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異世界で奴隷になったからご主人様を王にする  作者: 九番空白
第二章 はじまりの迷宮
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第39話 チャンス

 ゴガァァン


 ミノタウロス一号(ワン)の棍棒による一撃をジェットは受け止めた。

 ずず、と多少押し込まれはするものの、衝撃を完全に吸収しきり、相殺することに成功している。

 はじまりの迷宮最奥のボスの一撃ですら、ジェットの守りを突破するには至らないのだ。

 それは当然、ジェットの才能と努力、そして成長のたまものであった。


「シッ!」


 ボスの技後硬直に合わせてサツキは槍の一撃を入れる。

 サツキは順調にデュエリストとしての力を伸ばし、攻防共に大きく成長していた。


 ブボオオオ


 ボスが怒りの声をあげるも、さっとジェットの影に隠れるサツキ。

 仕方なく目の前のジェットに振るった一撃は、またもや受け止められた。



「な、なんて防御力だ……! まさか一人で受けきって、しかもダメージを受けている様子がないだと……!?」


 その様子を見てイーサンは驚愕の声を上げる。

 イーサンのパーティは(タンク)が二名。パーティによっては三名以上いる場合もある。敵の攻撃を交代制で――時には二人がかりで――受けるためだ。そうでもしなければすぐに吹き飛ばされてしまう。


「ジェイスリード様は防御特化ですからねー。いつも攻撃が伸びないと悩んでおられるですよ」


「は、はは。贅沢な悩みだな。……だが、他人のことはよく見えるということかもしれないな」


「さて、これで大体あなた様のパーティの方々の治療は終わりました。――最低限ですが。ルリの『霊力』が尽きてしまいますのでこれでお許しくださいです」


 イーサンのパーティはルリに口々に礼を言った。


「ありがとう、獣人の少女よ。だがこちらの僧侶も『霊力』を切らしていてな、戦闘には加勢できそうにない……。すまない……」


「大丈夫です。それではルリも仲間の加勢に行ってきます」


 ルリはそのままジェットとサツキの元へと駆け出す。

 既にルリはスペルマスターへのクラスチェンジを可能にしている。僧侶と魔術師の両方の魔法が使用可能で、魔術師の防御力の低さを僧侶の防御力の高さで補える、中間職としてはデメリットの見当たらない優良クラスだ。


「お、おい。あの奴隷の少女の方に加勢に行くのではないのか? あの少女は見捨てるというのか……?」


 イーサンは自分たちのせいで奴隷の少女が捨てゴマにされるのをしのびなく思った。

 だが、そちらの方を見た瞬間、目を疑い、開いた口が塞がらなくなった。

 そこでは明らかに異常な光景が繰り広げられていたのである。




「せやっ! ていっ! とりゃあ!」


 他人が聞けば気の抜けそうな掛け声とともに、シオンはミノタウロス二号(ツー)へと斬りかかっている。


 タウロスツーは棍棒を振り回す。それをシオンはするりと回避し、ジェットから下賜された剣で手首に斬撃を入れた。

 タウロスツーは怒り、今度は連続で棍棒を叩き付けた。だが、シオンはそれを全て避け、おまけに毎回手首に斬りつけている。 


 ブアアアアアアアアアアアア


 タウロスツーは全く捉えられない敵に苛立ち、棍棒を手放した。――その行動は正解と言えるだろう。

 重い棍棒を手放すことは、腕の振りを速くしたし、攻撃力が下がったと言っても普通は誰であろうと当たれば動きを止めざるを得ない。そうなればそこにラッシュをぶち込める。……普通なら、であるが。


 タウロスツーに誤算があったとすれば、それでもシオンには当たらなかったということだろうか。……いや、そうではない。


 タウロスツーはさらに膝蹴り、突進、さらには角突きまで加えて隙を与えず攻撃した。だが、そのことごとくをシオンに避けられてしまう。


 タウロスツーの真の誤算、それはシオンを相手にしてしまったこと。

 それは避けられないことであった。つまりは今この場に生まれてしまったことが最大の誤算なのかもしれなかった。






 タウロスワンの思考を解析するならば、次のようになる。


 チクチクと槍を繰り出してくる女の攻撃は厄介だが、自らの尋常ならざるHPの前にはさほどの脅威ではない。

 決まって攻撃を受け止められた後、そこに槍を入れてくる。

 だが、来るとわかっている攻撃は耐えられる。


 問題はこの異常なほど固い盾男だ。

 固い。確かに固いが、それとていつかはぶち破れるはずだ。

 根比べ。

 いいだろう。この俺に敵うとでも思っているのか……?


 だが、ここにきて魔術師が加勢してきやがった。


 この魔術師が厄介な点は、攻撃をしようとした瞬間に顔や手に炎や岩を撃ってくるのだ。

 これでは攻撃の気勢がそがれ、盾男に簡単に受け止められる。挙句の果てには空振りすら増えてきた。


 腹立たしい!

 イライラする!


 もう……もう何もかも、どうでもいい!!






 ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!


 タウロスワンが雄たけびを上げた。

 目は血走り、腕を交差し、脚を曲げ、全身の筋肉を収縮させている。


「何か来るぞ。俺の後ろに隠れろ!」


 ジェットは素早く指示を出し、腰を大きく落とした。

 おそらく、ミノタウロスの最大攻撃だろう。

 タウロスワンにとっても捨て身の攻撃だろうことは明白だ。

 捨て身――つまりもし防ぐことができれば、ジェットたちにとって最大のチャンスとなりえるが、その溜め込まれたエネルギーはとてつもなく、空気をビリビリと震わせていた。


「ジェット……」


 サツキが不安そうに声をかける。


「絶対に止めてみせる! きっと奴は力を使い果たすはずだ。チャンスを逃すな、サツキ、ルリ!」


「……わかったわ!」


「信じてるです!」


 ジェットの固い意志が伝わったのか、サツキとルリの心にも火が灯った。


 ドンッ


 わずかの緊張のあと、タウロスワンが咆哮と共に地を蹴った。

 地面にヒビが入るほどの踏み込み。

 限りなく低い姿勢で走る。

 そして思い切り振りかぶって棍棒を叩き付けた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 ジェットの叫び。


 バギャアアアアアン


 凄まじい音と共に、タウロスワンの棍棒とジェットの鉄のカイトシールドが同時に砕け散った。

 タウロスワンの(こぶし)はそのままジェットにぶち込まれる。


「ぐふっ」


 しかし、ジェットとて黙ってはいない。


「くぉのお、≪ウォールオブプリズン≫!」


 受けた拳をガッチリと抱え込み、決して離すまいとする。


「今よ! ≪ラッシュアサルト≫!」


「≪ファイアーボール≫!」


 そこへすかさずサツキとルリが最大火力を叩き込んだ。

 タウロスワンが全ての力を出し切ったと読んで、こちらも防御を捨てた攻撃に転じたのだ。

 実際タウロスワンは、数秒は呼吸を整えなければ動くことすらままならない程に力を出し切っていた。


 だが、タウロスワンは最後の力のひとかけらを残していた。――いや、自分の生命さえ投げ出して力に変換したと言った方がいい。

 なんと、ジェットに捕まえられたのとは逆の腕で、全力攻撃をしているサツキに拳を放ったのだ。


「しまっ……!」


 ジェットもサツキもルリもそれに反応できない。


 ――もう止まれない!


 サツキは一瞬で覚悟を決めた。

 ミノタウロスの拳とはいえ、デュエリストの防御力は一撃でどうにかなるほど(やわ)ではない。耐えられるはずだ。


 ヒュン……ゴガンッ


 しかしそのタウロスワンの拳は、突然飛んできた矢によって撃ち落されたのだった。


「シオン!」


 なんと、シオンがタウロスツーと戦いながら援護射撃を放ったのだ。


 ありがとう、とサツキは心の中でシオンに礼を言いながら、振り返らずに目の前の敵へとラッシュを叩き込んだ。

 自分の今すべきことは、振り返ることでも礼を言うことでもなく、一刻も早くこいつを倒してシオンの元へ駆けつけることなのだから――。




 そうして援護を放ったシオンだったが、それが自分の隙を作ることは理解はしていた。


 タウロスツーにしてみれば、いきなり戦っているはずの敵がそっぽを向いて仲間に援護を送り出したのだ。決して許せるわけがなかった。

 素早く落ちている棍棒を拾い上げ、タウロスツーはシオンに向けて振り下ろした。


 シオンはさすがに回避が間に合わず、腰のベルト、C.C.Dクラスチェンジドライバーのボタンを押し、弓と剣を換装した。


 ガギイイイン


 そしてなんとかギリギリ、剣で棍棒を受け止める。


 ――ビキリ


 剣から嫌な音がした。


 ――しまった、ご主人様の剣が……!


 後悔したが、シオンはサツキ様(おねえさま)を守ることができたのだから、我慢しなければならなかった。


「クラスチェンジ、『格闘家』!」


 再びバックルの横のボタンを押して武器と革鎧を≪魔法収納≫へ収納する。


「ボクは怒ったぞ! 覚悟しろ!」


 気勢をあげたシオンは、『体力』を攻撃に変換し、タウロスツーの腹へと拳をめり込ませたのだった。




 それから程なくしてタウロスワンを仕留めたジェットたちが駆けつけた。

 その時点でタウロスツーはスタミナをかなり失っており、シオンのパーティが完全に揃ってしまってはもはや少しの勝ち目も見出すことはできなかった。

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