第54話 超える
「ボクは本来の目標を忘れていました。……ファイズ様がそれを思い出させてくださいましたっ。ボクの目標は試練の迷宮を突破して、ご主人様にお会いすることです。……というわけで、ご主人様の剣はお守りにするとして、それではボクに武器を売ってください。この一週間でちょっとならお金を稼いできましたから」
シオンは心機一転、本来の目標に対してきちんと向き合うことにした。先の見えない難しい目標だが、ジェットの剣が見守ってくれていると思えば、なんとかなる気がしてくる。
「ん……、ちょっと待て。一週間で金を稼いできたってどういうことだ!? この一週間何をしていた?」
「何って、試練の迷宮で狩りを……」
「――独りでか!?」
「……は、はい」
「馬鹿な……。試練の迷宮に一人で入るなど絶対にやってはいけないことだ!」
ファイズの言う事ももっともである。試練の迷宮は一階層でも、はじまりの迷宮八階層以上の難易度をほこる。モンスターの強さもさることながら、数も多い。パーティで挑むのが前提なのだ。しかもろくな武器も持たずに、ソロで挑むような難易度ではない。
「す、すみません……」
ファイズはシオンの『二人分の能力』を考慮にいれてなおシオンを叱りつけたのだ。自分がそれだけ危ない行為をしていたのだと自覚してシオンは素直に謝った。
「……わかった。これからは俺も同行する」
「えっ?」
「お前は放ってはおけない。返しきれないほどの恩もある。それに、俺の目的も同じだ。試練の迷宮の攻略に、今一度挑もう。――この腕と脚を奪ってくれた礼を倍にして返してやらなければならない相手もいるのでな!」
そう言ったファイズの瞳には決意の炎が宿り、その輝きにシオンは圧倒された。
――と、その時。
ファイズの剣帯にはめ込まれていたC.C.Cが光を放つ。
「こ、これは……」
驚きの声を上げるファイズの脳裏に、聖句が浮かぶ。
ファイズは全てを理解して、叫んだ。
「我が『武力』の前に扱えぬ武具なし。銀空紡いで道と成せ――!」
C.C.Cの中で二つの光が融合し、色を変える。
「――クラスエボリューション、『武者』!」
それはファイズが上級クラスへと至った瞬間であった。
ファイズの体から重圧が解き放たれる。
ファイズは克服したのだ。失っても腐らず、いつか訪れる機会を逃すまいと自己を保つことを怠らず、そして掴んだのだ。
それはファイズに新たな力をもたらした。いや、失っていた期間に培った力が表面化したのだとも言える。
彼は己を超えた。
それはシオンにとってとてつもなく、カッコよく見えたのであった。
「……どうやら、武器や防具の力を最大限に発揮するクラスのようだ。器用さが大幅に上昇している。扱う武具によって身体能力にも影響が出るのか……。俺向きの能力だな」
「おめでとうございますっ!」
「ああ。まさか造血丸なしで上級クラスへと覚醒できるとは思わなかった。これもシオンのおかげだ。礼を言う」
「いいえ、それはファイズ様ご自身で積み上げられた力です。ボクがいなくてもそこへ至るのは時間の問題だったでしょう」
「……それまでに俺が諦めなかったという保障はないさ。……ともかく、これで封印階層の突破が夢物語ではなくなったぞ」
「はい!」
「とりあえずは戦いのカンを取り戻さなければな。……シオンもレベルを上げなければならないだろうし、しばらくは狩りをしよう。冒険者稼業に復帰だ!」
「おーっ!」
「そうと決まればシオン、武器を探しなさい。鍛冶屋を見て回るか、それとも俺の店にあるものならどれでも使っていいよ」
「え、いいんですか? ……だったらボクはアレがいいです」
そう言ってシオンは店にある最も複雑な機構を備えた、ファイズ謹製の武器を手に取った。
「誰にも扱えないなんてかわいそうだし、実は初めて目にしたときから一目惚れでした」
「それか。だがそいつは相当な暴れ馬だぞ」
シオンは手に持った武器を眺める。ズシリと重い。重量武器には違いない。だが、無骨なだけでなく滑らかな曲線美もあわせもつ。
柄から伸びるそれは一見して極太の鉈である。切れ味より破壊力を求めるためか、肉厚を通り越して分厚い。
先に向かっていくにつれて肥大して広がり、その先端には禍々しい牙が生えていた。
そして、何より特徴的なのは、その刀身にはいくつかの切断されたような節があることであった。
シオンは柄にあるトリガーをひいてみる。するとガチンと音が鳴り、節に隙間が出来た。先端部分を一つ持ち上げてみると、ゴムのような手ごたえとともに持ち上がり、内部に太い糸が何本も走っているのが確認できた。
「蜘蛛の魔物チュバイドの糸をより合わせてある。伸縮性と強靭さは折り紙付きだぞ」
つまり、この武器は大鉈に見えて、内部に伸縮機能を備えており、トリガーを引きながら振るうと射程が伸びる武器なのだ。
「すごい……っ!」
シオンはこの重量と遠心力が合わさったその破壊力を想像し、感嘆のため息をついた。
「我が技術と力、渾身を込めた最高の一振り。銘を【スネークバイト】。力及ばぬようなら見限れ。砕け折れるようなら捨てるがいい――」
「…………っ!」
それはファイズの宣言であった。
シオンはその宣誓と所作に目を奪われて何も言葉に出来ない。
「――シュライゼンの森、族長ライズの息子、ファイズ。……いつでも最高を超えるものを打ってみせよう」
そう言って優雅に一礼をするのだから、シオンはもうたまらなかった。




