第63話 冗談はよしなさい
10/10 チェスターの口調を変更しました。それに伴い、サブタイトルも変更しました。
「――決着! ≪パープルグリフィン≫の勝利!」
老マスターが高らかに宣言した。
会場は割れんばかりの歓声に包まれた。
バルガルが倒れた後、回復役の三人はすぐに降参した。
試合を続けてもほぼ、というか完全に無傷のシオンに対して三人ができることは無かっただろう。
シオンはすぐにファイズに回復魔法をかけにいった。
ファイズの持つ基本職には僧侶は無いので、自分では回復できないからだ。
ポーションは持っているが、瞬時には効果を発揮しない。
「すまないな」
「いえっ。お待たせしました」
「いや、あっという間だったさ。よくやってくれた」
これは実際にその通りで、ファイズの決着から試合の決着までそれほど時間は経っていない。
このレベルの戦闘ともなると、お互いに高速なため実時間としては短くなる。
シオンがファイズに撫でられて気持ちよさそうに目を細めていると、バルガルが仲間に起こされて目を覚ました。
「――うぅん。……負けちまったか。……まあ、仕方ねえなァ」
「そうですねぃ」
「……うす」
へたり込んでいるダクラッツとパンプより深いダメージを受けたものの、バルガルは血液を失ったわけではないのですぐに立ち上がる。
「ところでバルガルさん、あの最後の輝きは?」
「おう! 新たな力を手に入れたのよ。ちっと待ってな――」
そう言ってバルガルは腕につけたC.C.Cに集中する。
「――俺の『闘気』見せてやるぜ、クラスエボリューション、『猛者』ァ!」
ズンッ――、とバルガルの身体が存在感を放つ。
「『猛者』ですかぃ! こ、こりゃあすげえですねぃ」
「……うす!」
ダクラッツとパンプも目を輝かせて見上げる。
「おうよ。だけども、それでも全然届く気がしねえなァ。バハハァ」
そう言ってシオンに目を向ける。
バルガルは腕のC.C.Cをカチリと外し、フッ、とクラスを解除しながらシオンに近づいた。
そして不思議そうに見上げるシオンに手を差し出す。
「ありがとよ。おかげで俺は一つ限界を超えられたぜ。また戦ってくれるか?」
「モチロン!」
シオンはバルガルと握手をしながらニッと笑った。
「俺たちはリビングアーマーへの挑戦権をあきらめるぜ。……おめえかチェスターのどちらかが倒すのを、鍛えながら待ってることにする。……奴隷たちをこき使うのもヤメだぁ。どうにも性に合わねぇからなァ。……やっぱ、俺たちは自ら戦ってこそ強くなれるタイプなんだって、心の底から理解したっつーかよぉ」
「ほんと!? ……ありがとう!」
「なんでおめえが礼を言う――ああ、孤児院のことか。それなら尚更だなァ。なんつってもお前らは俺たちに勝ったんだからよォ。これから≪アッシュホーン≫はお前たちに出来うる限り協力は惜しまねぇぜ」
「うす!!!!!」
「あ、アハハ……」
一斉に頭を下げてくる≪アッシュホーン≫のメンバーたちの勢いに、ちょっと困惑気味のシオンであった。
「こいつはたまげたわい」
老マスターはシオンの実力を見誤っていたことを実感しつつ、しかし、この封鎖された国でどうやってあのレベルにまで昇りつめたのかが分からずにいた。
シオンは明らかにレベル十九を超えている。
そして老マスターは、ブツブツとつぶやきながら脳内で≪パープルグリフィン≫と≪クリムゾンベアー≫の戦力を比較し始めた。
「マスター、大会の取り仕切りをお願いします」
と、一人の世界に入っている老マスターに、ギルド職員が声をかける。
「……お? おお、そうじゃったな。……この後、≪パープルグリフィン≫には≪クリムゾンベアー≫と戦ってもらうが、すぐさま連戦ではフェアではなかろう。二時間の休息時間を設ける。それでええかな?」
「わかりました」
シオンとファイズはそれを了承し、ギルドの控え室に戻って行った。
二時間の休息ということで、ちょうどお昼時ということもあり、シオンとファイズはスタミナとMPを回復させるために腹ごしらえをした。
アリーがやってきて「すごいすごいシオンくん凄いじゃない!」などと言って興奮していたが、シオンとファイズが食べ終わる頃には落ち着いて、「時間になったら呼びに来るからゆっくりしていて」と言って出ていった。
シオンとファイズは時間まで仮眠を取ることにした。
そして試合まであと三十分ほどといった頃、二人は目を覚まし、身支度を整えた。
いくらなんでも直前まで寝こけていては、寝ぼけてしまう。
頭と身体をきちんと覚醒させるためにも三十分は必要だろう。
そうこうしているとさらに時間も経ち、突然外が騒がしくなった。
「なんでしょう、時間まであと五分くらいあるはずですが」
「見に行ってみるか」
「はい」
シオンとファイズが控え室から出ると、アリーが外で待っていた。
「あら。まだもうちょっとゆっくりしていてもいいのよ……、ってこの騒がしさじゃあそういうわけにもいかないか」
「なにがあった?」
「チェスターたち、≪クリムゾンベアー≫のご登場よ」
アリーは会場の方を指さした。
シオンがざわめく会場に顔を出すと、取り巻きに囲まれながら、二人の男が対峙する様子が目に飛び込んできた。
一人はさっきまで戦っていた男、バルガルである。
本人たちはお互いに、別に剣呑な雰囲気を出しているつもりはないのだが、観客からすれば一触即発に見えて気が気ではないのだろう。不安の色を多分に含んだざわめきである。
「まさか君が負けたというのですか? バルガル。冗談はよしなさい」
そのバルガルと会話する男こそ、≪クリムゾンベアー≫のリーダー・チェスターその人であった。
その男を見てシオンは息をのんだ。
男はバルガル程ではないが上背があり、髪をオールバックにして眼鏡をかけた風貌はとても理知的に見える。仕立ての良いジャケットを着ていることもその評価を裏打ちしていた。
だが、その身体をよく見れば、相当に鍛えこまれていることがわかる。盛り上がった筋肉が服を内側から押し上げ、その逆三角形の体のラインを浮き出させている。
そして何より、その男の特徴の中でシオンを一番驚かせたのは、赤銅色の肌。
そう、男は魔人であった。
「――ハッ。それがマジなんだわ」
「……見損ないましたよ、バルガル。君がその程度の男だったとは……。もし今日の試合で使えるようなら私のクランに誘って差し上げようかとも考えていたのですがね」
チェスターはバルガルを認めているようなことを言っているが、その口調は明らかにバルガルを見下している。
「そっちこそ冗談だろ。頭下げられてもテメェの下になんざつくかよォ」
バルガルは不快そうに鼻を鳴らす。
「……本当にバカね。チェスター様のお誘いを断るなんて。脳みそまで筋肉でできてる人たちってこれだから嫌なのよ」
チェスターの後ろに控える女がそれに応えた。女の肌も魔人の特徴をあらわしており、キツくつり上がった目つきさえ気にしなければ、かなりの美人と言える。
「ふっ、まあどちらでもいいことです。……アリアンナ、行きますよ」
「はい、チェスター様にはこのアリーがいれば十分ですわ」
アリアンナと呼ばれたその女はチェスターの後に付き従った。
そのチェスターの口調を聞いていたシオンは理解する。
チェスターは、本当にバルガルが下に付こうが付かなかろうが、どうでもいいのだ、と。
シオンは、これほどまでに他者を見下し、他者に興味を持たない人物を初めて見た。
「あのチェスターの態度もムカつくけど、あのアリアンナってのもいけ好かないわー」
と、横で聞いていたアリーが独り言ちる。
「――何より名前がかぶってるのよ!」
それを聞いてシオンとファイズは思わず顔を見合わせる。
と、そんなやりとりをしていると、シオンはチェスターと目が合ってしまった。




