第48話 クラスエボリューション
獣人族と言っても、基本的に人間の能力を大きく超えることはない。
犬獣人なら生まれながらに普通の人間族より多少鼻はいいだろうし、ガゼル獣人なら多少足が速いだろう。人間族よりも先天的に強い種族は確かにいる。
実際に獣人帝国ガルガロスの王は代々、獅子の獣人である。
そんな中で、少しの間とはいえ飛べる鳥獣人は別格の恩恵を得ていると言えるかもしれない。とはいえ、多少その種族の能力を受け継いだりすることはあるが、あくまでベースは人間とそうは変わらない。
シオンの現在ステータス値はこうなっている。
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鷲獅子紫苑
人間 16歳 男/女 レベル: 11
クラス/なし ジョブ/ 奴隷/女奴隷
HP: 50/50
MP: 58/58
攻撃: 53
防御: 47
魔法防御: 56
敏捷: 35
器用さ: 37
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知性: 15
運: 12
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奴隷ジョブにより攻撃10%上昇
女奴隷ジョブにより器用さ10%上昇
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バルガルが突進をかけてくる。
さっきのダクラッツと比べて、バルガルの動きはシオンから見て多少は速かった。だがシオンにとってそれはあくまでも多少でしかなかった。
シオンは現時点で三十五という敏捷値をほこる。敏捷値とは平均初期値が一〇、そしておよそ二レベルに一程度上昇するステータスである。ゆえにそれは通常レベルに換算すれば実に五〇レベル相当ということになるからであった。
よって、シオンは先ほどと同じように相手の攻撃を躱しながらカウンターを入れるという、回避優先の戦法を取った。
相手は十九レベル、体格から見積もってレベルアップ上昇値を考慮すれば、最悪の場合、相手の攻撃値は一〇〇を超えている可能性すらある。それに対してシオンの防御力は四十七。あくまで通常の二倍程度しかなく、防御に特別なステータス上昇ボーナスも得ていない。
体格や言動からしてもパワータイプであるバルガルの拳は受ける気になれないのは当然と言えるだろう。
「ぐおっ!? ……ちっ」
バルガルはシオンからのカウンターをまともに受けながらも大したダメージは受けていないようだったが、無謀な特攻はやめて少し距離を置いた。
「確かにこれは当たる気がしねえな。でもよ、拳も大した威力は無ぇ。要するに敏捷特化ステータスだってことだ」
「バルガルさん、敏捷特化のルーキーのヒョロヒョロパンチで俺っちがダメージ食らうわけないじゃないですかねぃ?」
ダクラッツの疑問も当然だ。
レベルアップに伴うステータス上昇は通常一レベルごとに一〇前後。例外として体格や鍛えることによって攻撃や防御にプラス補正がつく。ジェットは攻撃がほとんど伸びないステータス体質であったが、必死に体を鍛えることで攻撃値を伸ばしていた。
ともあれ、そんな例外でもなければ、敏捷の伸びがいいということは他のステータスは犠牲になっていると予想できる。シオンは見た目からして筋骨隆々とはいいがたく、ならば攻撃値は割を食っているはずだと考えるのが自然だろう。
しかも、この奴隷は昨日今日この街へとやってきたと言う。そんな者の拳から十九レベルのダクラッツが多少とはいえダメージを受ける道理がないではないか、と。
「馬鹿野郎、こいつも十九レベルしてやがんだよ。昨日今日この島へ来たってのが嘘だったってことよ。それならお前にダメージが入るぐれえの攻撃値はあるかもしれん」
「なるほどですねぃ。ホント、バルガルさんは戦いのことにだけは頭が回りますねぃ」
「……うす」
これはバルガルたちの勘違いではあるが、彼らの誤解を解いてやる理由などシオンにはかけらもなかった。
「そして――」
そう言ってバルガルは虚空から光る水晶、C.C.Cを取り出す。
「――俺は嘘をつかれるのが嫌いだ!」
「……っ!」
それを見てシオンも弾かれたようにC.C.Cを取り出し腰のバックルをカシュンとスライドさせる。
「ちょ、まじですかぃ? ……あーらら。知らないですよぃ」
通常、街でのいざこざでクラスチェンジをすることはない。冒険者たちは、HPが死の直前まで減らなければ大きな傷を負いにくい。クラスチェンジさえしなければ、相当のレベル差がない限り死傷することはなく、ケンカでおさまるからだ。
だが、クラスチェンジは威力が強すぎるため、どちらかが死に至る可能性があり、それは本気の殺し合いを意味していた。例えるなら刃物を抜くようなものだ。
「俺は、俺に嘘をついた奴を――」
バルガルは手首に着けたC.C.Dに水晶をガシンとはめ込み、そこに力を込めて叫ぶ。
「――許さねえ!」
バルガルのC.C.Cの中の二つの光が融合し、色を変えていく。
「今日も俺の身体は絶好調! 『精気』が満ち溢れてきたぜぇ……! クラスエボリューション!! 俺はいつでも『達者』だぁぁぁぁ……!!」
バルガルのC.C.Cがひと際強い光を放ち、その場にいたものはドンッと孤児院の工場が揺れたような気さえした。
レェリたちを含めて、見ていた子供たちはもはや腰を抜かして立っていることもできないようだった。
シオンには、オーラに包まれてバルガルの全身が一回り大きく見えた。
それは、シオンが初めて見る、上級クラスの輝きであった。
上級クラス『達者』。
シオンはジェットの言葉を思い出していた。
曰く、「力求めしもの、自らが『何者』かを知るべし。そしてさらに己を究めし者、『王』へと至らん」
すべての二次職は『何者』と呼ばれ、基本六職の力を変質・融合させて、新たな『力』、もしくは新たな『気』として体に宿す。そうすることによって上級クラスへと覚醒を果たすのだ。
「クラスチェンジ、『格闘家』!」
シオンも急いでC.C.Cを腰のバックルにはめ込み、クラスチェンジをする。武器が無いので格闘家だ。それに、格闘家のステータス上昇をもってすれば上級クラスのステータスにも対抗できるだろう。極短時間という制限はついてしまうが……。
「ふん、格闘家か。攻撃に振ってイチかバチか俺を倒すつもりか? それともさらに敏捷に振って逃げ回るつもりか? ……どちらにせよ『体力』が尽きたときがお前の負けるときだがな」
シオンはそれには答えず、拳を構える。
それを見たバルガルも呼応した。
「じゃあ行くぜ」
バルガルは愚直にも走り込みから拳を突き出す。
シオンはそれを躱した。だが、そのスピードは先ほどよりも相当に速く感じていた。とはいえ、
――いけるっ
このスピードなら『体力』を敏捷に振らなくても対応できると判断したシオンは、『体力』を攻撃に振った。
「ふん、どっちに振った? 答え合わせと行こうか。さっきのは本気じゃないぜ!」
バルガルがさらにスピードを上げる。
だが、シオンはそれにすら対応してみせた。当たれば即死もあり得る拳を避け、カウンターでバルガルのがら空きの腹に思いっきり拳をぶち込む。
「ぐっあああっ!」
しかし苦悶の声を上げたのは、シオンの方であった。
「来るとわかってるカウンターなんざ、屁でもねえぜ」
バルガルは、シオンのカウンターに合わせて腹筋を締め、シオンの拳を迎え撃ったのだ。
戦士と格闘家の『戦力』と『体力』を融合させた『精気』は、ステータスに振ることもできる。バルガルは防御の強化もしていた。
シオンにとってそれは鉄の塊を殴りつけたようなものであった。
「休ませねえぞ」
バルガルはさらに迫ってくる。シオンはそれに対して覚悟を決めた。
――鉄だろうがなんだろうが、こちらも覚悟を決めれば殴れないものはない。
シオンはそう決意し、バルガルの拳を避けつつ思いっきり拳を腹に叩き込む。
「おらぁ!!!」
それをまた腹筋で迎え撃つバルガル。
「ぐううう!」
拳が傷んだが、やはり覚悟していれば殴れないことはない。
「ちっ、おりゃあ!!」
その応酬は数度続き、二人の戦いはもはや根比べの様相を呈してきた。ぶつかり合う余波は周りの人間たちにもビシビシと伝わっていた。
「こ、これがトップ冒険者の戦い……」
「す、凄まじいですね」
「ああシオン、負けないで!」
「……(ふんふん)」
見守っているレェリたちからはほとんど何をやっているのかわからない程の応酬である。
バルガルの数度目の拳をシオンはまたも避けつつ、拳を入れた。
その時、突然シオンの身体をバルガルが捕らえた。
「バハハァ! いくら速くても何度も食らえばタイミングが掴めるぜ」
「ぐああ、放せ!」
捕まったシオンはめちゃくちゃに暴れる。
バルガルは暴れるシオンを抱きしめたままではどうにも出来なかったのか、シオンを工場の入り口に向かってブン投げた。
ドガシャッ
シオンは扉に叩き付けられた。
「ああ、シオン!」
レェリが悲鳴に近い声をあげる。
「げほっ、ごほっ」
シオンの身体に少なくないダメージが入った。
そして、シュウウ……、と体からブーストしていた『体力』が抜けていく。
時間切れであった。
シオンは少しの間逡巡し、そのまま入り口から逃げ出した。
「あ、おい逃げるな」
ダクラッツが呼び止める間もなく、シオンの姿はすっかり見えなくなってしまっていた。
「どうしますかぃ?」
「いや、追わなくていい。あれには追い付けんだろう」
「……うす」
「マジですかぃ、それじゃあこの場はどうするんですかぃ?」
「き、今日は引き上げる。……あの様子じゃチェスターんとこの奴隷になることも無さそうだ。取りあえずは放置でいい。それに……」
何かを言いかけたバルガルの言葉は途切れたまま続くことはなかった。
「……わかりました。逃げられちまったとはいえ、バルガルさんの強さは骨の髄にまで叩き込まれたでしょうしねぃ。バンプ、帰るぜぃ」
ダクラッツは、やけに引き際のいいバルガルに少し違和感を覚えながらも、すぐに腹でも減ったせいだろうと思い寡黙なバンプに声をかけた。
「……うす」
そうして三人の獣人は孤児院を後にした。
バルガルにとっては幸いなことに、服の下の痣とバルガルの背中に伝う脂汗に気づいた者はこの場にはいなかった。
シオンは隠れて獣人が去っていくのを見届けた。自分が逃げたことで、獣人たちが標的を孤児院に変更しないとも限らなかったからだ。
そしてそれを見届けて安心したシオンは孤児院には戻らず、その場を離れた。
フラフラとした足取りは精も根も尽き果てたといった感じである。
自分のいる場所がどこかもわからず闇雲に歩き、たまに人族と出会っては奴隷首輪を見て追い払われた。
そしてとうとう、シオンは力尽き、倒れてしまった。
引き分けだよ負けてないよ!
ちゃんと後でぶちのめします。
今回でシオンのこの章のしんどい部分終わりです。
鬱展開とかないから大丈夫だよ!




