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オオカミ少女の水難

あるところに少女がいた。少女は地味で取り柄がなかった。クラスの幽霊と呼ばれていた。

少女は友達が作りたかった。

「友達の作り方」という本を読むとこんなアドバイスがあった。

「キャラを作ろう!」「キャラのないのはただの女の子!」

キャラか……。

オオカミ少女はなんとなく久しぶりにテレビを付けた。

「ジャック・レモンになりたいのー!」

ツインテールで可愛いポーズを決めるアイドルにみんなが大喝采だ。

「人間がレモンになれるわけないじゃん!」

周りも笑顔で突っ込んでいる。

少女は思った。

「私には無理だな。だってアイドルは元々可愛いもん。可愛いというキャラが元々の基礎としてあるもん。可愛いという基礎あってこそのキャラだもん」

少女は自分の顔を鏡で見た。見れば見るほど陰気で地味だ。

こんなのと友達になりたい人なんているわけないよな。こんなことじゃ一生カレシもできない。

一生処女のままだ……。

そんなことを思っていると突然少女の脳裏にアイデアの閃光が走った。


「これだっ!!」


次の日の教室。今一番熱い話題はTPP議論だ。

リア充達が集まって「日本農業は崩壊する。国保が壊滅する」と悲観しあっていた。

クラス一のリア充美少女エイミーがひときわ大きな声で叫んだ。

「ISD条項よ!これが一番ヤバイのよ!農業とか国保は本丸じゃない!」

なんだって!?

生徒たちが集まってくる。

「どういうことだよエイミー!?」

エイミーは整った顔を斜め30度上方に向けながら熱く語る。

「日本の法律がアメリカの基準に合致してないというだけで訴えられるの!莫大な、何千何億兆円という額をね!機会損失を受けたというだけで!」

「ま、まじかよ!?ビジネスチャンスを失ったというだけで訴えられるのかよ!」

「そうよ!儲けが出ていないうちから訴えられて、ワシントンDCに呼び出されて、全部英語で訴訟しなきゃいけない。裁判官もアメリカ人!これで日本の富を全部奪おうとしているの!」

生徒たちから口々に声があがる。


日本はおしまいだ!日本はおしまいだ!


「あ、あの……」

オオカミ少女がおずおずと口を開いた。

「そ、それって誰が言ってるの?」

エイミーが美しい眉間にしわを寄せてオオカミ少女を睨みつける。

「はあ!?えらい先生たちがいってるのよ!」

「で、でも、新聞とかテレビでは、なんだかTPP歓迎ムードだけど」

「メディアは外資が株主だからなの!」

そんなこともわからないのかよ!?悪目立ちやめろよ!これは日本の主権侵害なんだぞ!

生徒たちからも口々に声が上がる。

オオカミ少女はいつもなら引き下がってしまうのだが、ここは頑張った。一世一代の大勝負だ。

「だ、だけど、機会損失といってもさ、日本ってマイナス金利になるような、投資のし甲斐がないような

国なんだよ?そんな何千何億兆円もの機会ってか、ビジネスチャンスなんて、存在するとは思えないんだよね。存在しないビジネスチャンスを失ったから提訴なんて、いくらなんでも……」

「何いってんのあんた!?日本は狙われてるの!日本の富は奪われるの!日本はもうおしまいなの!」

生徒たちは大喝采だ。

「そうだ!日本は破綻するんだ!外資に収奪されるんだ!円安株安債券安のトリプル安でおしまいなんだ!!」

「いや、そのISD条項というのは、たとえば巨大プラントをその国の企業と合同で作るような場合に、

トラブルがあって、その国の裁判所に訴えたところで、ご当地贔屓でまともな判決が出ないような場合にさ……。そういう国ってまだまだたくさんあるんだよね、裁判所が地元のマフィアと結託してるような国々のほうが世界には多いんだよ。そんな国には世界中の投資家から避けられるよね?だから政府としてもなんとかしなきゃいけない。投資家が莫大な不利益を被ることになっちゃうから、そんなことにならないように、国際第三者機関に、いわば国際経済裁判所に仲裁を頼むようなものでさ……」


「はぁ!?なんのことかわからない!!」

「わけわかんねえよ!」

「ちゃんと経済を勉強してから言えよな!」

「嘘ばっかりつくんじゃねえ!」

「日本はダメな国なんだよ!」


この日から少女はオオカミ少女と呼ばれるようになってしまった。

「大失敗だったなあ……」

勝負をかけたところが大爆死に終わってしまったのだ。

「もう学校行きたくない」

母に言ってみたがサボり癖がつくだのとハナシもまともに聞いてもらえず、ただ怒鳴られるだけだった。

「お母さんもみんなと一緒だよ!大きい声出せばいいと思ってるだけなんだ!」

「お母さんにはわかるの!黙って学校行けばいいの!」


昼休みのことだ。

オオカミ少女がぽつんとひと気のない廊下に佇んで窓から裏庭を眺めているといると男子生徒が近づいてきた。オオカミ少女は逃げ出した。すると男子生徒は追いかけてきた。

「待って、しのぶちゃん!」

同じクラスで学年一のイケメン・剣菱マーティーだった。

「この前のハナシなんだけどさ、オレはしのぶちゃんが正しいと思うよ」

マーティーは甘い声で、しっかりとオオカミ少女の目を見て言う。

「しのぶちゃんはさ、自由貿易だから、保護貿易だから、それ自体が正義だとか悪だとか、そういうのはおかしいって言いたいんだろ?」

オオカミ少女は強く頷いた。

自由貿易を、または保護貿易を排除、打倒すれば、それで経済が好転したり、または悪化したりしないと言いたいのだ。

「自由貿易というのは保護貿易の一形態だと思うの。その逆も然りで。だって自由というのは不自由の中でしか存在できない。いわば、何に対して?という問題。何に対して、どれくらい自由なのか?という問題だから」

「僕が言いたいこともそれだ。自由貿易と保護貿易、その『自由と保護』の区別は相対的な問題だ。何をもって、何を基準として自由と言うか保護と言うか?それを検討せずして、単に自由だから保護だからダメだ!というようでは資源の適性配分、利益と損失の公平なる負担など検討できない」

「今現在の貿易体制だってTPPの一形態といえるもんね」

「実はそうなんだよな。どこを強調するか?の問題にすぎない。日米で貿易協定を新たに結んだって、今までに既に充分自由化されてるからこれ以上何かが変わるとは考えにくい」

「農業が廃れると言っても、とっくに減反や土地の転用政策をしまくってきたし、食生活も変わってしまってて、パンを食べてるくせに今更農業を守れ!というのも不自然なハナシよね」

「そうさ、100均ショップやネット書店を使いまくって商店街や町の本屋さんを潰しまくってきたのに

今更になって何を言うんだ?日本を破壊してるのは自分たち自身だろ!って」

チャイムが鳴った。気がつけばオオカミ少女はマーティーとすっかり打ち解けていた。

「あ、あのさ、マーティーくんは、日本は破綻すると思う?」

「『金融危機法制』を制定しろってハナシかい?そんなのを審議入りした途端破綻するんじゃないかな?

そこまでヤバイのか!?ってみんな思っちゃう」

「だけそそもそも破綻というのは……」

「そうさ、破綻させてメリットがある場合にのみ選択されるスキームさ。破綻させて儲かる時にしか破綻させる意義はない」

「円や国債に収束していたクレジットが発散したからと言ってクレジット自体が消滅したりしないよね?」

「別の軸に収束するだけさ。国債が発散、なんていうけど、そのときは、たとえば国債Zだとかいう、別の金融商品に収束するだけなのさ」

2人は笑い合いながら教室へと戻っていった。


「しのぶちゃん!」

「あ、マーティー君」

しのぶが1人で下校しているとマーティーが追いかけてきたのだ。

「悪貨が良貨を駆逐するというけどさ、選ばれたほうが悪貨なわけがないと思うんだ」

「選ばれたんだから良貨なんだけど、品質が低く製造が簡易な財産に信用は移転していく性質があるからね。使い勝手がいいから選ばれるんだ。」

「決済の簡易性が財産自体の市場価値よりも選好されるのね」

「めんどくさくない、ということにはそれだけの価値があるのさ」

「それも流動性選好理論の一種なのかな?」

「ケインズはそこまで言ってはいないけどね。時間というものの有限性から必然的に生じる結論だろう」

「理論は人間性のフレームを超えることはできないのね」

ところで……。

マーティーが話題を変えた。

「ちょっと港まで行かないか?」

「え?どうして」

「えっと、その、蟹でも見に行かないか?」

「カニ?」

「蟹って不思議な生き物じゃん?横にしか歩けないし走れない。でもそれがカニにとってはストレート」

いつになくマーティーがあたふたしている。


港についてもマーティーの様子がおかしい。

歩きながら闇雲に話し続けるのだ。その顔はやけに赤い。

「あっ、船だー!あれで海の上を走るなんてすごいよね」

「どうしたのマーティー君?」

「えっと……、その、なんていうかな……」

キュッと表情を引き締めたマーティーがしのぶのほうに向き直り、まっすぐに目を見て言う。

「しのぶちゃんってさ、処女だよね?」

「う、うん。見た目通りの……」

「僕も童貞なんだ」

「エエエエエっ!?」

しのぶは驚愕した。マーティーは女子生徒の憧れの的なのだ。

「実はその……、しのぶちゃん、僕、なんていうか、前々から……。なんていうかな、その……。童貞は好きな人に捧げたい。それでその、好きな人も処女であってほしい、という夢っつか願望があって……」

しのぶは首をかしげた。

「???」

マーティーは慌てた。

「えっと、だからその僕は……」

「マーティー君には好きな人いないの?」

「えっ!?……っていうか、だから……その、好きな人っていうのが……」

「マーティーはしのぶが好きなんだよね!」

「う、うわあああっ!」

「えええっ!?」

マーティーとしのぶが振り返るとそこにはエイミーとリア充たちがいた。

「私、知ってた。前々からマーティー、しのぶのことばかり見てたもん。そうなんでしょ!?」

「だ、だったら何だよ!?」

「ま、マーティー君……」

「私がマーティーのこと好きなの知ってたわけ?」

「わ、私は別にそんな……」

「それで経済のこと勉強してマーティーの周りをウロウロしてたんでしょ!」

「ち、違う。私は……」

「いいのよ別に。女子ならマーティーのことが気になって当たり前。マーティーは処女が好きなんだよね?」

「僕が童貞だから、という以前にマジメで地味な処女の子は男子に物凄い人気がある。男子が一番好きなのは、地味でマジメな草食処女っ子なんだ!」

エイミーは巻髪を揺らした。

「へー、処女と非処女が溺れてたら処女を助けるってわけね?」

「当たり前だろ!男が命をかけるのは処女だけだ!!」

「じゃぁ処女と処女が溺れてたらどうするの?」

「そ、そりゃなんとか両方助けるよ」

「本当に?」

「本当さ!」

「どっちから助けるの?やっぱり地味な方から助けるの?」

「それはその男の好みだろう。僕は地味っ子が好きだから、地味っ子から助けるさ」

「それはいいこと聞いたわ」

「きゃーっ!!」

言うなりエイミーはしのぶを抱きかかえるようにして一緒に海に飛び込んだ。

「くっ……」

苦悶の表情を浮かべるマーティーをリア充たちがあざ笑う。

「どうするマーティー、ああみえてエイミーも処女だぜ?」

そうなのだ。エイミーは派手系で生意気だが処女なのだ。

どうするマーティー!?

コブシを握り込んだマーティーはカッ!と目を見開くと上着を脱ぎ捨て海に飛び込んだ。

そして真っ先にエイミーを抱えると岸に向かって泳ぎ始めた。

「やっぱり私を選んでくれたのね。チョコもあげたもん」

エイミーはマーティーにしがみついた。

「喋るな。水を飲むぞ」

岸辺のリア充たちにエイミーを任せるとマーティーは再び飛び込んだ。

今度はしのぶを抱え上げて岸まで泳ぎ着いた。

「お見事だなマーティー。だけど見ろよ。しのぶはもう息をしていないぜ」

しのぶの顔面からは血の気が失せ、呼吸は消えている。

「エイミー、コッチ来い!」

「な、なによ怖い顔して。私を選んだのはマーティーでしょ!?」

「そうだよ。後ろから僕に抱きつけ」

「いいわよ。それくらい。私達初エッチもするんだから」

マーティーの後ろからエイミーが抱きついた。ぎゅっと押し付けた。

「どう、マーティー?元気になった?」

「よーし、いい感じだ」

マーティーはそのまましのぶの人工呼吸を開始した。

「えっ!?」

「いいから抱きついてろ!」

マーティーはしのぶの小さな胸に手を当てると心臓マッサージをした。

「生き返れっ!」

エイミーはただただそんなマーティーの後ろからしがみつき続けた。

しのぶの顔に赤みが差して息を吹き替えした。

「ま、マーティー君。私……」

「最初にしのぶを助けたらエイミーが仮死状態になることはわかっていた。そしたら人工呼吸や心臓マッサージしなきゃいけない。初めての……、人工呼吸は、しのぶちゃんに捧げたかった!」

「マーティー君!」

しのぶがマーティーにしがみついた。

「え、じゃ、わ、私を選んだわけじゃy……」

「エイミー、お前はむかつくけど処女は処女だ。強くはないけど処女力も持っている。だからチカラを貸してもらった。お前が作ってくれたチョコにはツバが入っていたがそれはそれで処女処女しさの現れだ。エイミーがいなければしのぶは生き返らなかった。」

「ま、まぁ私がしのぶを突き落としたんだけどね」

「それは僕を思う心からだろ?」

「許してくれるの?」

「処女だからね。でも今回だけだぞ?」

エイミーは反省した。しのぶとも仲直りした。

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