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第64話 この異世界でご主人様の奴隷になった――だから、ご主人様を王にする

「おや? そこにいるのは噂の≪パープルグリフィン≫とやらですか?」


 チェスターが自分のパーティを連れて向かってくる。

 魔人だけのパーティかと思えばそんなことはない。魔人であるチェスターとアリアンナ以外にはエルフにドワーフに獣人と、メンバーの種族に一貫性はないようだ。


 チェスターは武舞台の上で歩みを止め、そして言ってくる。


「時間まであと少しありますが……、(かま)わないでしょう。上がって来てください」


 シオンとファイズは既に戦う準備は出来ている。言われたとおりに舞台に上がった。


「本当に二人きりなのですか? バルガルに勝ったと聞いたときは何かの冗談かと思いましたが……、なるほど。八百長か色仕掛けでもしたのでしょうか?」


 チェスターからしてみれば、どう考えても二人で≪アッシュホーン≫を撃破したなど、にわかには信じられない。よってチェスターもファイズとシオンの美しさに理由を見出したようだ。


「――戦ってみればわかるさ」


「……いえ、興味が無くなりました。もうこんな茶番はやめにしましょう。君たちの目的が名を売ることならば、既にそれなりに達成できたことでしょう。無理をすることはありません」


 ファイズは内心焦った。

 ≪クリムゾンベアー≫と戦う権利はギルドが保証してくれるはずだが、そのギルドもこのチェスターには逆らえないかもしれない。

 このままでは強制的に不戦敗にさせられる可能性がある。


 よって少々強引にでもこのまま試合をする流れに持って行こうと口を開く。


「俺たちの目的はあくまでも挑戦権だ。……まあ、そちらが棄権するというのならばこちらも楽でいい。さあ、武舞台を降りなさい」


「挑発する相手は選ぶことです、エルフ。……私は君たちの身を想って言っているのですよ」


 言葉とは裏腹にチェスターには挑発が意外と効果があるようだ。

 ファイズはさらに畳みかける。


「いらぬお節介だよ、若造」


 それを聞いて、はぁ、とため息をつきながら、肩をすくめてやれやれといった仕草をするチェスター。


「なるほどそこまで言うのならば、どうやら君らがバルガルを実力で倒したのは本当のことらしい。ですがそれが君らを増長させてしまっているようだ。……言っておきますが、私の強さはバルガルの比ではない。バルガル程度を倒したとして、私に勝てるかもしれない、などと思っているのならひどい勘違いだ」


「――なにっ!?」


「良い機会です。観客も多い。今後もこのような勘違いをする者たちが現れぬよう、私の力を見せてあげましょう。……二度と歯向かう気など起こさないようにね」


 チェスターはC.C.C(シースリー)を取り出し、ブレストプレートの左胸のくぼみにはめ込む。

 C.C.Cの中に二つの光が灯る。


 戦士の『戦力』、そして格闘家の『体力』が混ざり合い、上級職の輝きを放ちだす。


 そしてシオンとファイズに対してだけでなく、この場にいる全員に向けて言い放った。


「そもそも、君たちは私に対して『強気(つよき)』にすぎる。――それは私の特権です」


 チェスターの身体から放たれるプレッシャー。


「……まだじゃ。チェスターの真骨頂はここからなんじゃ」


 老マスターも食い入るように見ている。


「おおおおお!!!」


 チェスターの口から裂ぱくの気合がほとばしる。

 次の瞬間。なんと、C.C.Cの中にもう一つの輝きがうまれた。

 そして二つの光が融合した上級職の光に、さらに(・・・)狩人の『火力』までもが融合を果たす。


「――私の力は『強力(きょうりょく)』ですよ。……そう。『強者(きょうしゃ)』とは私のことです!!」


 ズンッと膨れ上がる存在感。


 会場の観客は言葉を失った。

 その中には当然レベル十九に到達している冒険者もいる。

 だがその誰もが理解していた。


 次元が違う、と。


 そしてそれはファイズとて例外ではなかった。


「て、適性三職の力をすべて融合……だと……!?」


「そう、そうじゃ。やはりチェスターの力は圧倒的じゃあ。リビングアーマーを倒せるとしたらあやつを抜きにしては考えられん!」


 老マスターも興奮を隠しきれない。


 『強者』。

 それは人が持てる適正基本職、三つすべての力を融合させた上級職の一つ。

 同じ上級職の中でも特に上位とされるクラスである。


 C.C.Cが普及してから百年あまり。クラスチェンジはそれ以前の時代より遥かに身近になった。

 それでも長い歴史上、C.C.Cの助けを借りずにクラスチェンジを行える者はいた。

 そして上級職にも。


 だが、そのすべての歴史を振り返っても、今日までに『強者』の域に達することができたものはほんの一握りに過ぎない。


 まさに逸材。

 それがチェスターという男であった。




 シオンもチェスターの力の底知れなさに驚愕していた。

 だが、シオンはそこでどうしてもチェスターに聞かねばならないことが出来てしまった。


「あなたは……。あなたはそれほどの力を持っていてどうしてリビングアーマーを倒さないんだ!」


 シオンはチェスターに向かって叫ぶ。

 しかし、それに応えたのはチェスターではなく後ろに控えるアリアンナであった。


「そこの奴隷、口の利き方に気を付けなさい。……もちろんチェスター様はリビングアーマーの強さなど凌駕(りょうが)なさっておいでです。……しかし、リビングアーマーは一体ではない。私たちメンバーがチェスター様をサポートし、御守りできるように強くならなければならないのですわ――」


 そう言ってアリアンナも手首にはめた腕輪型C.C.Dクラスチェンジドライバーに水晶をはめる。


「――もっとも、わたくしには既にそれが可能だと思っていますけれど。……ほら、わたくしの『法力(ほうりき)』、感じませんか? ――『術者(じゅつしゃ)』の多彩な術の数々、御覧に入れましょう」


 アリアンナは朗々とした口調で聖句を唱え、上級クラス『術者』になってみせた。


 『術者』は魔術師と僧侶の力を持った上級職で、中間職『スペルマスター』の上位互換といえる。上級職の中では割とポピュラーだが、その万能とも言えるクラス性能によって、戦闘においての貢献度は折り紙つきだ。

 そもそも上級職とは、到達したというだけで世間に名が知れ渡るほど希少な存在である。


 圧倒的な存在感のチェスターにアリアンナまでが加わり、途轍もないプレッシャーをこの場に放つ。


 だが、だからこそシオンは黙っていることが出来ない。


「だったらなぜリビングアーマーを倒さないんだ」


 今度こそチェスターが答える。


「だから言ったでしょう、まだ早い、と。リビングアーマーは攻略に失敗した者の装備を奪い、さらに強くなるのです。……おそらく勝てる、では駄目なのですよ。確実に倒せる、と確信できなければ挑戦してはいけないのです」


「だからって、これ以上搾取されれば奴隷たちはもうもたない。親のいない子供たちも次々と奴隷に落ちてしまう。そんなこと許されるはずがない!」


「それがどうしたというのです、しょせん奴隷でしょう。力の無いものはそれ以外にどうやって私の役にたつというのですか。……それに、だからこそ準備を急いでいるんじゃないですか。今がんばれば後で楽、というやつですよ。……領主が造血丸を放出するらしいのでね。≪アッシュホーン≫の方々に競り負けてしまうのを危惧したというのが正直なところですが。……おっと、そうでした、≪アッシュホーン≫の方々は奴隷を放出するのでしたね。そちらも私が買い取るとしますか」


「ちょっと、やめてよ!」


 シオンは驚愕した。

 この男は奴隷どころか、街の人すべてを自分のものだと思っているのだ、と理解したからだ。


 そしてチェスターの仲間たちは気付いているのだろうか。彼がずっと「私たち(・・)」ではなくずっと「()」と言っているのを。


 チェスターは、……この男は誰も信用していないのだ。

 彼にとって仲間も奴隷も関係なく、すべては利用するだけのもの。

 よってメンバーの種族にもこだわらない。役に立つなら誰でも雇用する、とは聞こえはいいが、役に立たないと判断すれば即切り捨てる。


 ≪クリムゾンベアー≫とはチェスターただ一人のクラン。


 だがそれでも彼は『強者(きょうしゃ)』なのである。


「やめる……? やめてどうするのです。誰も出られないままこの絶海の国で一生暮らしますか? ……確かに私がこの国を支配するというのも考えたことはあります。ですが、ここは少々窮屈だ。私の才能はこんな島で終わっていいものではないのです。私はトゥーライセンへたどり着き、世界を手に入れる人間です。……何より、この島を出られなくて困っているのは君たちでしょう? だというのに階層を突破しようとする私の邪魔をしているのは君たちではないですか。こんな無駄な争いをして私の高価な装備に傷でもつけば、封鎖期間はまた延びるのですよ?」


 チェスターの言っていることは間違ってはいない。

 彼はそもそも自分以外にリビングアーマーを倒せる者がいるとはみじんも考えていない。

 ……その前提が正しいのならば、の話ではあるが。


 リビングアーマーは私以外に倒せない。

 つまり私が倒そうと思った時がこの島が開放される最速のタイミングなのだ。

 ならば私が突破できるように全力で私に尽くせ。

 それ以外は邪魔だ、と――。


 だが、シオンは考える。

 自分ならばリビングアーマーを倒せる。いや、倒して見せる。


 このままあいつに任せていたら、奴隷をさらに使いつぶし続けるのは明白だ。


 それだけはさせちゃいけない。

 それどころか、今すぐやめさせたい――。




 周りを見渡すと、奴隷たちと目があった。

 子供達と目があった。

 孤児たちと目があった。




 シオンは許せなかった。

 それは自分と同じ奴隷という立場の者がひどい扱いを受けているからであったし、反対に自分があまりに恵まれていたからであった。


 シオンはこの現実を変えたいと思ったが、それはただの奴隷である自分に出来ることなのであろうか。やっていいことなのであろうか。それがわからなかった。

 だが、シオンにはどうしてもあの子供たちを見捨てることはできなかった。



 彼らを救うには、彼らを自分が保護しなければならない。

 それは数日前に孤児院で、一瞬脳裏をよぎったもののすぐに振り払った考え。



 シオンはかつてレッテンの街のギルドで、冒険者たちに向かってこう言った。「ご主人様たちに自分以外の下僕など必要ない」と。

 だがあの子供たちをご主人様の下僕である自分が引き取るならば、彼らはご主人様のものとしなければならないのではないか。

 そんなことをご主人様は望んでいるのだろうか……?



 シオンは深く考えた。そして思い出した。



 自分がサツキお姉様と毎日歩いていたレッテンの街。

 奴隷を見かけるたびにお姉さまがなさっていた表情。

 奴隷のことを教えてくださったときに見せた、あの表情。

 お姉様本人ですらまだ気づいておられず、カタチにされていない夢――。


 それを自分が勝手に想像するなど、なんと不敬なことか――。



 ……だがもう決めた。この異世界(せかい)にきてはじめて見えた目標。


 シオンの目指す道。


 そのためには、ご主人様には自分だけがいればいい、自分以外の下僕などいらぬ、などと子供のような駄々をこねている場合ではない。



 ご主人様が望む世界を作る――そのために自分ができることをする。



 そう、ご主人様を王にするために!



「ボクは、この異世界(せかい)でご主人様の奴隷になった――」


 シオンのC.C.Cの中で四つの光が輝きを放つ。

 そしてそれは結晶の中でゆっくりと螺旋を描きながら一つに交わる。


 シオンは、この世界を正す。

 いや、(ただ)すなどと言う言葉は(ただ)しくない。

 主人のためだけに、その理想どおりに世界を変える(・・・)のだ。

 それが正しくとも、間違っていようとも。


「――だから、ご主人様を王にする!!!」


 身勝手は承知の上。

 だが、何があってもご主人様を守り、その王道を支えると、たったいま誓った。


 高らかに叫ぶ。


「すべてを討つ『戦力』、すべてを弾く『胆力』、すべてを砕く『体力』、そしてすべてを制す『火力』。……(つど)いて我が『覇気(はき)』となれ――」



 自らの望む王を、実力(ちから)で擁立する。



 それは覇道(はどう)



 鷲獅子紫苑(わししししおん)の歩む道。


「クラスエヴォリューション! ……『覇者(はしゃ)』!!」

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