五話 現実
「おや、もう動いて大丈夫なのかい?」
部屋を出て階段で一階に降りると、カウンターからそんな声が聞こえた。
声の方を向いてみれば、恰幅のよい女性がこちらを見ている。
「あ、あんたは?」
「あんたとは失礼なガキだね。まったく、あの子はこんな礼儀もないガキを助けたってのかい?」
あの子……? さっきまで部屋に来ていたあのミルレアと名乗っていた女性だろうか?
そう言えば彼女は、この宿で働いていると言っていたが……。
「――まあいいさ、どうせ眠り続けてて腹減ったろう? 簡単なものならすぐに作ってやるよ」
「いや……今は遠慮しておく」
「お、おい! ちょっと!」
俺は女性の制止を振り切り、宿の外に出た。
「……」
外はいつもと変わらない風景だった。
様々な服装の人が闊歩し、生活している。
今は時間帯からか、主婦とみられる女性が多い気がする。
「夢、じゃない……」
俺は左手を握ってみる。
握ったその手はまるで自分の手じゃないようで。
でも握ったことで腕に走った痛みが、あの時の出来事は現実だと教えてくる。
「ああ……」
俺は空を見上げた。
夕日が差し迫った若干朱色に染まった青空。
突き抜けるように壮大で、今回俺の身に起きたことすら、ちっぽけに思えてしまう。
「……行くか」
俺は、ある場所へと向かった。