第47話 さっさと開けろ
突然、ガンガンと連続して扉をたたく音が工場内に響きわたる。子供たちはいきなり眠りから覚まされ、驚愕の表情を隠せない。
「みんな、奥の方に隠れてろ!」
セットが子供たちに指示を出す。
レェリとイーズー、セシルも扉に対してすでに警戒の姿勢だ。
「シオンも隠れてて」
セシルにそう言われ、シオンも何がなんだかわからずに子供たちとともに工場の奥へと引っ込んだ。今状況のわからない自分がしゃしゃり出てもいいことはないだろう。
「さっさと開けろコラァ」
外からガラの悪い言葉が聞こえてくる。
それを無視するわけにもいかず、扉を開けようと前に出るセットをレェリが制した。
「わ、私が行くからみんなは下がってなさい」
レェリがそう言って扉のカギを開け放った。
「ぐずぐずしやがって」
そう悪態をつきながら入ってきたのは三人の獣人であった。おそらくネズミの獣人とアルマジロの獣人の二人を従えたリーダーらしき男は、硬そうな灰色の肌、鼻の上に短い角を持っていた。何より体格が大きく圧倒的な威圧感を伴っている。おそらくサイの獣人であろう。
レェリたちに緊張が走る。それは、今この街の勢力を二分している大クランのひとつ、≪アッシュホーン≫のリーダー、バルガルだったからだ。この街で暮らすもので、彼を知らぬものはいない。
「なんだあ? インナー工場か……」
あたりを見回してバルガルはそう判断する。
「ここは孤児院だって聞いたが?」
「……っ」
レェリたちは完全に威圧されていた。
「子供をどうこうしようってんじゃねえ、安心して答えろ」
「は、はい。そうです。ここは孤児院で、子供たちは奥で寝ています。インナーを売って生計を立てています」
レェリは背中に冷や汗をだらだらと流しながら答える。
しばしの沈黙が流れた。それは数秒のことであったが、ジロジロと見られ続けたレェリの体感時間では数時間にも感じられた。
たまらずに沈黙をやぶる。
「ど、どういったご用件でしょうか」
「おう、それだがな。さっきここに奴隷が入っていったって、たれ込みがあってよ。俺様のクランの奴隷じゃなさそうなんで、確認にな。もしチェスターのクランの奴隷を匿ってるなんてことがあったら、ここは潰しておかなきゃいけないもんでよ」
「そ、それは……」
レェリはシオンをかばうつもりであったが、シオンがチェスターのクランの奴隷ではないという事実を説明すべきか、そもそもシオンという奴隷などここには入ってきていないという説明をすべきかを、この重圧の中でとっさに判断できずに、言いよどんでしまった。
「いるんだねぃ? ……おっと、嘘はいけねぇよぅ。バルガルさんは優しいが嘘は嫌いだぁ。慎重に答えるんだねぃ」
バルガルの部下のネズミ獣人が目ざとく指摘してくる。
レェリは顔面を蒼白にしながら、それでも意を決して答えようとした。
その時。
「待て!」
シオンの我慢はそこが限界であった。自分をかばってレェリたちに何かあったらと思うと耐えられはしなかった。そうなるくらいなら、と奥からシオンは歩み出す。
「ボクがその奴隷だ」
バルガルたちの視線がシオンに集まる。奴隷だということは首輪を見れば一目瞭然だ。
「ほう。見ない顔だぁ。子供ですが、これはまた上物ですねぃ」
バルガルの部下が声を上げ、もう一人の部下にアイコンタクトを送る。
「……うす」
と短い返事をし、もう一人の部下のアルマジロの獣人がシオンの腕を掴んで引っ張った。
シオンは思わずたたらを踏んで獣人たちの目の前に立たされる。
「……どうやらチェスターんとこの奴隷紋じゃあなさそうだな。どこのものだ?」
「ボクのご主人様のことをどうしてお前たちに言わなくちゃいけない! ボクははじまりの迷宮を抜けて今日この街に着いたばかりだ。チェスターとかいうやつとは関係ない」
「なにぃ、こいつ冒険者か!? てめえの主人はどうした?」
「ご主人様とははぐれた」
それを聞いた獣人たちは、お互いの顔を見合わせてふき出した。
「ぎゃっはははは。はぐれただあ? 逃げたの間違いだろうが」
「なんでボクが逃げなきゃならないんだ。ご主人様は最高のご主人様なんだぞ」
その言葉を聞いて再び獣人たちは顔を見合わせる。
「そういや、遠隔苦痛を発動されてる風じゃないですねぃ」
「マジか……。だが、だとするとこいつの主人は本当に野放しにしてやるつもりか!? あ、ありえねぇ……」
「……うす」
全く理解できないと言わんばかりの三人。
そしてバルガルはシオンに向き直った。
「とりあえず、この国のクランの奴隷じゃないのはわかった。それじゃあ今日からお前は俺のクランで働きな。それがお前がこの国で生きるためのルールだ」
「な……!? 誰がそんなことするもんか!」
「嫌ならこの国にお前のような奴隷に居場所はないねぃ。……なぁに、バルガルさんが封鎖階層を突破するまでの辛抱さ。奴隷が一生懸命働いで貢げばバルガルさんのクリアが早まるってもんだねぃ。そうすりゃお優しいバルガルさんは解放してくださるさぁ」
そう言ってネズミ獣人は近づいてきてシオンの肩をつかむ。
「嫌だ!」
それを払い除けるシオン。
獣人たちは奴隷に反抗されて怒りを覚えた。
「なら力尽くでも従わせるよぅ!」
ネズミ獣人が拳を放つ。
至近距離の不意打ちではあったが、シオンは敏捷のおかげで相手の拳がスローに見えた。ギリギリではあったがなんとか躱す。
「なに、躱しただとぅ!?」
獣人たちは一様に驚いたようだが、その顔にはまだまだ余裕がある。
反対にレェリたちはこれから行われるシオンへの暴行に絶望のあまり顔を青ざめさせている。悲鳴すらあげることが出来ていない。
「まぐれだろ。たたみこめダクラッツ」
「了解ぃ!」
ダクラッツと呼ばれたネズミ獣人はラッシュの体勢に入った。それに対してシオンも少し下がり、相手をにらみつける。不意打ちでもなければ躱せるはずであった。
「うおりゃああああぃ」
「はっ、よっ。せいっ」
ネズミ獣人が続けざまに拳を放ってくるが、シオンはそのことごとくを躱し、逆に要所要所で的確にカウンターを入れていく。
「ご、おぅふ……」
シオンの拳が腹に突き刺さり、ネズミ獣人はたまらずうずくまる。
「――ぐ、うぅ。……ど、どういうことだぃ。俺っちは十九レベルだぞ! はじまりの迷宮から昨日今日この街へやってきた奴がなぜこんな力を!?」
「……うす」
そう言って今度は自分だと言わんばかりにアルマジロの獣人が前に出ようとした。
「いや、俺がいく。こいつ中々やるな。おそらく素早さ特化のステータスだろう。パンプ、お前じゃ相性が悪い」
「……う、うす」
「そんなこと言って、バルガルさんもパワータイプでしょうがぃ」
数回打たれただけであったダクラッツはもう立ち直って、そんな軽口をたたく。その言葉とは裏腹に、バルガルが出てきたことで完全に安心しきっているようだ。
「……うす」
「バハハ。まあ俺らはそうよな。力でかなわない敵が現れたらどうするか? 更に力をつけりゃあいいんだよ! 工夫も何もかも、力の無え奴がやることだ。勝てないのは力が足りねえからだ。そして、速い奴を相手にするにはどうすればいいか、俺様が教えてやる。よく見てろ!」
そういってバルガルはシオンと対峙した。




