拾ったお守り
中三になって、美月は願いがかなわず友達の遥や恵麻と同じクラスになれなかった。
それどころか三人全員がバラバラのクラスになってしまったのだ。
美月と同じクラスになったのは、頼んでもいないのに遥の彼氏の山内翔と恵麻の彼氏の武田芳樹である。
遥や恵麻ちゃんに羨ましがられたが、美月は全然嬉しくない。
救いは二年生の時に同じクラスだった天峰沙也加が一緒だったことだ。
沙也加は二年の時の女友達の中では、まだまともな部類だった。美月をヅカの男役と勘違いしているキャピキャピのファンというわけではなく、近藤美月自身を見てくれていた少数派のクラスメートの一人だ。
沙也加が給食をペロリと平らげて口をティッシュで拭いながら、グチっていた美月に言った。
「そんなに考えなくても・・。勉強に徹したらいいんじゃない? ただの家庭教師で友達じゃあないんだから。」
「そうだよね、友達付き合いじゃないもんね。事務的な態度で接したらいいか。
さすが沙也加。」
今日は家庭教師の日なので、塚田先生にどういう態度をとればいいのかついつい考えていた。
給食の時に沙也加にグチを聞いてもらって、自分の気持ちに整理がついた気がする。
塚田先生は悪気がなかったとはいえ、何となく美月の中では敵認定になっていた。
それは恵麻ちゃんと塚田先生が話している様子を最初に見た時のショックが尾を引いていたのかもしれない。
モールのフードコートで、見たこともない大学生と話している恵麻ちゃんが、全然知らない人に見えた。幼馴染みで、何もかも理解していると思っていた恵麻ちゃんが、何だかひどく遠くにいるように思えたのだ。
あの時は、二人だけ同じクラスになって仲良くしていた遥と恵麻ちゃんに疎外感を感じていたし、生理前で体調も悪かった。そんな不安定な精神状態で感じた印象が、塚田先生のイメージとしてインプットされていたんだと思う。
なんでこの人がよりにもよって家庭教師なんだろう。
今後の勉強にそんな美月の気持ちが影響しそうで、どうにもならないことをグズグズ考え込んでいた。けれども沙也加のアドバイスで、今日からスッキリして勉強に集中できそうだ。
学校が終わって通学路をぶらぶら帰っていると、三輪山神社の山の麓に何かが落ちているのが見えた。
美月が行ってみると、それは手作りの袋に入ったお守りだった。
「へぇ~、今時珍しい大きさだな。」
四つ折りのハンカチぐらいの大きさのお守り袋は、元は綺麗な緑色だったのかもしれない。その色があせてきていてだいぶ古そうな物に思える。けれども誰かが大切にしていたのだろう。そんなに汚れてはいないし、捨てられたというわけでもなさそうだ。
美月は紐を緩めて中を見てみることにした。
すると、ポワンと白い煙があがってお守りの中から綺麗な女の人が揺らめいて出てきた。
美月は口をあんぐりと開けたまま、手のひらぐらいの大きさの少し霞がかった女の人を呆れて凝視した。
「こんにちは。私を拾ってくださってありがとう。お名前は何と仰るの?」
「・・・・・・えっ? ああ、美月です。」
「そう、美月ちゃんね。いい名前。」
「どうも。」
「美月ちゃんには願い事があるみたいね。んーーと、受験のことかしら?」
「へ? ああ、そうですね。」
「やったー!当たったわ!」
・・・、中三の学生ならたいてい考えていることだが、純粋に喜んでいるこの人に突っ込んでいいものやらわからない。美月はその人が信じるままにしておいた。
間違っているわけではない。受験のことはずっと頭に重くのしかかっているのだから。
「美月ちゃんの努力に応えられるように、私も頑張るわっ!」
なにか女の人はやる気のようである。胸の前で両手を握って可愛らしく頑張りポーズをしている。
いったいこれはどういう現象なんだろう。
「はぁ、そうなんですか。・・・あのぅ、あなたは何なんですか? 神様か何か?」
美月はやっと我に返って、その不可思議な半透明の女の人に質問した。
「フフッ、私のことは秘密なのよ~。でもね、あなたにはわかる時が来るような、そんな予感がする。私のことは聖さんと呼んでくれる?」
秘密なんだ。でもこの状況だと三輪山神社の聖霊みたいなものなのかな。
「聖さんね。はい、わかりました。・・でもこれってどうしたらいいんでしょう。さすがに他の人が見たらホラーな映像なんですが。」
「お守りの持ち主以外の人には見えないけれど、気になるんだったら袋の紐を縛ってポケットに入れておいてもらえば、私は袋の中で休んでることになるわ。お話があったらひもを緩めてね。」
「なるほど。」
美月は袋の紐を縛って、聖さんが煙と共に消えるのを確認して、お守りをスカートのポケットに入れた。
少し手が震えている。
その時に始めて、自分が思いもかけない現象にうろたえていることがわかった。
その日の家庭教師の時間は、思いもかけずに拾うことになったお守りのことが気になって、塚田先生のことは深く考えずにすんだ。
先生が今日着ている紺色の薄手のセーターが似合ってるなと思ったぐらいだ。
その日、美月が拾ったお守りは、その後の美月の生活に深くかかわって来ることになる。
そのことを最初に実感したのは、翌週の土曜日の事だった。
何があるんでしょうね。