第60話 バルガル
バルガルはひたすらに愚直な冒険者であった。
バルガルは強かった。
最も信頼がおけるのは己の肉体であり、その肉体から繰り出される攻撃は弓や魔法などに劣るはずがないと信じていた。
実際、彼の攻撃の威力は、当たれば常に他の者が放つ弓や魔法の威力を上回り続けた。
だから、回復魔法は利用したが、弓や攻撃魔法には決して頼らなかった。
バルガルは仲間にも近接職を求めた。彼の中では弓や魔法より近接攻撃の方が強いのだから当然である。
……あくまで威力は、であるが。
しかしはじまりの迷宮で、序盤こそ調子よく攻略出来ていたが、後半になるにつれ敵の遠距離攻撃に悩まされた。
それをどれだけ周囲に笑われようとバルガルは構成を変えようとはしなかった。
バルガルは、効率の良いモンスターの倒し方も、敵の弱点も探らなかった。
力をつければ狩りの効率は上がる。効率が悪いなら力をつける。
それを信じた。それに仲間もついてきた。
遠距離攻撃が厳しいのなら、もっと耐久力を鍛えればよい。もっと堅い装備に身を包めばよい。
それでも遠距離攻撃が厳しいと感じるのならば、もっと体を鍛えればよい。
敵が岩のように堅くて攻撃が通じないのならば、もっと体を鍛えればよい。
敵が素早くて攻撃が当たらないのならば、もっと体を鍛えればよい。
そして遠距離攻撃を撃ってくる敵に近づける耐久力を得た途端、敵は容易く潰すことができた。
堅い敵の甲羅を割れるようになった途端、狩りの効率は他の追随を許さないほどに上がった。
素早い敵の、軽い攻撃など無視できるようになった途端、敵が自分に触れる瞬間を待ち構えて捕らえることができるようになった。
力が通じにくい相手は、通じるようになれば逆にカモに出来るとわかった。
だが、その成長に突然ストップがかかる。
リビングアーマーとチェスターの存在である。
レベルを上げ、筋肉をつけて基礎ステータスも上げたが、チェスターの力はそれ以上に凄まじかった。
だが、そんなことはバルガルにとっていつものことである。
目の前に壁が現れた? ――ならもっと体を鍛えるのだ。
……そうしたかった。
力をつけようにも迷宮の敵は雑魚ばかりである。
八階層の弱いモンスターなど幾ら叩きのめしても、もはやレベルは上がらない。
この閉鎖された島で、自身の成長は見込めなかった。
鬱屈していた。
奴隷をこき使って金を貯め、高価な装備を作らせるのは確かに理にはかなっている。だが、自分が求めていた冒険とはかけ離れ始めていた。
しかしある日見つけた。
シオンという存在を。
人間と戦ってもレベルなど上がらない。
しかし、今必要なのはもう一度己を超えることだ。
既に『達者』として覚醒した自分であったが、なにも超えるべき限界は一つとは限らない。
チェスターが強いのはヤツの上級クラスの力だ。
『達者』が弱いクラスだとは言わないが、自分もあれ以上のクラスに覚醒しなければならない。
あのシオンを倒して――。
「これだ。これだよなあ! 奴隷をこき使って金稼ぎより、やっぱり強い相手を倒して上達していくのが冒険の醍醐味だよなあ!」
バルガルの体に力がみなぎっていくようだ。
「まぁ、バルガルさんはそうでしょうねぃ。俺っちだってチェスターがあんなこと始めなきゃ、こっちもやろうなんて言いませんでしたからねぃ」
「……うす」
それに応えるネズミ獣人のダクラッツとアルマジロ獣人のパンプもどこか嬉しそうである。
「おら行くぞお前ら! 『精気《せいき》』よ満ちろ……! 俺は『達者』だぁぁ」
「俺っちをネズミ獣人だと思って舐めてかかるんじゃねぇよぃ? これでもウチで一番の『勢力』で『盛者』になった男だからねぃ!」
「……うす。おれ、『耐力』しかとりえない。けどボスはそれでいいって言ってくれた。おおおおお、『愚者』!」
三人のC.C.Cから放たれる上級クラスへのクラスエボリューションの光が会場を照らす。
それと同時にビリビリビリ、とプレッシャーがほとばしる。
観客からうわああああ、だの、きゃあああ、だのと言った悲鳴混じりの歓声が上がる。
「なんと……! ≪アッシュホーン≫め、三人もの上級クラスを有しておったか……! 圧巻じゃ。……圧巻じゃが――」
老マスターは彼らの力に驚きながらも、脳内で≪クリムゾンベアー≫やリビングアーマーとの戦力比較を始めた。
「こ、これが上級クラス……、圧倒的だ。しかも三人も……」
「ああ、俺たちも造血丸さえあればあの次元へ到達できるかもしれないってのに……」
上級クラスの戦いを目にしようと集まっていた冒険者たちにも刺激になっているようだった。
「クラスチェンジ……!、『クルセイダー』!」
「クラスチェンジ……!、『パラディン』!」
「クラスチェンジ……!、『モンク』!」
他のパーティメンバーの三人は上級クラスへは覚醒しておらず、中間職のようだ。
彼らがクルセイダー(戦士と僧侶)、パラディン(騎士と僧侶)、モンク(格闘家と僧侶)と、いずれも近接兼回復職であることは偶然ではないだろう。
「今回はお前らは後ろに下がって俺たちの回復に徹してな。おそらく奴らも上級クラスになってくるはずだ、……だとするとお前らは一瞬でやられかねねぇからなァ。向こうにはスピードタイプもいることだしなァ」
これはかなり慎重な作戦であった。
上級クラスではないとしても、クラン≪アッシュホーン≫の一軍で戦っているメンバーである。その実力は確かだ。
しかも湯水のように金を使って装備を整えている彼らが、一瞬で倒されることなどまずあり得ないだろう。
ならば彼ら中間職の三人も使って六人全員で囲み、人数差の有利を最大限に利用し二人を抑え込むのが常道であろう。
しかし中間職の三人がもし先に狙われて素早く倒されてしまえば、バルガル、ダクラッツ、パンプを回復する者がいなくなってしまう。さらにそこからダクラッツあたりを回復役に回してしまえば二対二。数の有利がほとんど消えてしまう。
……いや、回復役がいるぶん、そうなったとしても断然有利に違いはないし、六人で仕掛けてそこに至るまでにシオンとファイズが無傷でいられる保障などないのだから悪い作戦ではない。
だが、バルガルは中間職の三人を回復役に回して、上級クラス三人による無限アタックを選択した。
それは六人がかりで攻撃することよりも、むしろ情け容赦のない作戦と言えるのかもしれなかった。
「ではこちらもいくぞ。我が『武力』、お見せしよう。――クラスエボリューション、『武者』!」
C.C.Cの中で二つの光が変化・融合する。
ファイズの身につけた武器防具が、魂を宿したかのようにオーラを放ちだした。
おおお、と観客からも驚嘆の声があがった。
「クラスチェンジ、『バトルシューター』!」
続いてシオンがクラスチェンジを行う。
「……はぁ!? なんだァそりゃあ!?」
バルガルが呆れたように言ってくる。
観客もざわめき出す。
上級クラス三対一ではファイズ側の迫力に欠けることは見るからに明らかであった。
「わかってんのかお前ら。こっちは上級クラス三人だぞ。上級一人と中間一人でなんとかなると思ってんのか?」
「しかも『バトルシューター』って……。ほとんど聞いたことないですねぃ」
「……うす」
シオンもファイズもそれに対して特に反応は見せない。
ファイズとシオンに勝ち目があるとしたら、速攻によって一人か二人減らすしかない。長引けば長引くほど回復の差と人数の差が響いてくるはずだ。
ならば、最初から全力で来るだろう、とバルガルは読んでいた。
まさかシオンが上級クラスにチェンジしてこないとは思ってもいなかったのだ。
実際は、シオンが未だ上級クラスには覚醒しておらず、これが二人の全力であるだけなのだが。
「……まぁ、この期に及んで力を隠す意味はわからんが、やつはスピードタイプだからな。油断せずにいくぞ。――俺があの奴隷を抑えてる間に、二人でエルフをやれ!」
「いい作戦っすねぃ。無理せんでくださいよ、バルガルさん。すぐにこっちを片付けて応援に行きますから」
「……うす」
バルガルはここへ来ても冷静であった。
決してシオンを自分一人で倒せる自信が無かったわけではない。が、もし自分が負けたとき、ファイズを倒して駆け付けた二人が勝てる保障がないからであった。
自分たちはスピードタイプや遠距離タイプの敵が苦手だ。
だが、だからこそ対処法は熟知している。
耐え、囲み、潰す。
挑発も、遠距離攻撃も、ヒットアンドアウェイも――、バルガルを焦らせる要因にはならない。
どうしても近づけないモンスターからの攻撃を、相手が力尽きるまで、あるいは相手の行動パターンを見つけるまで、何十分でも何時間でも受け続けてきた。
バルガルをここまで導いた才能、それは我慢強さに他ならなかった。
「行くぞ、シオン!」
「はいっ!」
対してファイズとシオンに作戦などない。
たった二人で立てられる作戦など、たかが知れている。
ゆえに作戦はただ一つ。
目の前の敵に勝つ。
彼らが立てた作戦はそれだけであった。




