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第9話 いったいなんなのだ

 シオンはこれまで考えてこなかったわけではない。

 いや、それは誰もが考えることではあった。



 『どうして自分がこんな目に会うのか』



 それは日本にいた頃からだった。

 おかしな身体に生まれたこと。

 そしてそれに付随する問題の数々。

 学校生活は困難をきわめた。

 さらには両親の死……。

 

 かろうじて腐らなかったのは、不幸なのが自分だけ(・・)ではないことを知っていたからだった。

 世界には自分よりも不幸な人間はいっぱいいた。

 だが、だとしても、と思わずにはいられなかった。



 そして火事が起こった。

 死の寸前、なんと異世界へと飛ばされた。

 そして瞬く間にさらわれ、売られ、そこから奴隷としての生活が始まった。


 そこでも見聞きしていた。

 もっと不幸な人間たちのことを。

 だが、だからなんだというのだ。


 人には人それぞれの許容量がある。

 自分はまだマシだからといって、耐えられるかどうかは別の話だ。



 盗賊に襲われた。

 周りの人たちが死んでいくのを見た。

 恐怖としか言えない殺し合いをした。

 そして人に殺された。

 そして人を殺した。

 シオンの中にどうしようもない感情が生まれるのは責められることではないだろう。


 


 いったい(・・・・)なんなのだ(・・・・・)この人生は(・・・・・)!!!




 人を殺した、という事実は確かに衝撃(インパクト)は強く、決壊の引き金にはなったが、完全なる正当防衛であることは明白であったし、本能的に自分の中に閉じこもり、自らの精神を必死に守ろうとしているシオンにとっては、最も処理しやすい問題ではあった。


 とはいえ、先の憤りは揺らぎはしない。

 もはやシオンには一度決壊してしまった精神を繋ぎとめるだけの材料を見いだせなかった。




 何もかもどうでもいい。


 自分も、他人も、世界も――。


 ………。


 ……。


 …。

 





「シオン君は、がんばったのよ」



 美しい声が聞こえた気がした。

 包み込まれるような感覚を覚えた。

 

「シオン君、私を守ってくれてありがとう」


 シオンの耳にささやく声。

 そして小さな歌が聞こえてきた。


 それはセイレーンの歌う子守歌であった。


 あきれるほどに美しく、やさしい歌声。


 ボロボロの精神がたどり着いた先に、シオンは光を見た。


 それはただの肉体的快楽だったかもしれない。


 シオンの心を慰めたわけでも、シオンの疑問に応えたわけでもない。



 だが、心地よかったのだ。



 それは、ただ、それだけであったが、だからこそシオンはそれをむさぼるように求めた。

 シオンの心は、いまだボロボロのまま。

 だが、セイレーンの歌声は、シオンの心を永遠の孤独の海へと沈ませはしなかった。



 シオンはゆっくりと目を覚ました。




 シオンが目覚めると、すでに戦闘は終わっていた。

 座り込む自分を後ろからセイレーンが抱きしめ、耳元で小さく歌っていた。

 どうやら馬車の中であるらしかった。


「シオン君、起こしちゃいましたか?」


 身じろぎしたシオンが目覚めたことをセイレーンが察する。


「ううん、お姉ちゃん、もっとお歌を聞かせて」


 シオンの物言いに若干の違和感を覚えながらも、あれだけのことがあってショックで倒れたのだ、多少の混乱はあるだろう、とセイレーンは気には留めなかった。


 わかったです、と言って再び耳元で小さく歌ってあげることにしたのだった。

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