第53話 やめておきなさい
ファイズはワインの栓抜きのような小さな道具を取り出した。彼の自作の器具である。
「まず、剣の折れた断面に細い穴を開ける」
剣の断面に細いドリルの先端を当て、金具で固定し、ハンドルをクルクルと回しだすファイズ。
ジェットの剣は一般的な形をしており、西洋剣に似ている。幅が広く、断面もそれなりに広い。そこに直径一センチほどの穴が慎重に掘られていった。その穴が深さ三センチ弱ほどに達したとき、ジェットは一度器具を外した。
さらに、折れた剣先の方の断面にも同じように穴を掘っていく。
「……ふう」
と、そこで固唾をのんで見守るシオンに対して、ジェットは言う。
「以前話したとおり、ここからが本番だ。……長い作業になるから、シオンは部屋で休んでいなさい」
シオンは、できるならばずっと見守っていたかったが、ファイズの気を散らして邪魔になってもいけないと考え、おとなしく指示に従った。
それからファイズはあらかじめ成型しておいた七センチくらいの魔法銀の小さな棒を炉で熱し始めた。
ミスリルは特殊な金属で、高価ではあるが気を通すと強度が上がる性質を持つ。そのため試練の迷宮以降を目指す冒険者たちにとって、この金属で作られた強力な武具は非常に人気があるのだ。
そう、ファイズはこのミスリルの棒を剣の芯とするつもりなのであった。
折れた剣の断面を熔かし、つないだとしても一度折れた部分は確実に弱く、すぐにまた折れてしまう。しかし、ミスリルの芯を埋め込んでからつなげばその強度は確保されるという寸法だ。
もちろん、新たに打ち直した方が簡単だし安くつくような処置であった。だが、シオンは思い出を取り戻したいと願っているのだから、そうしてやりたかった。
ファイズはミスリルが熔け始めるちょうど頃合いを見て取り出し、剣の断面に空けた穴に挿入した。
当然、穴はミスリル芯の半分以下の深さなので、芯は飛び出している。それを剣先の方の断面の穴に差し込んだ。
剣の両方の穴の深さよりもミスリル芯は長かったが、熔けかかっていたためにグニャリと押しつぶされ、剣の断面どうしを糊付けするかのように広がる。
そのころにはミスリルの熱で剣の鉄も少し熔け、混ざり合い、それが結果的にしっかりと断面同士をくっつけることになった。
剣の断面を一分の狂いなく正確にくっつけなければ刃が曲がってしまうところだが、それもない。ファイズの神業であった。
熔けたミスリルは断面に広がるだけではとどまらず、剣の両腹にはみ出してしまっているが、これを冷えた後で落とし、研ぎなおせば完成であった。
そうしてジェットの剣は、中身は魔改造されてはいるが、強度は以前にも増したと言えるほど保たれ、よく見なければ折れた部分がわからないくらいには外見も元に戻されたのであった。
「あっ……ありがとうございます!」
シオンはファイズの見事な仕事ぶりに感激して涙を浮かべながら礼を言った。
「いや、こちらこそ礼を言わなくてはな。再びこのレベルの仕事が出来るようになったのもシオンのおかげだ」
シオンはさっそく剣にパスを通してみた。すると、以前よりもわずかにパスが通りやすく、むしろ力強さを感じるくらいであった。
「シオン、ついでだ、他の武器もメンテナンスしてあげよう。出してみなさい」
剣に見とれていたシオンは、言われてわたわたと剣を鞘に納刀した。そして魔法収納からコンポジットボウを取り出して「お願いします」とファイズに渡す。
ファイズはその弓を手に取ると、軽く引いてみて驚く。
「む、なかなかに良い弓だ。エルフが作ったものだな。……これなら弦を変えていけば試練の迷宮で充分に通用するだろう。だがシオンは本当にこれを引いているのか?」
あくまで弓にはレッテンの街で購入した弦が張ってある。だがそれでもファイズにはシオンがこれを引けるほどの力を持っているとは思えなかったのだ。
「え、ええ。最近は軽すぎてちょうど弦を変えようと思っていたところなんです」
そう言ってシオンはファイズから弓を受け取りクンックンッと何度か引いてみせる。
ファイズはそのシオンの涼しげな顔で弓をひく様子に目を見開く。
「なっ……これは!? シオンお前は一体……。まさかレベルカンストしているのか?」
「え、ああ。そういえば事情はお話しましたけど、そっちの説明はしていませんでしたか」
そういってシオンは自らの異能、≪二人分の能力≫について解説した。
「なんと……ははは。シオンには驚かされるな。――だが待てよ、それなら」
ファイズはそれから急に真剣な顔つきをして言った。
「……シオン、残念だが、その剣を使うのはもうやめておきなさい」
「えっ……どうしてですか!?」
「まさか、お前の力がそれほどのものだとはな……。その剣は冒険初心者としてはとても良い代物だ。装備しやすい上に、ポテンシャルが高く長く使える。だが、それはあくまではじまりの迷宮レベルでの話だ。試練の迷宮レベルの敵には対応できない。それに、何よりお前の力に剣がついてゆけない。いくら多少強化したからと言っても早晩折れてしまうだろう。……もうお前が振れる武器ではないんだよ」
「そ、そんな……」
やっと修復できたジェットの剣を、自分は振れないというのか。
シオンの顔が悲しみに歪む。
「そんな顔をするな。お前をここまで導いて最後にお前を守ってくれたのだろう? その剣も本望だよ。鍛冶師の俺が言うのだから間違いはないさ。……お前は次の武器を見つけなさい。武器とは、道具とはそういうものなんだよ」
シオンはその言葉をゆっくりと噛みしめた。
たしかに、シオンがジェットの剣に求めたのは武器としての価値ではない。それは今は会えないご主人様との繋がり。
折れた剣を繋ぐことでジェット達との繋がりを取り戻そうとした、逃避にも似た目標。
だがその目標があったからこそシオンはその傷ついた心をここまで繋いで来ることができたとも言える。
それがわかったシオンの心は落ち着きを取り戻した。
――それでもこの剣は、大切にしよう。
シオンは先日ファイズが語った言葉を聞いて、既に心の奥では理解していたのだ。
この目標が、ご主人様たちと再会するという本来の目標のすり替えに過ぎないことを。
なら、これからはその本来の目標に向かって努力していかなければならない。
目の前にはそれを成し遂げた人物がいる。
その事実がシオンの心を奮い立たせた。
「……はい」
シオンはジェットの剣を鞘ごと抱きしめながら、頷いたのであった。




