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徒然旅程  作者: バグ
赫赫たる技術者
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第七話



振り上げた剣は、中程まで地面に刺さっていた。剣を傾けると、ハサミのようにエルフの細首を落とすだろう。


息を呑む音が伝わってくる。


シエラはゆっくりと顔を近づけた。


「どうしてこんな所にエルフが居る。どうして私を狙った。話せば助けてやる」


 尋問とはこのように行うのだ。


 エルフは苦しげに顔を歪めていた。腹部を襲った衝撃のためか、何度も咳をした。拘束から解放されようと、身体を捩ろうとする。馬乗りになって腕を挟んでいるため、微動だにしない。


歪んだ顔も美しく感じるのは、嗜虐心のためでは無い。単純に、どんな表情でも美しく感じさせる種族なのだ。


『……乗るな……どけ…………』


余裕が無いのか、エルフ語に戻っている。


剣を傾けて、首筋に当てる。


「こちらの言葉で、よ」


「…………」


「どうして私を狙った」


 眼を背けられる。


剣を握る手に力を込めると、エルフの首筋に一筋の赤い線が走った。


「本当に首を落とされたいか」


 眼を細め、歯を食いしばっていた。歯の隙間から悔しげな吐息が漏れ出る。


「……正確に言えば、お前を狙った訳では無い。どうやら勘違いだったようだ」


「そうでしょうね。エルフに狙われる心当たりは無いもの。聞きたいのは、背後を取って脅した理由よ」


「仲間が居なくなった。私の親友だ。どうせ人間が絡んでいるのだろうと思った」


シエラは嘆息した。


「呆れたわね。出会う人間全員に脅しをかけるつもりだったの? 人間がどれくらい居るか知ってる? エルフの100倍や1000倍じゃ効かないのよ」


 エルフの知能は高い。だが、一生の大半を小さな森の中で過ごす。常識や価値観が異なるのは当然だが、あまりにも人間世界を知らないと思えた。


「いや……こんな場所でお前を見つけて、何だか如何にも怪しそうだったから、お前に聞けば何か分かるだろうかと……」


「う…………」


 とんでもない濡れ衣だが、怪しいと言われれば返す言葉が無い。


確かにこんな場所ではある。依頼で訪れはしたが、普通の人間は――何らかの能力者でも――こんな場所まで足を運ばないのだ。シエラとて、先客が居れば警戒しただろう。仮にそれがこのエルフだったとして、普通に声を掛けただろうか。


「嘘は付いていないだろうな」


剣に力を入れて、更に首筋へと食い込ませた。


「……付いていない」


「それを証明する手段も無いわけだが……」


シエラの言葉を聞いて、エルフは歯を食いしばり、眼を閉じる。


覚悟は出来ているという事だろうか。


いや――。


(泣かれると辛いわね……)


 眼の端から涙が溢れていた。体も震えている。


演技には見えないが――。


剣を地面から引き抜いた。組み敷いていた身体を戻す。エルフを解放して、深く息を吐いた。


「……どうして?」


 エルフが問う。


「まあ……貴女の問題に私は関わっていないし、興味もないから」


「私はお前を殺そうとしたぞ」


「それで、殺せなかった。追い詰められてもいないし、腹も立っていない」


 肩をすくめて、これ見よがしに後ろを向いてみせる。


「殺すほどでは無い」


 奇襲を受けても凌ぐ自信がシエラには有った。このエルフは、シエラには到底及ばない。何度狙われても、彼女の矢はシエラに届かないだろう。


「何も無い空間から剣を取り出したな。お前の能力か?」


「……それ以上、聞かないでよね」


 そんな事を問われても困る。詳細を知られれば、殺さなければならない。1度情けを掛けておいて、それはいくらなんでも滑稽だ。


ザックから懐中時計を取り出した。


時刻は16時。全速で走れば、日暮れまでに旧クロッペンベルクへ戻れるだろうか? 直線距離ならば簡単だが、もちろんそうでは無い。途中で魔獣に出くわす可能性も高い。獲物を察知した魔獣はとてもしつこい。廃墟とはいえ、連れて戻るような愚は避けたかった。


なるべく早く此処を離れたいが――。


シエラが考えていると、


「情けを掛けたついでに、しばらく一緒に居てくれないだろうか」


 エルフがこんな事を言い出した。


「…………はぁ?」


「強い魔獣に追われれば、逃げ切れる自信が無い」


 何とも図々しい事だった。そもそも、自分の命を保証出来ない者が旅をするべきでは無い。


それ以上に、シエラは驚いていた。


彼等は気位の高い種族だと聞いた覚えが有る。人間を下等と見下す者も――数は少ないが――居るという。通常の人間と比較すれば、エルフの身体能力や知能はそれらを圧倒している。能力的に考えれば、見下されても当然と言えた。それが人間に頼みごとを――それも、返り討ちされた人間に。


「遺跡の中で隠れていればいいじゃないの」


「遺跡の中が安全だとは限らないだろう」


 それはその通りだ。


戦闘の音を聞きつけて、魔獣が接近していないとも限らない。だからこそ、シエラは一刻も早くここを離れたい。遺跡内部へ隠れないのは、魔獣が遺跡内部へ侵入してきた場合を想定しての事だ。閉鎖空間内での戦闘は避けたい。それも、先史遺跡は退路が入口のみ。内側から壁面を破壊する事が出来ない。


「大体、何で私がそこまで面倒を……」


 シエラの言葉を遮るように、エルフは自身の腹部を指した。


「素早く動くことが出来なさそうなんだ」


 成る程。思った以上にダメージが通っていたらしい。


 ――そこまで面倒を見ていられない。


そう切り捨てるのは簡単だが、そのせいで死なれては寝覚めが悪い。それに、日暮れまでに帰り着く確証が無い以上、ここで野営する事も考えていた。


先程から周囲の気配を探っているが、魔獣が寄ってくる様子は無い。気づかれてはいないようだ。野営するならば遺跡の内部で行うが、もちろん警戒は怠らないつもりだ。


「……中へ入るわよ」


「一緒に居てくれるのか?」


「自分で頼んだくせに。もっと喜んだら?」


「……有難う」


 礼を言われて、やはり面食らう。


 エルフという種族の特性に付いては伝聞でしかないため、実際は聞いたほどでは無いのかもしれない。


歴史の中で、人間は度々エルフの領域を犯してきた。そのため、エルフは人間に対してある種の警戒心を抱いている筈なのだが――。


「私の事はシエラと呼んで。貴女の名前は?」


「クラウディア・J・D・ヴァーラスキャールヴ。クラウディアと呼んでくれ」


 その微笑みは心を蕩かせる何かを秘めていた。その容姿を含めて武器なのかもしれない。


だが、先ほどまで尋問されていた者に向ける笑みとは思えなかった。警戒心の欠片も無い気がする。そこまで心を許される筈も無いので、作り笑いだろうか。だとすれば大したものだ。腹芸が得意な種族では無い筈だが。


とまれ、まだ害意を持っていたとしても、問題無い。真意が分かるまで、隙を見せなければ良いだけの事だ。


クラウディアは、茂みの中からザックを持ってきた。どうやら隠していたらしい。戦闘状態になれば、確かに邪魔な荷物だ。物の出し入れが自由なシエラには、忘れがちな配慮だ。些細な事から能力が露見する可能性も高いため、それは今後の教訓だった。


シモーヌの祖母が使っていただろう部屋を選び、シエラ達はそこで一晩を明かす事にした。


助けることとなった手前、傷の確認も行う。身体を拭くついでに改めさせてもらった。


氣功を修めた者が怪我をした場合、治癒速度はとても速い。骨が折れても数日で完治するし、切り傷ならば数時間で塞がってしまう事も珍しくない。普通ならば死んでいる重体からでも生存が可能だ。


首筋の切り傷は既に塞がっていた。


下腹部への蹴りは痣になっていた。


「……ぅんっ」


触るとビクンと身体を震わせたが、痛みに因るものか、こそばゆかったのか。心なしか、頬を赤らめているようにも見えた。触られる事に慣れていないのか。


(エルフの性行為は人間と変わらない……って師匠が言っていたっけ)


 シエラは女だが、どちらかと言えば女性の方が好きだ。


エルフとの性行為はどのような具合だろうか。


 このまま感じさせていけば、そのような行為に発展する可能性も――などと馬鹿な事を実行に移さない程度には理性があった。激怒されて、今度こそ矢を射られるだろう。


痣は重症では無い。程なく消えるだろう。


(……でも、凄い身体ね)


 下心の入り混じったものではあるが、率直な感想でもある。人間では有り得ないような。完璧な美体だった。性的にではなく、芸術的に美しいとすら言える。


あまり見過ぎると、目に毒だ。


「食事は?」


「手持ちが有る」


 そう言ってザックから取り出したのは、どう見ても美味しそうに見えない小粒の塊だった。穀物や植物の種、糖類等を混ぜて固めた物らしい。つまり、シエラが持っている携行食品と同じようなものだ。かなり小さいが、エルフにはそれで十分なようだ。


コーヒーを淹れると、喜んで飲んでいた。嗜好はあまり変わらないのかもしれない。


食事が終わると、クラウディアは直ぐ眠りに付いた。やはり警戒心を感じない態度に、シエラは戸惑った。


どれくらい旅をしてきたのかは知らないが、疲れていたのかもしれない。その寝顔は美しい。改めて観察すると、少し幼さを残した顔立ちにも見えた。思わず襲ってしまいそうになった。


シエラも身体を拭いて眠る事にした。


氣功の作用か、その身体は殆ど汚れない。だが、これは習慣だ。嗜みとして覚えておけという師匠の言葉でもあった。一日に区切りを付けるのは、大切な事なのだと。


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