第62話 凄いね
「くっ……」
ダクラッツは脳内で素早く状況を整理した。
――パンプはもう動けない。これは確定だ。
自分はこのままエルフと一対一の状況を続けるべきか?
……できないわけではない。相手はおそらく最大の切り札を切った。あの刀に注意すればいいだけだ。
回復の支援がある分、こちらが有利なのは間違いない。
だが、問題は倒すのにかかる時間だ。
バルガルさんは苦戦している。
自分たちがエルフを片付けて向こうに合流するのを待っているのだ。
それだけあの奴隷は素早いのだろう。
自分とバルガルさん、パンプの代わりに後ろの三人を導入して囲めば、あの奴隷は捕まえられる。
だがそれにはやはりエルフが邪魔だ。
このエルフを倒すしかない。それもできるだけ早く!――
「せぃっ!」
ダクラッツの攻撃がファイズの腕にヒットする。
パンプの影に隠れて攻撃していた先ほどまでが嘘のように堂々とした斬り込みであった。
「む……、切り替えが早いな」
ファイズは内心、ダクラッツがもっと動揺してくれることに期待していた。
あるいはバルガルと合流して、シオンと自分の二対二の構図になってくれる展開でもよかった。
だが、この調子ではそれは望めそうにない。
ファイズは再び死闘をくぐり抜けなければならないらしかった。
ガシャン
バルガルがスクラップになった盾と槌を捨て、収納から新たな盾と槌を取り出すのはこれで二度目だ。
奴隷を働かせて稼いだ金をつぎ込んで、ドワーフに造らせた最高級の武具である。
「それをこうも簡単におしゃかにしてくれやがってよォ!」
バルガルは吠えつつチラリとダクラッツの戦いを盗み見る。
するとちょうど、決着がついたようであった。
ダクラッツがファイズの胸元に剣を突き付け、ファイズは両手を上げて降参の意を示していた。
「よお、終わったかダクラッツ!」
「ハァ、ハァ、……な、なんとか。……ですがそっちを手伝うのは、ちと無理ですねぃ」
「なにぃ!? マジかよォ」
「血を流し過ぎました。……ゼェ、ハァ、……あとはよろしくっす」
ダクラッツは、ファイズの魔剣≪B.E≫による出血には気を付けていたものの、全てを避けることはできなかった。
魔剣≪B.E≫が、こちらの血に触れている間しか血流を操作できないということを見抜いていたダクラッツは、傷つけられたら瞬時に離れることで最小限の出血で済むよう徹底していたが、それでも少しずつ出血量がかさんでしまったのだ。
対するファイズも、ダクラッツの予想外の技量の高さにおどろかされた。
それでも実力はファイズの方が上であったが、ダクラッツには常に回復がかけられており、回復のないファイズは徐々に不利になっていったのであった。
この時点で、ファイズ、パンプ、ダクラッツが戦闘不能。
バルガルたちとしては、ダクラッツとパンプなしでシオンを捕らえることは不可能に近い。
つまり、二人を戦闘不能に追い込んだファイズの目的は達成されたと言っていいだろう。
「できるだけのことはやった。あとは頼むぞ、シオン」
「さすがですファイズ様! あとはお任せくださいっ」
シオンとバルガルのあまりに一方的な膠着状態は終わりを告げようとしていた。
シオンは試合開始当初、バルガルをすぐにでも倒す気でいた。
そうならなかったのは単純にバルガルの耐久が予想外に高かったからに他ならない。
言うまでもなく、シオンの最大攻撃はスネークバイトによるスキルショット攻撃である。
その一撃は凄まじく、バルガルに防御スキル≪フォートレス≫を解除する隙間を与えなかった。
とはいえ、装備を削られながらも耐え続けるバルガルに、シオンは割と本気で困っていた。
自分は最大攻撃を撃ち続けているのだから、近づいたところでそれ以上の攻撃ができるわけでもなく、わざわざバルガルの得意な距離に近づく意味もないからであった。
つまりシオンは遠距離から武器をふるい続けるしかなく、それがこの膠着状態を生み出していた。
ファイズに加勢したい気持ちを必死こらえて――。
しかし今、ファイズが相手の二人相手に引き分けたということは、シオンはこのまま膠着していてもよい状況になったということだ。
バルガルの盾も、後ろ三人の回復も、無限ではない。
シオン自身のMPも有限ではあるが、シオンのMP――狩人で言えば『火力』――は常人の三倍近くあるし、もし尽きたとしてもいくらでもやりようはある。
そう判断し、シオンは攻撃を続行した。
一方バルガルは窮地に立たされていた。
ダクラッツとパンプがやられた今、このまま攻撃を受け続けても勝ち目はない。
二人がやられたとなると、二人を待つために今まで耐久戦をしてきた意味はまったくなかったことになるが、それは結果論である。
バルガルには動揺などみじんもなかった。
バルガルは耐久戦とはそういうものだと知っている。
バルガルは味方や自身の敗北を責めたことなどない。
彼らは今までにどれだけ敗北してきたことか、数えればキリがない。
どんな敗北も、次の勝利へとつながる経験だからだ。
ただし、死ななければ、だ。
どんな敗北も、死ななきゃ安い。死ななきゃ次かその次かそのまた次か、……いつかは勝てる。
味方に近接の得意な耐久戦士ばかり集めたのもそれが理由の一つであった。
狩人や魔法使いなど、ひ弱な連中はすぐに死ぬ。
死ねばその敗北は勝利へと繋がらない。
誰かが死んで掴んだ勝利もそうだ。
戦力が減れば次にまた誰か死ぬ。
それならバルガルは死なない敗北を選ぶ。
よってバルガルは味方のヘマなどすぐに切り捨てた。
「こうなりゃ俺一人でこいつを倒すしかねえわなァ」
当然、後ろの三人は戦力にならない。
もともとパンプ、ダクラッツ、バルガルの三人がかりでとらえるはずの相手だ。
後ろの三人はパンプとダクラッツのうちの一人分くらいには相当するだろうが、それじゃあ今さら動員したところで手が足りない計算だ。
だったらこのまま回復役を続行させる方がよい。
それにこれから≪フォートレス≫を解いてシオンに立ち向かうのだ。回復は必要である。
「っしゃあ、行ってみようかァ!」
バルガルは≪フォートレス≫を解除し、シオンに向けて前進する。
すぐさま飛んでくる伸びる大鉈。
盾で思いっきりはじくが、≪フォートレス≫を解いた今の状態ではとんでもない衝撃を受け、たたらを踏んでしまった。
「クッソが」
それでも前進する。
距離は縮まらない。
シオンはバルガルが前進した分だけ下がった上で、さらに攻撃を放つ余裕がある。
前進しながら防御は不可能である。
それならば――。
「前進しながら攻撃するっきゃねえだろうがァ――」
バルガルは脚にぐっと力を込め、思い切り地面を蹴りつけ、ヘッドスライディングのように飛び出した。
「――≪グランダッシャー≫!!」
『達者』の持つ、距離を一気に詰める攻撃スキルである。
「おっと!」
焦ったようなセリフとは裏腹にシオンはそれを余裕で避けつつ、大鉈を振り下ろしてくる。
――ぐおお、技後硬直で動けねえ!
技後硬直でなくとも全身を投げうつスキルだ。放った後は態勢が整わない。
ゴガンッ
バルガルはわずかに身をよじることしかできずに、もろに腹に一撃を貰ってしまった。
ゴロゴロと転がったあと、なんとか立ち上がる。
最高級の鎧と回復魔法がなければ終わっていた。
――こいつはやべえぜ。
攻撃も防御も不可能。
バルガルにはもはや打つ手が思いつかなかった。
だが。
「楽しくなった来たじゃねえかァ。要するに俺がてめえに勝つには、今この場で自分の限界を超えなきゃならねえってことだろ? ……こちとら最初からそれが目的よォ」
シオンはそれを聞いて目を細め、楽しそうに笑った。
それはまったく嫌味のない、晴れ晴れとした笑いだったので、バルガルはしばらく見とれてしまったほどだ。
――ったく、まいったぜ。
「行くぞァ! ――≪グランダッシャー≫!!」
バルガルは再び全身を投げだす。
全力だ。
避けられた後のことなど考えていない。
技後硬直も、態勢が崩れることもいとわない。
フェイントやフェイクなど、逆に刈り取られる。
全力で撃たなければ活路など開けない!
しかし、バルガルの全力の一撃はあっさりとシオンに避けられてしまった。
ズシャア、と腹から地面に突っ込むバルガル。
シオンは、バルガルの全力スキルの技後硬直に攻撃を合わせようとした。
スローモーションのように自分に振り下ろされる大鉈を見上げる。
その時、バルガルに天啓が閃いた。
――ここだ!
「ぐおおおおおおおおおおおおお――」
技後硬直で止まろうとする身体を無理矢理に動かそうとする反動で、全身の筋繊維がブチブチと千切れる音が聞こえてくる。
「――構うかよおおおお! ≪グランダッシャー≫!!!」
再び射出されるバルガルの身体。
それはまさに己の限界を超えた一撃であった。
バルガルの手首につけたC.C.Cの中の光が強く発光する。
「わお。凄いねっ」
シオンを掴もうとした瞬間、シオンのC.C.Cの輝きが変わる。
『インファイター』と小さく呟いた瞬間、シュンッとバルガルの腕の中から掻き消えるシオン。
ドガガガガガガ
速すぎてまったく見えない鉄拳が、おそらく何十発もアゴに突き刺さった。
――これでも、駄目なのかよォ……。
飛んでくる回復魔法を待たずして、バルガルの意識は暗転した。
インファイターは戦士と格闘家の中間職です。
『達者』……騎士の「胆力」と格闘家の「体力」を融合した『精気』を元にしてなるクラス。防御力と爆発力に優れているが刃物は装備できない。
『盛者』……戦士の「戦力」と騎士の「胆力」を融合した『勢力』を元にしてなるクラス。攻守バランスのとれた前衛。戦力と胆力を融合すれば誰もがこのクラスになるわけではない。レシピが同じでも違うクラスになることもあるし、レシピが違っても同じクラスになることもある。
『愚者』……騎士の「胆力」と僧侶の「霊力」を融合させた『耐力』を元にしてなるクラス。硬い。
『武者』……戦士の「戦力」と狩人の「火力」を融合させた『武力』を元にしてなるクラス。装備次第でステータスが変わり、装備の能力を十全に引き出す。装備できないものはほとんどない。




