心に金色の目のようなものが出来てきた。
「美月ちゃん、目をつぶってっ!」
聖さんに言われて目をつぶると「ギャーーっ!」と言う風のような叫び声が聞こえてきて、フッとその場の空気が軽くなったのがわかった。
「もう目を開けていいわよ。終わったわ。」
聖さんの声に美月が恐る恐る目を開けると、そこには顔の表情を失くした吉岡さんがぼんやりと立っていた。
「私・・・・。」
「塚田浩平さんへの執着を捨てたほうがいいですよ。彼は見た目はいいですけど、中身は変な人ですし。もっと貴方に相応しい人を探した方がいいと思うけど。」
「私・・・そうね。そうなのかもしれない。」
美月に諭されて、吉岡さんはぼんやりと頷くとふらふらと歩いて去っていった。
「塚田浩平? あの女の人は、その人に執着していたの?」
「そうなんですよ。聖さんがあの人に憑いている悪い霊を除霊してくれたみたいだから、塚田先生も助かったんじゃないかしら。だいぶ長く困らされてたみたいだから。」
「そう・・それは良かったわ。」
聖さんは何か考え込んでいるようだったが、美月は問題がひとつ解決したことで気分が緩んでいて、聖さんの様子には気づいていなかった。
恵麻ちゃん達の所へ急ぐ美月のポケットの中で、聖さんはゆらゆらと揺れながら後ろを振り返って見ていた。
何かあるんでしょうか。




