＃５ そこは――まさに楽園だった
結局、ぼくは幾つもの服やらスカートやらズボンやら靴下やらを着せ替えられた。
一時間近く経過し、ようやく終了して。
ぼくは、自分が今身に纏っている服装を鏡で確認する。
――何の変哲もない、どこにもおかしいところが見つからない、普通の服装だ。
少しフリルのついた白いワンピースに、黒のハイソックス。
ぼくの白銀の髪も含めて、全体を白と黒で統一した装いである。
これだけシンプルな女服なら、日本にいても何ら違和感を抱くことはないだろう。
……まあ、下着はまだ男物なんだけど。
男の姿のときは当然ズボンばっかりで脚を晒すことなんてあまりなかったため、何だか落ち着かない。
思いの外、ちょっと恥ずかしいかも。
「いいじゃないですか、似合ってますよ」
「う、うん、ありがと」
「では、ちょっと後ろ向いてください」
「ん？」
訝りつつも、ユズの言う通り座ったまま体を百八十度回転させる。
すると、ユズは突然ぼくの頭に触れてきた。
いや――頭というよりは、髪に。
「な、なに？」
「今は女の子なんですから、ちゃんと身だしなみは気をつけておいたほうがいいですよ。ほら、髪が少し乱れてるじゃないですか」
そう言いながら、ユズは櫛でぼくの髪を梳かす。
後ろの髪がどうなっているのかは自分じゃ確認できないから分からなかったが、どうやらボサボサになってしまっていたらしい。
女事情はあんまり知らないけど、みんな自分で手入れとかしてるんだよね。長い髪の人は特に大変だろうに、凄いなぁ。
「なんか、急にお姉さんぶってきたね。幼女のくせに」
「……うっさいです。幼女のくせに、は余計です」
そんなやり取りを経て、数分ほどでぼくの髪はすっかり整えられた。
凄い。ユズが本当にお姉さんに見える。幼女なのに。
「それじゃあ、下着を買いに行きましょう」
「……ユズの？」
「わたしのを買ってどうするんですか！ ライムさんのですよ！」
女の体になってしまったからには仕方ない……とは分かっていても、今から自分のブラジャーや女用のパンツを買いに行くことを考えると、ついドキドキしてしまう。
もちろん、興奮という意味でのドキドキね。
何はともあれ、二人で家を出て街中を歩く。着慣れない格好だからか若干歩きづらいものの、そこは根性で頑張る。
どこに何があるのかぼくはまだ知らないので、完全に半歩後ろでユズについて行ってる感じだ。
今はユズがいないと家に戻ってくることすらできないから、いつか一人で色々なお店に行ったり遊びに行けるように、早く道を覚えないと。
などと来るべき未来を夢見ていると、やがて一軒の店に到着した。
見れば、大体は察せる。
これは、明らかにランジェリーショップというやつだ。
女用の下着しか売っていない、夢の国である。
元々男で、彼女も妹や姉もいなかったぼくは、生まれてから一度も入ったことがない。
心臓の鼓動が、激しさを増す。初体験って、色んな意味で興奮するよね。
「何してるんですか？ 早く入りましょうよ」
「う、うん！」
ユズに続いて、ぼくもおずおずと店内へと入っていく。
そこは――まさに楽園だった。
見渡す限りの、ブラジャー、パンツ、ブラジャー、パンツ……実に壮観である。
「おぉぉおおぉぉ、すごいよユズ！ こんなにいっぱいあるんだっ、ここは凄いよ、パラダイスだよっ！」
「ちょっ、あんまりはしゃがないでください！」
頬を朱に染め、ユズは恥ずかしそうに叫ぶ。
この光景を目前にして、はしゃぐなというほうが無理な話だ。
ただ、欲を言えば……下着というのは女の子が履いているところのほうが好き。
だから、どうせなら履いているところを見たかった。
でもまあ、仕方ないか。まずは、こういうところで場に慣れさせておくのもいいだろう。
言わば、今はまだチュートリアルの段階である。
本番は――来るべき場所で、だね。
「ほ、ほら、好みのものを選んでくださいよ」
「でも、好みのものなんて特にないんだけど……」
ブラジャーをつけたことがなければ女用のパンツを履いたこともないぼくに、好みの下着を選べというのはさすがに無茶な話だ。
女の子がつけたり履いたりすることを前提に、見る場合としての好みならもちろんあるけど……自分が身に付ける場合だと好みの意味も変わってくるだろう。
「あー……確かにそうですよね。それなら、とりあえず色々見て回りますか」
「うん、そうだね」
ぼくたちは店内を歩き、様々なブラジャーやパンツを物色する。
色や柄、大きさとか種類とかが違うのは見れば大体分かるが、何か機能的な違いはあるのかな。
男だったぼくにとって、女物の下着は未知の存在すぎて何も分からない。
特に驚いたのが、値段である。
安くても三千近く、高いものなら一万を越えていた。
もちろん異世界だから金の単位が違うし、金の価値も異なるだろう。
値札には四桁か五桁の数字が記されているが、それを円にすると一体いくらになるのかは定かではない。
たとえそれでも、価格が高いことに変わりはないわけで。
女の子って大変だな……と、しみじみ感じる。身だしなみにかかる費用が、明らかに男より多いもんね。
「念のために聞きますけど、お金は持ってるんですか？」
「異世界に来たばかりなのに、持ってると思う？」
「……まあ、ですよね。仕方ありません、わたしが払います」
「いいの？ ありがとう」
まさか幼女に代金を支払ってもらう日が来るとは思わなんだ。
神さまって、こんなに親切で面倒見がいいんだね。
目の前にあるブラジャーを手に取り、値札やサイズを確認する。
四千ほどで、サイズはDか。
ぼくは見れば大まかなバストサイズは把握できるとはいえ、正確な数値ではない。
どうやらブラジャーのサイズにも色々あるらしく、D75とかD80とか複雑になっていて、どれを買えばいいものか。
なんてややこしいんだ。
そもそも、ぼくの胸のサイズは幾らなのか正確に分かっているわけでもないし。
自分で確かめてみようかと、むにゅっと胸を揉む。
……柔らかいです、はい。
胸の感触が手に伝わって快感を覚えるだけで、正直、正確なサイズが明らかになるわけがなかった。
当たり前だけども。
