まさかの出会い
「美月、先生がいらっしゃったわよ~。」
玄関からお母さんが呼ぶ声がしている。
「ハァーイ、すぐに降ります。」
美月はバスケの試合前のような緊張感を感じていた。
これから3月までの五か月は自分との闘いだ。
その戦いをサポートしてくれる家庭教師の人が今日から来てくれる。
「よしっ、頑張るぞ!」
机の上に用意しておいた筆記用具と成績表を腕に抱えると、美月は意気揚々と階段を駆け下りていった。
玄関に立っている家庭教師の人がお母さんと話をしている。
男の先生だとは聞いていたけど、まだ若そうな声だ。
美月は素早くお母さんの隣に座って、先生を見上げた
うわっ! すごい男前。
・・・この人って本当に家庭教師? テレビの俳優が間違えてうちに来たんじゃないの?
「美月さんですね。僕は安達国立大学 二回生の塚田浩平と言います。今日からよろしくお願いします。」
先生はそう言ってぺこりと頭を下げた。
「あ、私は中備西中 三年の近藤美月です。よろしくお願いしますっ!」
反射的に美月も頭を下げて挨拶をしたけれど、塚田浩平って・・どっかで聞いたことがあるような?
ま、いっか。そんなことより勉強だよね。
それでなくても秋まで部活をやっていた自分は受験対策が遅れてるんだから。
「男性の先生だということで、こちらの座敷を使って頂こうかと思うんですがよろしいでしょうか?」
お母さんが仕事から帰って、必死に掃除をしていた座敷に先生を連れていってそんなことを言っている。
よろしいも何も、ここしか使える部屋がないじゃない。
女性の先生を頼んでいたのに該当者がいないということで、男性の先生になってしまったとブーブー文句を言っていた母親が、手のひらを返したように頬を染めて先生に応対している。
男前は得だねぇ。
「堀コタツなんですね。はい、充分だと思います。今日は美月さんと志望校の話をして、実力判定テストを受けて頂いて、学校の成績も踏まえた上で具体的な試験対策を考えていきたいと思っています。ご両親に見ていただく確認シートは、次回持参いたします。最初の日ですから、これから二時間ぐらいかかるかと思いますが、いいですか?」
「はい。よろしくお願いいたします。」
先生は正面には座らずに、L字型になるように美月の左側に座った。
「堀コタツは足が伸ばせていいな。美月さんは背が高いから書くのもこれで丁度良さそうだね。」
「はい。」
「よしっ、それじゃあすぐに実力判定テストをやってもらおうかな。僕は美月さんがテストをしている間に成績表を見て、対策を練るね。」
「あ、これがテストの点が載っている方で、こっちが全体の成績表です。」
用意しておいてほしいと言われた成績表を先生に渡す。
「ありがとう。五教科のどれからやりたい?」
「えっと、国語からお願いします。」
「はい、じゃあこれ。20分以内に出来たら、スイッチを押してここに時間を書いてね。」
そう言って渡されたのは、テスト用紙とタイマーだった。
うわっ、これは最初から集中が必要だぁ~。
先生の「用意、はじめっ!」の掛け声とともに、緊張のテストが始まった。
先生は美月が国語をしている時は成績表の点数等を決められたシートに書いているようだったが、次の教科からは美月がやったばかりのテストの採点もしているようだった。
効率がいいようにできてるんだなぁと、美月は感心した。
「できましたっ。」
「よし、お疲れ様。それじゃあ採点するから、美月さんは休憩しててください。」
そう言われて、美月はやれやれと脱力して頭をコタツの天板につけた。
「クスッ、しかしすごい集中力だね。さすがに部活を最後までやるだけある。」
先生は採点をしながら美月に話しかけてくる。
「え~? でもみんな最初はこのテストをするんでしょ。」
「うん。でも家庭教師を頼む人はたいてい集中力がなくて勉強が苦手になってしまった人が多いから、美月さんのテストのやり方は新鮮だった。」
「へぇ~。でもストップウォッチを持ち出されると、つい試合してる感じがして。・・でもわかんないとこが多かった。」
得意な現代文以外は、どれもこれも記憶が曖昧でいくら考えてもわからなくて白紙にした問題も多い。
これは結構、前途多難だ。
「ん。採点は終わったんだけど、志望校はどこだっけ?」
・・・それを聞くんですね。この出来だと恥ずかしくて言いにくい。
「えっと、公立は岸蔵商業で、私立は秀華高校です。」
「おいおい、行けるとこじゃなくて第一希望だよ。」
「え? 今言った学校は行けますか?」
「普通に受験勉強を頑張って、よほどのヘマをしなきゃね。でも家庭教師を頼むくらいなんだから、行きたいところがあるんだろ?」
「・・えっと、出来れば友達と一緒の高校に行きたくて・・。」
「そう。どこ?」
「公立だったら中備南で、私立だったら嬉野高校です。」
「へぇ~、どっちが第一志望?」
「どっちでもいいんです。中備南は遥が受けるし、嬉野は恵麻ちゃんが行くから。」
美月がそう言うと、先生は「恵麻ちゃん?」と恵麻の名前に引っかかったようだった。
「そう言えば純一のとこの妹が受験だって言ってたな。家も近いし、もしかして恵麻ちゃんって林原恵麻のこと?」
「ええ、そうですけ・・ど。なんで純兄を知って・・・・塚田、もしかして先生って『ツカちゃん女装事件』?!!」
「ゲッ、なんでそんなことを知ってんだよー。」
「うわっ! 芳樹の敵だぁ~!」
なんと思いもよらぬことに塚田先生は、中二の冬に友達の初デートを邪魔した男だった。
幼馴染みの恵麻ちゃんがサッカー部の芳樹と初めてのデートにこぎつけた時に、たまたま恵麻ちゃんに話しかけて、二人の仲をこじらせたことがある。
あの時は大変だった。
恵麻ちゃんは煮え切らないし、芳樹の方は落ち込んでるし。
遥と二人で心配したことを思い出す。
まさかあの時の大学生が、先生だったなんて・・・。
縁は異なものというけれど、どこに知り合いがいるかわからないもんだね。
あの人だったんですね。