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第61話 要塞

 向かってくるアルマジロ獣人のダクラッツと、ネズミ獣人のパンプ。それをファイズは迎え撃った。

 二人を相手にするのはキツイだろうが、元より相手が三人を回復役にまわした時点で、自分かシオンのどちらかが三人のうちの二人を受け持つのは当然のことである。


 普通に考えればファイズとシオンに勝算はない。

 しかし、十九レベルに達した(・・・・・・・・・)シオンは最早、普通などという枠を飛び越えている。


 ファイズが耐えていればシオンは圧倒的な力で敵の数をどんどん減らしていってくれるはずだ。


 だが、ファイズは何もせずただ耐えていようなどとは欠片も考えてはいなかった。


 ファイズは自らの≪魔法収納≫から瞬時に弓を取り出し――実際の行動としては剣帯のC.C.Dクラスチェンジドライバーの装備登録ギアを回して――、下がりながらダクラッツとパンプに向かって高速で矢を放つ。


「パンプ!」


「うす! ――≪フォートレス≫!」


 パンプがダクラッツをかばうように立ち、大盾を取り出し構える。

 ズガガガ、とあっさり盾にはじかれるファイズの矢。


「無傷とは!」


「パンプのクラスは『愚者(ぐしゃ)』! ただひたすらに頑丈なんだよぃ」


 たとえ盾で受けようとも、衝撃を与えるようにファイズは力を込めて矢を放ったのだ。その効果が全くないとは予想外であった。

 だが、ファイズの目的は二人を容易に近寄らせないことである。敵の足を止めることには成功していた。


「しっかし、腰に刀さしてる割には弓も本格的じゃないか、『武者』ってのは。遠近どっちもいけるクチかぃ?」


「さあ、どうだかな」


「ふん。まあどちらにせよこっちは近づくのみだよぃ」


 もしファイズが近接を得意としていようが、ダクラッツとパンプにしてみれば、近接距離こそ自分たちの独壇場だ。しかも二人がかりなのだから負ける要素はないと思っている。


「くっ、あまり長くは足止めできないか」


 身を固めながらじりじりと近づいてくる二人に続けざまに矢を放ちながら、ファイズは呻いた。





 そのころ、シオンとバルガルも戦闘を開始していた。


「≪ヘビーショット≫!」


 シオンが撃ち出す高速の大鉈は、空中で自在に進路を変えながらバルガルを襲う。

 さすがのバルガルもこれを避けることは不可能だと悟った。


 ドッゴンッ


「なっ……、んて重さだァ!?」


 武器である大槌(おおつち)と盾の両方を使ってシオンのスネークバイトを受け止めたバルガルは呻いた。


「ほ、ほんとにこいつスピードタイプかよォ!?」


 それは以前バルガルが戦った時にも不思議に思ったことだ。

 奴はあのとき『格闘家』にクラスチェンジしていた。『格闘家』はMP――つまり体力――を消費し、一時的にステータスを増幅できる。


 あの驚異的なスピードが全部自前(じまえ)だったとするなら、あの時は全てを攻撃に変換していたのだろうと思っていた。それならば自分が受けたダメージにも納得がいく。


 だが今はどうだ。

 シオンは『バトルシューター』、つまり『戦士』と『狩人』の中間職にクラスチェンジしている。

 戦士はたしかに攻撃力を底上げするし、狩人は遠距離攻撃が得意なのはわかる。


 だが、いずれも体力変換した『格闘家』には遠く及ばないはずだ。ごく短時間しか保てないという欠点と、ナックルなど身にまとう程度の武器しか装備できないという制限があるものの、基本職の中での爆発力は『格闘家』が最も大きい。


 その体力変換でもしなければ、あの重量武器を満足に振ることは不可能だろう――!?


 そうでなければおかしいではないか。

 あの複雑な形状・機構を持つ武器を装備するには相当な器用さが必要だ。

 ちゃんと武器の隅々まで(パス)を通してなければ、あんな複雑な武器など、振るっているだけですぐに自壊しているはずだ。


 素早さ特化の成長でなければ、あんなスピードが出せるはずがない。

 だが素早さ特化の成長で、体力変換もせずにあの武器が振り回せるはずがない。

 あの武器を振り回す『力と器用さ』はどこから来ている!?


 バルガルは、シオンが十九レベルであることを前提に思考を展開している。

 それはこの国の冒険者であれば仕方のないことであった。

 ……十九レベル(それ)自体は正解なのではあるが。



――――――――――――――――――――

 鷲獅子紫苑シオン・グリフィン

 人間 16歳 男/女 レベル: 19

 クラス/なし   ジョブ/ 奴隷/女奴隷

 HP: 80/80   (+30)

 MP: 89/89   (+31)


 攻撃: 86      (+33)

 防御: 81    (+34)

 魔法防御: 88  (+32)

 敏捷: 43    (+8)

 器用さ: 45   (+8)

――――――――――――――――――――

 知性: 15

 運: 12

――――――――――――――――――――

 奴隷ジョブにより攻撃10%上昇

 女奴隷ジョブにより器用さ10%上昇

――――――――――――――――――――

※()内の数値は前回表示したレベル十一からの変動数値

※実際には、現在ここにバトルシューターのクラスボーナスと、武器防具の攻撃・防御力も加算されている




 シオンの攻撃は止まらない。

 一回、また一回と盾と武器をゴリゴリ削られながらも凌いでいくバルガルは、それでも耐えることを選択した。

 幸い、殺しきれずに受けた衝撃でHPを削られた分は、後ろの三人が回復魔法をかけてくれている。


 先ほど、シオンが伸ばした武器を手元まで引き寄せる瞬間を狙って距離を詰めようとしてみたが、シオンが下がるスピードの方が圧倒的に上で、まるで距離は縮まらなかった。


 ――やはり、奴の素早さ(スピード)は健在だ。

 ならば、三人で囲む(・・・・・)しかねえ。

 そうとなりゃあ、覚悟ォ決めて耐えてやるぜ。

 ダクラッツとパンプがあのエルフを倒してこちらに駆けつけるまで――。


 ジリ貧だとしても、攻撃には転じない。

 バルガルの精神(こころ)はミスリルよりも頑丈に出来ている。






 ファイズはついにダクラッツとパンプの接近を許していた。


 矢でのけん制は、シオンがバルガルを倒すまでの時間稼ぎ――のつもりではなかったのだが、結果そうなるのならそれが一番であった。


 だが、バルガルは耐久戦を選んだらしく、すぐにはあちらの決着はつきそうにない。

 ファイズも腹をくくって戦う時が来ていた。


「パンプ!」


「……うす!」


 ダクラッツはパンプという要塞を使って時には隠れ、時には攻撃し、と狡猾な戦術を繰り出していた。

 パンプはダクラッツの短い指示によって防御、攻撃を使い分けるマシンと化している。

 そのコンビネーションには隙がない。

 先ほどからダクラッツには攻撃を届かず、パンプには当たるがまったくダメージを与えられない。


「この要塞を攻略し(おとさ)なければ本丸には届かないか」


「そのとおりだねぃ。だが、この要塞は(かった)いぜぃ?」


「……うす!!」






 ファイズの装備している防具は、普段の着物姿に両腕にはめた手甲(ガントレット)と、両足につけたグリーブのみである。身体を守る装備はいっさいつけていない。


 数ヶ月前まで手足を失っていたファイズが、そこを重点的に守る装備をつけるのはうなずけるというものだ。

 身体まで覆う鎧を装備していないのはスピードを失うことを恐れてのことであろう。


 だがそれは半分正解であったが、半分不正解である。


 パンプの大きな身体を死角にして、小さなダクラッツが剣で素早く斬りつけてくる。

 それをファイズは両手に持った二刀の魔剣でいなし続ける。


 と、突然ダクラッツの「パンプ!」の掛け声でいきなり防御を解いたパンプが、絶妙なタイミングで攻撃に参加してくる。


 四本の腕で繰り出される攻撃を(さば)ききれなくなったファイズは、なんと相手の攻撃をガントレットとグリーブで受け流した。


 丁寧に磨かれ美しい曲線を描くガントレットとグリーブは、敵の武器の威力を()らし、はじいた。


 それだけではない。右手に持つ魔剣≪白煙(はくえん)≫の冷気の力が宿り、氷の膜で覆われ、装備本体に傷がつくことを防いでいる。

 これが装備の力を引き出す『武者』の能力であった。


 上級クラスの攻撃を受けて全くダメージを受けないというわけには到底いかないが、最低限にとどめている。

 ファイズはその後も、刀では(さば)ききれなくなった攻撃を腕と脚ではじき続けた。


 そう。

 ファイズは、腕と脚を失った経験から、再び失うことを恐れて(・・・)ガントレットとグリーブを装備しているのではない。

 腕と脚なら(・・・・・)失っても元に戻る(・・・・・・・・)ことを学んだから、いくらでも使い捨てられる戦い方にシフトしたのだ。


「なにぃ!?」


 それを見たダクラッツに一瞬の動揺が走り、パンプに防御の指示を出すのが遅れる。


「隙ありだ。≪シャープストライク≫!」


 スキルを発動し、左手の魔剣≪B・E≫でパンプの脇、つまり鎧の隙間を斬りつける。


 パンプの防御(フォートレス)が解かれていたおかげで、ファイズの一撃はパンプの脇を浅く刺し傷つけることに成功した。


「例え≪フォートレス≫を解いていてもパンプにゃあ通じねぇよぃ」


「そうでもないさ。≪B(ブラッド)E(イジェクト)≫!」


 ファイズの魔剣≪B・E≫の能力、水流操作によってパンプの傷から大量の血流(・・・・・)がほとばしる。


「ぐああああ」


 自らの身体に起こっている異変が理解できず、叫ぶパンプ。


「な、なにぃ!? や、やべえ!」


 すぐさまダクラッツが剣を振るって来たために仕方なくファイズは剣を抜いて下がった。


「はやく回復を!」


「もうやってます!」


 ダクラッツが後ろで控えていた三人に回復を要請し、パンプの傷はみるみる塞がった。


「安心しろ、大量出血だが、体の大きなお前なら死にはしないだろう」


 普段、冒険者はあまり大量に出血をしない。HPが底を尽きかけるまで身体はほとんど傷つかないのだ。

 しかし、刀のような鋭い武器や、モンスターの牙などで皮膚の一部に集中的にダメージを負った場合、出血の状態異常を受けることがある。


 ほとんどの冒険者にとって出血は、薬草や僧侶の魔法ですぐに治してしまえるので、骨折や欠損に比べてあまり脅威とされる種類の状態異常ではない、という認識であり、実際にその通りである。


 だが、ここまでの大量出血となれば話は別だ。


「うっ……、あれ……?」


 パンプはよろよろとふらつき、どすりと座り込んでしまった。

 血圧が急激に下がったことによる貧血の症状であった。

 傷は完璧にふさがったものの、失った血までは戻らない。

 栄養を取り、しばらく安静にしていなければ回復はのぞめないだろう。


「パ、パンプ! ……なんてこった。これが狙いかよぃ!」


「要塞を落としてみせたぞ。さあ、どうする?」


 不敵な笑みを見せるファイズ。

 圧倒的に不利な状態からのまさかの大逆転に、観客から会場が揺れるほどの歓声が上がった。

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