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ぼくは今日も胸を揉む  作者: 果実夢想
3章【助けました。】
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#7 俺の奴隷になれよ

 遠くで、二人の男女が大勢の男を相手に交戦しているのが見える。

 ぼくたちのために奴らを足止めしてくれている、ネルソン王子とシナモン王女だ。


 その二人対十数人という人数差のある戦闘を、ぼくとミントは船の上から眺めていた。

 ちなみに、〈バトリオット〉へ行くまでの船の料金は、つい先ほどネルソン王子がくれた。

 ネルソン王子からの依頼を受け、その報酬はまだ貰っていないわけだけど……もう充分すぎるほど助けてもらった気がする。


 ここまでしてもらって、失敗したなんてことになったら、あの兄妹にもユズにも顔向けできなくなる。

 だから、何が何でも〈バトリオット〉の偉い人を説得させないとね。

 もちろん、そうじゃなくても失敗なんて絶対にするつもりはないけど。


 ぼくやミントのために戦ってくれている二人を見ながら。

 ぼくは、改めて決意を強くした。


     §


 やがて、数時間が経過した頃。

 先ほどまで辺り一面海だけだった景色に、とある大きな陸地が現れてきた。


「……あれが、私が前まで暮らしてた国――〈フェヌグリーク〉」


 その大陸をどこか遠い目で見つめながら、ミントはそう呟いた。

 少し離れたところからでも、分かる。

 陰湿というか、じめじめしているというか、荒廃しているというか……そういう暗い雰囲気が漂っているのを。

 さっきまでぼくたちがいた〈トランシトリア〉とは、様子が大きく異なっていた。


 数分を要し、船は〈フェヌグリーク〉の桟橋に停まる。


 ぼくとミントは急いで船から降りるが、ぼくたち以外に降りている人は一人もいない。

 わざわざ、こんなところに用がある人なんて滅多にいないということか。


 黒くて若干凸凹とした大地を踏みしめ、ぼくたちは歩く。

〈トランシトリア〉にあった広大な草原や、晴れ渡る青空、温暖な気候……どれも、ここにはない。

 まだ夕方にすらなっていないのにも拘らず、黒い雲が空を覆っているせいか、この国は異様に暗い。気が滅入ってしまいそうなほどに。

 まるで、ここで暮らしている住人の心を表しているみたいだ。

 辺りを見回しながら、ぼくはそんなことを思った。


「ねえ、ミントの住んでた〈バトリオット〉ってのはどこなの?」


「……もうすぐ。ほら、あそこ」


 そう言い、ミントは目線の先を指差す。

 その指の先へ視線をやると、一つの集落のようなものが見えた。


 街というよりは村、もしくは里といったほうが正しいかもしれない。

 ただ、中央付近にある大きな物体が、その小さな集落には似つかわしくないように思える。

 ドームのような、円形の巨大な建造物だ。

 ぼくの表情から察したのか、何も質問していなくてもミントが答えてくれる。


「……あれは、闘技場……みたいな、もの。奴隷を見世物にするために戦わせて、お金を稼ぐの」


「もしかして、勝ち負けってのは」


「……ん。どちらかが、死ねば終わる。死ぬまで、終わらない」


 まさに、生死をかけた遊びってことなのか。そいつらにとっては。

 何で、そんなに酷いことができるんだろう。

 奴隷だって、ぼくたちと同じように生き、ぼくたちと同じように一喜一憂する。

 こんな下らない遊戯なんかで、簡単に命を落としていいわけがないのに。


「……行こ。ライムには、あんな闘技場、関係ないこと、だから」


「……う、うん」


 そうだ。今からぼくがしようとしていることが成功すれば、もう闘技場なんかで死ぬ人はいなくなるはずなんだ。

 だから、とりあえず前に進むしかない。


 何度目か分からない決心をし、ぼくたちは〈バトリオット〉へと足を踏み入れる。

 真っ先に抱いた感想は――スラム街みたい、だ。


 所々にある民家と思しき建物は、必ずどこかが崩れていたりボロボロだったりで、どれもお世辞にも綺麗や大きいなどとは言えない。

 更に、地面で寝ている人がいたり、服装が破けまくっていたり、体が泥だらけだったり。

 ミントからある程度のことは聞いていたものの、こうして実際に目にしてしまうと、あまりにも荒れていて衝撃を隠しきれない。

 これが、貧民街ってやつなのだろう。

 自分がどれだけ恵まれていたのか、思い知らされてしまった気がする。


 暫く歩いていくと、とある人物が二人ほど道を横切った。

 瞬時に、ミントはぼくの背後に身を隠す。

 最初はどうしたのかと訝しんだが、その二人をよく見て理由が思い至った。


 前方で歩いている人は、おそらく二十代後半の男性。

 後方で歩かされている人は、きっと十代後半の女……ミントと同じくらいではないだろうか。

 男は手に鎖を持っており、女の両手首には手枷、両足首には足枷が固定されている。

 そして、男の鎖と女の首輪は繋がっており、男が引っ張る度に女は苦しそうな声をあげていた。


 間違いない。

 後ろの女の子こそが、奴隷なのだろう。


「……こっち」


 ふとミントがぼくの袖を引っ張り、路地裏の細い道へ。

 できるだけ、奴隷を連れている人や知り合いには会いたくないのだろう。

 すぐさま意図を理解し、ぼくはミントとともに路地裏を進んでいく。


 ――すると、不意に。


「……痛っ」


 よく前を見ておらず、ぼくは何かにぶつかってしまい、尻餅をつく。

 その状態のまま見上げてみれば、一人の男性が目の前に立っていた。


 ツンツンに尖らせたオールバックの茶髪に、かなり目つきの悪い双眸。

 決して太っているわけではないし、筋骨隆々とまではいかないまでも、体はなかなかにガタイがいい。

 今のぼくは背が低めということもあるけど、それを抜きにしても背が高いほうだろう。

 不良、ヤンキーといった印象を抱いた。


「……んあ? 何だ、てめぇら」


 男は舐るように、ぼくとミントの全身を睨みつける。

 ぼくは尻についた埃を手で払いながら立ち上がり、できるだけ怒らせないよう気をつけつつ謝罪の言葉を述べる。

 見た目からして、怒らせると怖そうだと思ったから。


「あ、あの、すいません。よく前を見ていなくて」


 しかし、男はぼくの言葉に一切何の反応も示さず。


「……へえ。この町に、まだこんな上玉が残ってやがったのか」


 そう呟き、ニヤっと口角を上げる。

 何だか男の笑みに、言い知れない不快感を覚えた――矢先。


 男はぼくの襟元を荒々しく掴み、壁に叩きつけた。

 背中が痛いだとか、急にどうしたとか、そんなことを考える余裕すらなくて。


「お前――俺の奴隷になれよ」


 ほぼ数センチほどの近距離にまで顔を近づけられ、しかも吐かれた発言は本日二度目のもので。

 不快とか辟易とか呆気とか、色んな感情が綯い交ぜになっていたけど。

 ただただ、ぼくは。

 距離の近さと、男の凶悪な顔つきと、筋肉質の体と、粗暴な態度……それらに畏怖の念を抱いていた。

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