第4話
桜も終わり、若葉が芽吹いた日曜日の昼、私は近くのイタリアンレストランのテーブルに座って、ハードボイルドミステリーを読んでいた。この4日ほど連続で一日バイトで働きづめだったので、ちょっと羽を伸ばしたかった。
「なすとほうれん草のミートソーススパゲッティとかぼちゃのタルトですね。はい、少々お待ちください。」
本を読むにはこういうレストランの席が一番良い。ここは料理はもちろん、ドルチェのかぼちゃタルトがたいへん美味だ。
広げた本の中はおどろおどろしく、一癖も、二癖もありそうな人物が劇中で暗躍している。本の中と日曜の午後の、活気溢れるイタリアンレストランとの違いに思わず苦笑した。通常の小説文庫本の何倍もある小説を書くことで知られる作家だけあって、序章だけで普通の文庫本1冊に相当してしまう。就職活動の面接で、こんな本を読んでいると見せたら、人事がひっくり返るほどだった。この作家はこれが普通の量で、なんら驚くことはなかったのだが。いよいよいつもの面々が登場し、また奇怪な事件に巻き込まれていく。物語が加速し始め、ページをめくる手を止められない。夢中になってひとしきりページをめくり続けると、いつの間にか20ページくらい一気に読んでいた。一呼吸置くと、
「お待たせしました。なすとほうれん草のミートソーススパゲッティです。」と、バイトと思われる若い女性が頼んだパスタを出していた。辺りを見渡せば、他の客の会話がうるさいほどに耳をつんざく。たわいのない会話で、日曜のレストランはものすごい賑わいを見せていた。
料理の味は美味しかった。濃厚なミートソースと野菜の味がパスタによく絡んでいる。
たまの贅沢に、と入ったレストランだったが、まぁ満足といったところだろう。
ふと、打ち上げでの会話が蘇る。
「50になった今だって小遣い生活なんだぜ?」
「年に一回はこういうおっさんの話を聞かないとな。」
貧乏だと言われていても、野球に熱狂したり、ジャズなどの音楽や趣味に興じるなど、それなりに人生を謳歌している。
1万稼ぐために何時間も会社や組織に従事するよりも、1時間思い切り楽しんでみるほうが、ずっと気楽で、何倍も、何十倍も充実感がある。どこかのマスコミが垂れ流す腐った情報より、居酒屋で50年生きてきたおっさんの生の話のほうがずっと価値のある情報だったりするのだ。従兄や高校時代の友達から電話の向こうから流されるのは愚痴が多く、私にとっても就職は高いだけのハードル。
頑張るだけで擦り切れて人生終わるなんて願い下げだ。どうせなら、自分のやりたいと思うことを納得できるまでやりきった人生にしたい。そう、先輩達のように。
さて、次は何を読もうかな?
私は再び、分厚い文庫本を手にした。