大学祭
銀杏並木が大学のメインストリートを黄色に彩っている。
美月は思っていたよりもワクワクしていた。
中学校とはまるで違う雰囲気を感じる。扉を開いて別世界へ迷い込んだような気がする。
大学祭の看板が立てかけてある大きな門から、敷地に入った途端にパンフレットを手渡された。道の両側にある屋台からも威勢のいい客引きの声をかけられている。
大学って何もかも規模が違うんだなぁ。
美月はぐるりと周りを見渡しながら感心していた。
遥と恵麻ちゃん、それに美月の三人は、恵麻ちゃんのお兄さんに招待されて安達国立大学の大学祭にやって来た。
三人が秋の日の土曜日にここに来ようと思い立ったのは、受験勉強の息抜きというのもあるのだが、高校より先の進路についても考えてみようという思惑もあった。
12月に入るとすぐに希望する高校へ受験申請書を提出することになる。
そんな土壇場に来てやっと、その後の進路を深く考えてみることになった。
「こうやって大学に来てみたらキャンパスライフというのに憧れるね。」
美月が夢見るように言うと、恵麻ちゃんが笑った。
「勉強は大変だから、嬉野高校のスポーツ推薦にしようかなって言ってた美月が、そんなことを言う?」
「だって塚田先生、チョー厳しいんだもん。女の子みたいな優しそうな顔をしてるのに、あれ中身は厳格なおっさんだよ。」
「そうねぇ、純兄に言わせるとツカちゃんは見た目と中身が全然違うみたいよ。スマートな都会風のイケメンに見えるから女の子の方から告白してきて付き合うことが多いんだって。でも中身が超田舎者の変わり者だから、すぐに女の子が付き合いきれないって言って逃げていくらしいよ。」
なんだか恵麻ちゃんが言うことがよくわかる気がする。
美月もここ三週間、週二回付き合って来ただけで、恵麻ちゃんのその言葉に頷ける。
塚田先生は休憩のお菓子を食べる時でも、コロネ型のお菓子をクルクル回して外側から食べたりする。まるで小学生みたいだ。そしてそのこだわりを薀蓄を交えて教えてくれるのだ。
漫才系の三枚目の人がするのなら、変わった人ねと言って面白がってもらえるかもしれない。でも上流家庭の豪邸で育ってきたように見える王子様のような見た目の人がそれをすると、違和感が半端ない。
それに、ズボンというかジーパンを一本しか持っていないのではないかと思われる。
いつも同じ服装なのだ。上のシャツなども今のところ二種類しか見たことがない。あんなに男前なのに服装にまったく頓着する様子がない。
いったいどんな生態を持っているのか興味深いものがある。
「ねぇ、あそこにいるのがそのツカちゃんなんじゃないの?」
遥の言葉に、恵麻と美月も振り返ってみると、紺色のセーターにエプロンをした男前のお兄さんが大勢の女の子に囲まれて困っていた。
「あ、あのセーター・・。塚田先生だ。」
11月の始め頃には綺麗だったセーターも毎日着ているためか、最近は肘のところが擦れて毛玉になってきている。
その時、女の子達の頭越しに塚田先生がこちらを見て、美月たちに気が付いたのがわかった。
女の子達に何か言うと、大勢の間をすり抜けてこっちへやって来る。
「きゃあきゃあ。」と皆が騒いでいるので、何か爆弾発言をしたのかもしれない。
美月はなんだか嫌な予感がした。
「やぁ、美月ちゃんに恵麻ちゃん、それにたぶん遥ちゃんだね。来てくれてありがとう。」
「別に塚田先生に招待されたわけじゃ・・。」
「シッ、黙って。木の葉隠れの術に協力してよ。」
塚田先生は鋭いひそひそ声で美月の言葉を遮った。
「・・・忍者?」
「さすが美月ちゃん。僕の言いたいことがよくわかってるじゃないか。このまま、2号棟の方へ行こう。純一たちの写真部の展示場もそっちにあるし、人も少ないから。」
「店番はいいんですか?」
恵麻ちゃんが心配して塚田先生のエプロンを見たが、塚田先生は首を振って大丈夫と歩き出した。
「僕がいたほうが混乱するから。何だか話しかけてくる人が多くて、全然焼きそばが売れないんだ。それでなくても焼くのに手間取ってるのにね。一緒にやってるアーチェリー部の奴らに邪魔になるからあっちで話せって言って追い出されてたんだよ。」
顔がいいのも苦労するんだねぇ。お気の毒なことで。
2号棟に純兄たちの写真を見に行くと、そこには遥たちの彼氏の翔と芳樹が所在なさそうに立っていた。
遥がパッと顔を輝かせて翔の所へ走って行く。
「翔君、来てたの?」
「うん、会えてよかった。あんまり人が多いから携帯にメールしようかって言ってたとこ。」
翔の方も遥を見つけてトロけるように笑っている。
恵麻ちゃんと芳樹も思いもかけずに会うことになったので嬉しそうに二人で話している。
美月はがっかりした。こいつらが来ると自分が一人あぶれるんだよね。
カップルの中で身の置き場がない。
「近藤、悪りぃな。お前が両手に花で一日過ごしたかったのはわかってるんだが、俺たちもいてもたってもいられなくてさ。二人で相談して様子を見に来ちゃったんだよ。」
芳樹が美月の側に来て、塚田先生を睨みながらそう言った。
芳樹にとっては、美月は男仲間の一人で、塚田先生は未だに要注意人物だ。
こいつら、美月だけがカップルにならないってわかってないな。どうも男三人と女二人のグループだと思っている節がある。
「美月ちゃん、僕が学祭を案内するよ。第二体育館でバスケの模擬試合があるんだけど行く?」
塚田先生が場の雰囲気を見てそう言ってくれた。
この人・・変わり者だけど空気は読めるんだ。さすがに成人してるだけあるな。
「じゃあここで一旦解散しよう。また集まる時にはメールするよ。大学のバスケって興味あるから塚田先生に連れてってもらう。」
「え・・だって美月。」
遥たちは戸惑っていたが、美月は塚田先生の腕をつかんでサッサとその場を後にした。
「僕いらない口を挟んじゃったかな。」
「いいえ、助かりました。あいつらは私のことを男だと思ってるんですよ。」
「えー、美月ちゃんは意外と乙女なのにね。」
・・・どういう意味?
「着ている服なんかはスッキリしたものが多いけど、持っている小物は可愛いものが多いじゃない。勉強する時の座布団も美月ちゃんが選んだんでしょ。」
「・・そうだけど。よく見てますね。」
「僕は優秀な家庭教師だから、生徒のことはよく見てるんだ。」
塚田先生は飄々とした顔でそう言ってのけたけれど、この人は意外と繊細な気遣いが出来る人なのかもしれないと美月は思った。
へぇ、ちょっと見直したかも。
第二体育館で迫力のあるバスケの試合を観ていた時に、向かいの観客席からこちらをじっと見ている女の人がいた。美月が顔を向けると目をそらされるのだ。
「ん? 誰だろ。知り合いじゃないよね。」
「どうかした?」
「あそこのピンクの服を着た人がこっちを見てるんですが・・。」
美月が塚田先生に説明すると、先生は美月が言う方を見て顔をゆがめた。
「ごめん、元カノだ。・・・あの人めんどくさい人だから、後で美月ちゃんのことを説明しとくよ。」
この後、塚田先生の言った「めんどくさい人」の意味がよくわかることになる。
男前ってホントに大変だ。