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ぼくは今日も胸を揉む  作者: 果実夢想
3章【助けました。】
23/40

#1 家族なんですから

「……ドリアン王、大変ですッ!」


 そんな切羽詰まったような叫びとともに、見知らぬ男性が突然駆けてきた。

 息は絶え絶えで、かなり急いで来たのだということが分かる。


「何事だ」


 それでも一切動じず、ドリアン王は冷静に問う。

 すると、男性は乱れた息を整えながら答える。


「そ、それが……何というか、複数人が他の国から来て、その……」


「……何だ。もっと落ち着き、要領よく話せ」


「も、申し訳ありません。突然、他国から訪れてきた複数人の男が、この街を徘徊しているのです」


 王の言葉でようやく落ち着きを取り戻した男性は、淡々と、尚且つ焦りを孕んだ声色でそう言った。

 他国からやって来た、複数人の男……? もしかして、観光客とかだろうか。

 不法侵入だったり、犯罪を犯したりさえしなければ、そこまで問題でもないように思えるけど。


「……? それの、何が問題だというのだ」


「無論、ただの観光ならば何の問題もありませんでした。ですが、彼らは人を探しているようなのです。その人を見つけるために、住人に聞いて回っているところを目撃しました。……しかも、銃や剣などを使い、無関係の住民を脅して」


「……」


 ドリアン王の眉が、ぴくっと反応を示した。

 人探しをすること自体は、何も悪くない。

 それどころかむしろ、早く見つかればいいのにと祈るばかりだ。


 けど、だからといって。

 わざわざ住民を脅す必要はないじゃないか。

 そうまでして必死に探している相手って、一体誰なんだ?


「残念ながら、誰を探しているのかまでは分かりませんでした。が、このまま放っておくと、住民に被害が及んでしまう恐れがあります」


 男の意見を聞きながらも、ぼくは脳内でひたすら思案を巡らせていた。

 他国からの訪問者。住民に銃を突きつけることも厭わない野蛮人。目的は人探し。ここ――王都〈ホームベル〉に。

 それらのピースが、きっちりと何かに嵌った気がした。


 ……待て。ちょっと待ってくれ。

 ぼくには、ちゃんと心当たりがあるはずだ。

 当然、断言はできない。あくまでぼくの推測だし、当たっているという保証はどこにもない。

 いや、この場合はむしろ、外れていてくれたほうが嬉しいこと。

 だけど、そうやって楽観的にもなれなかった。


「……ライム様っ!?」


 背後でマリアージュさんの愕然とした声が聞こえたが、ぼくは構わず駆け出した。

 お城を出て、真っ直ぐに走る。

 無我夢中に。一心不乱に。一目散に。

 ユズたちが待っているであろう、ぼくたちの家へ向かって。


     §


 思い出していた。

 あのとき、あの子が言っていたことを。


 ――こことは違う別の国で、奴隷をしていた。

 ――逃げ出したことは、すぐに気づかれる。気づかれれば、必ず見つけ出すために追いかけてくる。


 そう悲しそうに告げた、ミント・カーチスの言葉を。

 確証はない。いや、確信したくない。

 だけど、ぼくの中でどんどん嫌な予感が膨らんでいく。


 突然訪れた来訪者の目的は、ミントなのではないかと。

 そんな、嫌な想像を必死に掻き消してみるも、徐々に大きくなるばかりで消えてくれない。


 今は、ユズが家に匿っているはずだ。

 もし仮にミントが目的の人物だったとして、居場所まで突き止められたとする。

 

 その場合――あの二人は、一体どうなる?


 どれだけ野蛮な人なのか分からないから、まだ何とも言えないが。

 少なくとも、無事では済まないだろう。

 特に、ユズはともかく、ミントはまず間違いなく連れ去られる。

 そして、また奴隷生活へと戻ってしまうに違いない。


 そんなのは、嫌だ。

 ぼくは当人ではないし、知り合ってから間もない。

 だけど、ミントがぼくたちの元から離れ、再び奴隷などという辛い日々を送るのは嫌で仕方がない。


 ぼくたちはもう家族となったのだ。

 そこに、ともに過ごした年月など全く関係ない。


 可愛い女の子を救いたい。友達を守りたい。家族を助けたい。

 ぼくが行動する理由なんて、ぼくが今必死に駆ける動機なんて――たったそれだけで充分だ。




「開いて、る……?」


 やがて、我が家に到着して。

 無防備にも扉が開かれてしまっていることに気づき、ぼくは呆然となる。

 その時点で、もうただの懸念なんかじゃなく確信に変わっていた。


 だから、ぼくはできるだけ慎重に心がけ、ゆっくり中へ足を踏み入れる。

 そっと靴を脱いで壁伝いに進み、奥の様子をこっそりと窺う。


 すると、そこには。

 リビングの隅で暗い表情をしたまま震えるミントと、そんなミントを庇うように前に立つユズ、そして――見知らぬ人間が三人いた。

 今ぼくがいる箇所からは後ろ姿しか見えないため、その顔立ちなどは分からないが……背の高さやガタイの良さからして男性だろう。


 やっぱり、ぼくの当たってほしくない予感が的中してしまったらしい。

 すぐさま助けに行きたいところをぐっと堪え、とりあえず会話の盗み聞きを試みる。


「……身の程を弁えろ。お前は所詮、奴隷なんだ。当然、我々から逃走することも、幸福な暮らしをすることも許されはしない」


「何言ってるんですか! そんなこと、あなたたちが決めることではないです!」


「部外者はすっこんでいろ。これは、我々の問題だ」


「部外者って……それなら、わたしは口出ししてもいいはずです。もう、家族なんですから!」


「家族、だと……? はっ、そんな偽りの関係に何の意味がある。ミント・カーチスに、家族などもういない!」


 ああ、ダメだ。これ以上は、聞いていられない。

 ユズが必死にミントを庇ってくれているが、体の震えは離れているぼくにもよく分かった。


 畏怖。悲哀。憤怒。

 そういった負の感情に支配された、絶望に歪んだ表情。

 あんなに小さな子に、あんなに可愛い子に、女の子に、もうそんな顔をさせたくはなかった。


 だから――。

 ぼくは、すー……っと、自分の肉体から色や気配などを全て消し。

 足音が立たないよう、ゆっくりと男たちに近づいていった。

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