二話 初級ダンジョン
俺がギルド入口のドアを開けて中に入ると、数名の"勇者"たちが一斉に俺を見た。
しかしその後すぐ、俺が羽織っていた動物の皮を鞣して作られた安っぽいレザーマントと首に掛けられた銅色のプレートを見て目を逸らす。
「……おいおい、最低ランクのカパーがなんでパーティも組まずに一人でギルドに来てんだ? ……あぁ、カパーなんかと組んでくれるような奴がいるわけねえか」
明らかに俺を嘲笑う声が、ギルドの中に響き渡る。
一応俺に聞こえないようにする素振りとして小声で喋っているようだが、その実、敢えて俺に"聞こえる小声"で喋っていることは、誰が聴いても分かる。
でもそれも仕方ない。何せ俺は、未だ初期モンスターのスライムすら、満足に倒せないでいるのだから。
「……これを」
俺は掲示板に張り出されたスライム討伐の依頼を乱雑に取り外し、受付に差し出す。
すると受付の女性は、マニュアルに書いてあるのだろう、今の俺には見当違いの質問をしてくる。
「お一人での、受領になりますか?」
その瞬間、再び後ろから声を押し殺す笑い声が響いた。
俺はそれを気にすることもなく、頷いた。
「……では、こちらにお名前と使用の武器を」
差し出された用紙に、俺は黙々と記入していく。
ギルドでは、討伐依頼を単独で受ける場合、名前と使用する武器の種類を記入する。
そうすることで、モンスターを討伐した後、掲示板に討伐した者の名前と武器が記載され、名が売れる。
「……スレイト・グラファース様ですね」
受付の女性は確認のために俺の名を読み上げる。
それからカウンターから用紙を取り上げ、代わりに四角い小箱を差し出した。
「討伐したモンスターの一部を、この箱に入れてお持ちください。そうすることで、討伐依頼が完了となります」
俺はその箱を懐に仕舞い、くるりと踵を返す。
「せいぜい、死なねぇことを祈っといてやるよ! カハハハハ!」
ギルドを出る間際、男たちは俺を嘲笑いながら、今度ははっきりと聴こえる声で言葉を投げつけてきた。
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通称"初級ダンジョン"と呼ばれるこのダンジョンは、比較的倒しやすいとされるスライムやゴブリンが多く徘徊している。
勇者の強さを示す度合いで初心者であるカパーランクの者らは、皆初級ダンジョンでスライムやゴブリン等を狩ってランクを上げようとする。
「くそっ……このっ……!」
そんな中、俺は一匹のスライムと対峙していた。
粘着質な身体が特徴的なスライムは基本的に物理攻撃が効かず、魔法による攻撃が有効だとされている。
俺は得物である小型の剣をスライムに向けて振るう。
剣先はスライムの身体に刺さりはするが、その粘着質な身体に全てを吸収される。
スライムは斬られた箇所を恐ろしいまでの再生能力で修復し、すぐにまた万全の状態に帰すだろう。
全身が細胞の塊みたいな生き物だ。
このモンスターに、斬撃は効かない。
――そんなことは、俺にだって分かっている。
俺は剣を振るう右手とは逆の左手で懐を漁った。
腰辺りで固く、冷たい金属製の物体が触れる。
俺はそれを即座に引き抜き、スライムに向けて構えた。
「喰らえっ……!」
俺は構えた金属製の武器――拳銃を構え、狙いを定める。
狙うのは――スライムの生命核となる、緑色の球体。
それが今、俺の斬撃によってむき出しになっている。
一発、そしてもう一発と、引き金を引き絞る。
火薬の焦げた匂いが銃口の先から放出されると同時に、二発の弾丸が虚空を斬る。
スライムの再生能力は恐ろしく早い。秒数にして、おおよそ1.05秒といったところか。
だが、俺の放った弾丸は、一発目で再生仕掛けていたスライムの身体をこじ開け、二発目で、生命核に直撃した。
音も立てず、まるで氷が溶けるみたいに消えてゆくスライム。
俺は武器をそれぞれ仕舞うと、砕けて小さな欠片となったスライムの生命核を拾い上げた。
「はぁ……やっと倒せたか」
このスライムを倒すのに、どれだけの時間を消費しただろうか。
まずこのスライムがどんな行動をするかで一日。
次に生命核を見つけるのに一日。
そして、スライムの再生能力の時間を測るのに一日。
「まあ、倒したんだから文句ねぇだろ」
俺は拾い上げた生命核を小箱に入れると、周りを見渡してみた。
初級ダンジョン、リンガーヴェル洞窟。それがこのダンジョンの名だ。
入口から大広間まで続く道は一本しかなく、広さはそこそこあるものの、戦闘するには些か狭い。
本来なら大広間が一番モンスターとの遭遇率が高いのだが、今回は運悪く、この一本道で出会ってしまった。
「……もうこんなところで稼いでる奴なんかいねぇよな」
ここは初級者の中でもとことん下の勇者が来る場所だ。
最近では初級者でも師を持つ者が多く、大体はその師に連れられてもう少し上の初級ダンジョンで戦いを学んでいる。
ここにはもう、滅多に人は来ない。
俺がまた別のスライムを探そうと足を踏み出した、その時だった。
「……足音?」
微かに、洞窟の奥の方から、数人の足音が聞こえてきた。
周りに人がいないためというのもあるが、その足音の中に、甲冑の足音が混ざっていたため耳に届いたのだろうか。
――今更こんなところに来る奴がいるってのか?
と疑問を持ったが、今の俺にそんなことを気にしている余裕は無い。
今は少しでも多くのスライムを倒して、生活を豊かにすることが俺にとっては先決だ。