第56話 街の様子
前の話中にファイズのステータスを加筆しております。ご興味がありましたらどうぞ。
「ボスがいない理由はわかりましたけど、八階層ボスに挑戦するにはどうすればいいのですか?」
シオンはこの試練の迷宮を攻略し、その先へと行かなければならない。
ジェイスたちとはぐれて三ヶ月。
今では冷静になって、ご主人様たちとて試練の迷宮をクリアするにはまだまだ時間はかかるだろう、ということは分かってはいる。
なにせ、試練の迷宮のクリアは容易いことではない。まずレベルを上げるのにだって軽く半年はかかる。
ジェイスたちのパーティは現在三人。新たな仲間を探すにしても、そのまま三人で攻略するにしても、どうしても時間がかかるだろう。
順調にいったとして最低でも一年はかかって当然なのだ。
とはいえ、シオンはご主人様たちを待たせる気はない。先にラストダンジョン迷宮都市トゥーライセンに到達してご主人様たちを待つ。それが一秒でも早くご主人様たちと再会する唯一の方法なのだから……。
「ギルドで開催されるボスへの挑戦権を争う武闘大会がある。大会といっても、ボスへの挑戦権を現在所持しているクランへ挑む形式で、挑むものがいなければ競い合いすら起こらずにそのまま現在のクランに継続される。実際、前回の大会でも一から三階層の低層ボス討伐権を新鋭クランどうしで争ったのみで、上層への挑戦は起こらなかった。何せ、この封鎖状況はこの島国の誰にとっても逼迫している。リビングアーマーを倒そうとしているトップクランの足をひっぱっても良いことはないからね」
「チェスター、でしたっけ。そのトップクランはいつ倒せるのでしょうか……。ボクはその人が倒してくれるならそれでもいいのですけど、時間がかかるならいつまでも待つ気はありません」
「ああ、そうだな……」
ファイズの目には決意の火が灯っていたが、シオンは自分からそれを促すことはしなかった。
帰り道。
狩りの終わりはいつも夕暮れだ。
街には活気があふれる時間帯。そのはずだし、実際に飲み屋街には活気があふれている。
だが――。
「シオン、街の様子に気づいているか?」
「……はい。奴隷たちは近頃ますます過酷な長時間労働を強いられて、絞りに絞られているようです」
奴隷……この時間を越えて夜になっても働き続ける痩せた男女。その顔には疲労が限界まで蓄積され、悲壮感が漂っている。
「そうだ。トップクランどうしで競い合うように金をたくわえているんだ。どうも、近いうちに領主のマウスメザー=クジョウインが造血丸をオークションにかけるという噂があるらしい。トップクランはそれを手に入れるつもりなのだろう」
「クジョウイン……?」
「ん? ああ、珍しい名だな。この島を発展させた功労者の孫らしいが」
「なるほど……」
この街は昔の日本によく似た発展のしかたをしている。つまりはシオンと同じような転移者が関わっていたのだろう。
既にこの世を去ってしまったようだが、彼にも語り尽くせない物語があったのだろう。
シオンがそのような思いを馳せていると、ファイズがきりだした。
「……シオン、俺は今度の大会でチェスターに挑みたいと考えている。この三ヶ月でレベルも上がったお前の力には、もはやこの島の誰も敵いはしないだろう。たった二人のパーティなのがつらいところだが、俺も自分が奴らに引けを取るとは思っていない。――何より、俺はリビングアーマーにもう一度立ち向かわなければならない。……付き合ってくれるか?」
「はいっ。望むところです!」
シオンは即答した。
「よし、そうこなくてはな」
「何より、孤児院のみんなが心配です。街を牛耳るクランたちのせいで奴隷堕ちさせられる孤児たちが増えています。このままじゃ、みんな長くはもちません。……ボクは――」
シオンの口から続く言葉は出なかった。遠くを見つめるその目には誰が映っているのだろうか……。
ファイズには知る由もなかったが、孤児院の子供たちを守りたい気持ちはファイズも同じであった。
二人はお互いに多くを語りはしなかったが、その気持ちは同じ方向を向いていた。
ちょうど孤児院の話が出たところで、二人は孤児院への差し入れに行くことにした。
孤児院の子供たちがこの街の現状において、いまだに奴隷に落ちていないのはシオンたちの度重なる支援があるからに他ならない。
「ファイズ様、シオン様ぁー!」
孤児院の扉を叩き、顔を出すと子供たちが駆け寄ってくる。
もう慣れたが、孤児院の子供たちからは、もはや好かれるを通り越して崇拝されているファイズとシオンであった。
そしてそれは孤児院の年長組、そのリーダーの少女レェリや、革鎧の少女イーズー、わんぱく少年のセット、冷静な少年セシルも例外ではなかった。
「今日は葉野菜と芋、それからいつもと同じで悪いけどドゥルドの肉だよ」
「あ、アリガトウ……、シオン様のおかげでいつも助かってます」
「うひょー、ありがたいぜー。シオン、後でスキル見せてくれよー」
「ちょっとセット、シオン様に対して厚かましいわよ」
出会った当初はお姉さんぶっていたレェリでさえ、シオンに憧れの目線を向けるようになっている。目の前でトップクランのリーダーとわたり合う強さを見せつけられたのだ、それも仕方のないことだろう。
少年であるセットなども言わずもがなである。口調に変化はないが、「俺の命でよければいつでも使ってくれていいぜ」などと忠誠を誓われたことさえあったほどだ。
イーズーはいつものようにレェリの言葉にふんふんとうなずくばかりだし、セシルは食材の差し入れを二人に深く感謝しながら率先して料理を手伝っていた。
この孤児院には普通はいるはずの大人の監督者がいない。
以前は、現在のインナー工場として運営していく道を整えた大人がいたのだが、シオンが来る少し前に体を壊して亡くなったらしい。
年長組の上の子供たちもそれぞれの厳しい道へと向かっていった後であったため、今のような小さな子供たちだけが残されるという状態へと至っていたのだ。
シオンはじゃれてくる子供たちと遊びながら考えていた。
シオンはいつまでもこの街にはいない。いずれ近いうちにこの街から出て行ってしまう。そうすればこの食料支援も続けられなくなってしまうだろう。
当面の資金を援助しても金はいずれ尽きる。そうなってしまえば孤児院は存続できない。子供たちは次々と身を売るしかなくなっていくだろう。
どうすればこの孤児院を救えるのだろうか……。
「……っ!」
一瞬チラリとよぎった考えは、しかし今の自分には取り得ない選択肢だ、と振り払った。
それよりもやはり、一刻も早くこの街の状況を改善させよう。それしかない。
シオンはあらためてそう決意したのだった。




