第58話 挑戦
「――やれやれ、騒がしいのお」
「……っ! ギルドマスター!」
突然かけられた冒険者とは思えぬしわがれた声に、野次馬たちが一斉に振り返る。
そこに立っていたのは、白髭白髪の老人であった。
歳の頃は七十を過ぎているだろうか。老人は若い頃はよく鍛えていたのであろうと思わせる、いい体つきをしていたが、それでもその年齢にしては、という但し書きがつく。
彼こそがこのギルドのマスターであった。
騒ぎを聞きつけてギルドの奥から出てきたらしい。
「おいそこの。何があったか説明せい」
指名された冒険者は、なぜ自分が、という表情をしながらも指示に従って事のあらましを説明した。
「ふむ。なるほどのう。……おぬしらか」
そういってギルドマスターはシオンとファイズを、頭の先からつま先までじっくりと観察してこう言った。
「……無理じゃな。エルフよ、おぬしがあと五人おれば可能かもしれんが、そこの奴隷じゃ話になるまい。どう見ても非力過ぎよう。……十九レベルで上級クラスに覚醒しとってもじゃ」
ギルドマスターの老人は、シオンとファイズの外見・体型から見て取れるステータスをほぼ正確に読み取っていた。――ただし、シオンに関しては≪二人分の能力≫が無かった場合のステータスであるが。
伊達に歳は取っていないということだろう。
さらに、二人ともが上級クラスに覚醒していると仮定してのステータス上昇を考慮し、その上でなお≪クリムゾンベアー≫には勝てないと判断した。
「老マスターよ。≪クリムゾンベアー≫はいつ八階層を攻略するのかな? 彼らの街での無法はいつまで続くんだい? それともあなたも彼らと結託して利益をむさぼっているのかな」
ファイズが切り込む。
すると老マスターの顔に深い皺が刻まれた。
「む……。ワシとて今の街の状況を良いとは思ってはおらん。じゃが、どう見ても彼ら≪クリムゾンベアー≫は、特にチェスターの才能はダントツじゃ。そしてあの方法が高級な装備や造血剤を手に入れるのに最適だというのもわかる。じゃから、これまで見逃してきた。これも彼らが八階層を突破するまでの辛抱じゃとな」
「実際、彼らは八階層を突破できそうなのですか? それとも、とっくに攻略は可能なのに、ラストダンジョンに到達した際に有利に攻略ができるよう、今の状況を利用して稼げるだけ稼いでいるのでしょうか?」
「いや……それは違うとワシが保証する。若い頃はトゥーライセンでトップクランの一つにおったワシからみてもチェスターの才能は一級じゃ。じゃがリビングアーマーどもは強敵。……ワシが同行して何度か威力偵察を行ってみたからわかる。あと少しなんじゃ。おそらくあと半年以内にはパーティと装備を強化して攻略できそうなんじゃ」
老マスターはレッテンのギルドマスター・カスパルと同じく、かつてトゥーライセンに到達した実力者であった。それは正騎士になるのと同じく、ギルドマスターを務めるための絶対条件である。
そしてそれは冒険者たちのいざこざを収める力が必要であるためであったし、今回のような冒険者たちだけでは解決できない問題が発生した時のための保険の意味もあった。
つまりこういう不測の事態を解決するのは本来、彼のすべき仕事なのである。
しかし、老マスターは有能であったがために長く勤めすぎていた。彼のレベルは全盛期は三十を超えていたものの、今では衰え、二十を少し超える程度か。体も細り、ステータスも低下している。
もちろんそこいらの冒険者にはまだまだ負けないが、とても今のリビングアーマーには勝てない。チェスターについて行き、援護をするのが精いっぱいであった。
「半年!? それでは遅すぎる。街の奴隷たちはそんな搾取には耐えられない!」
「むぅ……しかし、急いてもし失敗しようものなら、今度こそリビングアーマーを倒すことは不可能になってしまうのじゃ」
実際には、絶対不可能というわけではない。
トゥーライセンのギルドも時間が経てば、トウザイトから冒険者が上がって来ないことを不審に思い、レベルの高い冒険者をはじまりの迷宮経由で調査員として派遣するだろう。
さらにその調査員が音信不通となれば取り得る選択肢は二つ。
――すなわち本格的な調査か、放置か。
もし本格的に高レベルのパーティを送ってくれたのなら、彼らがリビングアーマーを討伐してくれる可能性もある。が、そこまでいくのには年単位での時間がかかる話であろう。
「おぬしらの気持ちもわかる。じゃが、≪クリムゾンベアー≫の足を引っ張るだけじゃ。諦めてくれんか」
「…………」
≪クリムゾンベアー≫と戦う機会すら得られないのはまずいと、ファイズがどう言いくるめようかと思案としているとそこに野太い声が響き渡った。
「ちょっと待てよォ」
ギルドの入り口からのしのしと歩いてくる大男は、三ヵ月前にシオンがこの街に到着した日に戦った、クラン≪アッシュホーン≫のリーダー・バルガルであった。
「話はだいたい聞いたァ。チェスターに挑戦すんのは俺だぜ。……と言いてぇところだが」
バルガルはファイズの隣で、やばいやつに見つかった、と目を丸くしているシオンに詰め寄り顔を近づけた。
「おめーに借りを返してからだなァ。――おい爺さん。俺とこいつら、戦って勝った方がチェスターに挑戦できるってのはどうよ」
いきなりの提案に老マスターは面食らいながらもしばし考えた。
「確かに≪アッシュホーン≫ならば≪クリムゾンベアー≫に挑戦する権利はあるじゃろう。お前たちが≪クリムゾンベアー≫に勝てるほど強くなっているのなら、それはそれで嬉しい誤算じゃ。……そして、≪アッシュホーン≫に勝つようなものがおるならば……それもまた≪クリムゾンベアー≫に挑戦するに足る資格を持っていると言えるじゃろう」
「決まりだな。じゃあ武闘大会の開催だ! ……えっと、テメェらは」
「≪パープルグリフィン≫だ」
ファイズが応える。
「おう。じゃあ≪アッシュホーン≫対≪パープルグリフィン≫、勝ちあがった方が≪クリムゾンベアー≫に挑戦だ」
「うむ、あいわかった。……では三日の後、ギルド裏の武舞台にて行うものとする」
うおおおおおおお、と周りの冒険者から歓声が上がる。
それも仕方のないことだろう。ついにこの街を二分していた≪アッシュホーン≫と≪クリムゾンベアー≫が直接対決によって決着をつけようというのだから。
冒険者たちは三日後の大会のことを街中に伝えようと方々へと散っていった。
「良かったの?」
シオンはバルガルに尋ねた。
「ああ? 何がだ」
「たって、ボクらを無視して≪クリムゾンベアー≫と戦うこともできたんじゃ?」
「ふんっ、言っただろう。お前にも借りを返さなきゃならんとな」
「……」
「テメェが強ぇのは戦った俺がよく知ってる。まだ何か隠し玉持ってやがるのもなァ。……だがチェスターは次元が違うぜ。俺も、テメェも、どちらかがどちらかを食わねえとチェスターには届かねえのさ。俺はテメェを食ってさらに強くなるぜェ!」
ガハハ、とバルガルは笑いながら去っていった。
その背中を見て、もしこんな状況じゃなければ、彼は至極まともな冒険者であったのかもしれない、とシオンは思った。
それから三日間は、街中が大会の話題で持ち切りであった。
市民たちは、どちらが勝つのか、そして新星クラン≪パープルグリフィン≫とは何者であるのか予想しあっていた。
冒険者たちは、封印階層に挑戦するものがどういった実力者たちなのか、興味がつきない様子であった。
そして奴隷たちは、どちらのクランが勝つことになるのか戦々恐々としていた。
もし自分が所属しているクランが勝てば支配は続くだろう。
かと言って、所属クランが負ければどうなるのか。相手方に吸収されるのか。
誰にもわかりはしないが、とにかく今よりひどいことにはならないでくれと願うばかりであった。
そして後にこの国の伝説となる大会当日が訪れた。




