第46話 厨房を借りていいかな
「さあ着いたよ。……みんな、帰ったぞー」
そう言ってレェリは建物に入っていく。
ここは街のはずれの一角だ。シオンは孤児院と聞いて勝手に教会のような建物を想像していたが、実際はなにやら簡易な工場のような建物であった。
レェリに続いてセット、イーズー、セシルも入っていくので、シオンも後に続いた。
中は想像したとおり、工場そのものであった。といっても当然ながら近代的な機械などは無い。そこにずらりと並ぶのは簡素な機織り機であった。そろそろ夜も更けようとしているというのに、ぱたんぱたんという音は止みそうにない。
「おかえりなさい!」
機織りを続けていたひとりのおさな子がレェリたちに気づいて駆け寄ってくる。それに続いて他の子供たちも一斉に群がってきた。小学生くらいの子供が二十人はいるだろうか。
「ただいま。みんなよい子にしていたかしら?」
「うん!」
「よし、じゃあご飯にしましょう。今日は結構売れたからいつものスープにパンふたつね」
「やったあ!」
どうやら中学生くらいのレェリたちはこの子たちの中でも年長らしく、ここで織った商品を売って子供たちと暮らしているらしい。
子供たちが作っているのは、鎧のしたに着るインナーであった。インナーはただの布の服ではあるが、布というものの防御力は馬鹿にできないものだ。迷宮で激しく動く冒険者たちが街へと帰るころには、インナーがたった一日でボロボロになることもあるほどだ。それだけインナーがダメージを吸ってくれている証拠でもある。そんなわけで、迷宮都市においてインナーの需要は尽きることはない。
「ねえ、そのきれいなお姉ちゃんは?」
子供たちのひとりが新顔であるシオンに目をつける。子供たちからは女性として認識されたようだ。
「ここに泊めてあげることにしたの。みんな仲良くしなさい」
「お世話になります。よろしくね」
「はーい」
シオンがあいさつすると、子供たちは受け入れてくれたようで一安心した。
それからシオンは子供たちと食事をともにした。薄い野菜スープに堅いパン。それはシオンにとってなじみ深いものであった。奴隷として訓練されていたころ、毎日この食事であったからだ。だが要するにこの子供たちは奴隷とほぼ同じような食生活しかおくれていないということでもあった。遠慮せずに食べていいと言われたが、シオンは申し訳ない気持ちをぬぐえなかった。
と、そういえば、とシオンは思い出し、レェリにたずねる。
「ちょっと厨房を借りていいかな?」
「……いいけど。食材なんてないわよ?」
「ありがとう」
興味をそそられたのか、厨房に向かうシオンにレェリもついてくる。
シオンはまな板の上にどんっ、と魔法収納からドゥルドを出す。試練の迷宮一階層で倒したものを魔法収納に詰め込めるだけ詰め込んできたのだ。ギルドで買い取ってもらうつもりが、アリーと話込んだせいですっかり忘れていた。魔法収納内でとっくに血抜きも終わっているし、ニワトリのようなものだから食べられるだろうと考えたのだ。血は必要ないので魔法収納からドボドボと流しに捨てていく。
その行為を大口をあけて見ていたのはレェリである。
「ちょっとあなた、そのドゥルドどうしたの!? それにその魔法収納の容量……あなた、もしかして冒険者なの?」
ドゥルドはこのトウザイトの街ならどこでも見かける食材である。試練の迷宮一階層で狩れるのだから当然だ。レッテンにとってのルドンボアと同じである。
ただひとつ違うのは、狩猟難易度だろう。一般人でもなんとか狩れるルドンボアと違って、試練の迷宮一階層の挑戦推奨レベルは八以上。始まりの迷宮を抜けてきた者ならばいざしらず、この地で生まれ育ったものにとっては手の出しようのないモンスターであった。値段もボアほど安くはない。体の小さな、しかも奴隷であるシオンが手に入れられるものとは想像できず、レェリが驚いたのは無理もないことである。
「え? ……うんそうだよ」
問答の声を聞いてイーズー、セット、セシルもやってきてシオンが出したドゥルドに驚く。
「まさか、君が倒したのかい?」
「うん」
「なんてこった! ドゥルドをか!? マジかよ」
セットたちもそれを聞いて驚きを隠せない。
「でもあなた、奴隷よね。そのドゥルド、自由にしていいの?」
「ああ、それなら大丈夫だよ。ご主人様もお姉さまもお優しいし、今は遠い地にいらっしゃるからお渡しすることもできないし……。収納に入れていても痛んじゃうから食べた方がいいよね」
魔法収納に入れる際、砂や目に見えるゴミを拒否すれば、その砂やゴミは落ちて綺麗な状態で収納することができる。だが、具体的に思い浮かべられない菌やらなにやらを全種類はじくのは不可能と言っていいだろう。無菌でもなければ生ものは痛む。菌の専門家ならば特定種をあらかたはじき、収納内で腐ったり痛んだりするのをある程度防げるのかもしれないが、シオンにそのような知識などはない。よって入れっぱなしにしておけば収納内で腐らせてしまうだけだ。
「もしかして、あなた一人でこの地に来てしまったの?」
シオンはそろそろ事情を話すべきだと思い、ドゥルドを細かく切って鍋にいれて煮込みながら事情を話した。塩や調味料などないが、仕方がないだろう。
「ええっ!? あなた、男性でも女性でもあるの!?」
レェリは事情よりも性別に驚いているようだ。
「じゃあシオンさん、あなたのご主人様に会うにはあの試練の迷宮をクリアしなきゃいけないのですね」
「うん、そうなんだ。いったいどれだけ時間がかかるか……。はやくご主人様に会いたいよ」
セシルの問いに答える。他人に話したことで少し寂しさが和らいだのはシオンにとってありがたかった。
それからドゥルドの肉を煮込んだスープを子供たち全員に振る舞った。ドゥルドはそれなりの大きさがあったが、さすがに子供たち全員に分けるとなると一人当たり、細かい肉が三切れほどになってしまった。しかも調味料も入れていない、水で煮込んだだけのものであったが、それでも子供たちには大好評であった。
「ありがとう。本当にありがとう、こんな豪華な食事は久しぶりなのよ」
「そうだな。たまにしか肉は食えないからな。本当に助かったよ」
「安い肉でもこの人数に行きわたらせるとなると結構高いですからね」
レェリ、セット、セシルの言葉にふんふんとうなずくのはイーズーだ。彼女は食事するときになって初めてフルフェイスのヘルムを脱いだのだが、赤い髪の精悍な顔つきの女の子であった。彼女はドワーフで、背が低いが大人になっても今とそれほど変わらないらしい。ただし、力はこの孤児院でぶっちぎりに強く、頼もしいのだそうだ。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
子供たちやレェリたちに口々に感謝され、シオンはまたドゥルドを狩ってこようと心に決めた。
そして食事が終わり、子供たちがウトウトとしだし、シオンたちもそろそろ寝ようかという頃。
不穏な空気をまとった影が孤児院に忍び寄っていた。




