第38話 助けに行くわ
「今、何か聞こえませんでしたか?」
「ええ、確かに聞こえたわ。そしてわずかに伝わってくる振動……。これは……」
「イーサンのパーティか! 彼らがボスに挑戦しているんだ!」
「……でも、なんだかやばそうです」
最下層の奥から断続的に聞こえてくる轟音と叫び声。
それは進むにつれて大きくはっきりとしてきた。
そしてその声を聞く限り、彼らの形勢が悪いということも否応なしに理解できる。
「サツキお姉さま、どうしましょう」
シオンはパーティの指揮を執るサツキに指示を仰ぐ。もちろん、助けに行くか否かを問うているのだ。
本来、ダンジョン内でのパーティの互助はあまり行われない。
その理由はいくつかあるが、最も大きな理由はトラブルの回避のためだ。
二つ以上のパーティで攻略をすると、経験値はパーティごとの活躍度で配分されるからいいとして、入手素材や魔石の配分などでもめることになる。
その経験値とて、パーティごとに分配され、さらにそのメンバーごとに振り分けられるとなると微々たる量になってしまう。
結局は一パーティで攻略するのが最も効率が良いという結論が出ている。
しかし、当然、他のパーティが目の前でピンチになっている、などといった状況では、手を貸したり助けたりなどといったことは問題はない。むしろ見捨てる方が倫理的によろしくないとされているくらいだ。
だが、それがボス戦となると話は違ってくる。
階層ボスは冒険者にとっては最大の障害である。実際、冒険者が死んでダンジョンの養分になるのは、ボスを相手にしているときが最も多い。
となれば、手柄や分け前などどうでもよいから、大人数で囲んでしまってさっさと倒し、次の階層へと進むことを優先する、という考えが出てくるのは自然なことだろう。
だが、階層ボスはダンジョンにとって切り札的な存在であり、そうやって攻略されるのはダンジョンにとって本意ではない。養分を得る最大の機会を潰されてはかなわないからだ。
そこでどうするかというと、ダンジョンはボス部屋に一パーティ上限の六人を超える人数の侵入を確認した時点で、もう一体ボスを排出するのだ。
もしそれが十二人以上なら、当然さらにもう一体追加といった具合に。
パーティの上限が六人と定められているのはこのためであろう。当然、ダンジョンがパーティ上限に合わせているのではなく、このダンジョンのシステムに合わせて≪共闘者≫の魔法が作られたと考えるべきだ。
かたや、階層ボスが討伐されてからしばらくの間、『ボス不在の時間』というものがある。この間、冒険者はボス部屋を自由に通り抜けられる。本来戦うべきボス戦をスキップできるのだ。これは矛盾であるとも言える。ダンジョンが何を考えているのか、それは定かではないが、いわゆる、「ヤる時はヤる、休む時は休む」といったところだろうか。
そして当然のことながら、普通のダンジョンにおいて、コアを守る最下層ボスは不在の時間などあり得ない。倒されればダンジョンはコアを奪取されて死ぬし、倒されないならばずっとボスは君臨したままだ。
ここははじまりのダンジョンであり、はじまりのダンジョンは人間を養分としない特殊なダンジョンではあるが、しかしこの追加ボスシステムはきちんと踏襲されている。
ただ、最下層ボスに関しては例外だ。はじまりの迷宮は討伐されないダンジョンであるので、他の階層ボスと同じでリポップする、という認識で間違ってはいない。
話を戻そう。
イーサンは時間をかけて仲間を集め、自分を含めた上限いっぱいの六人の精鋭パーティを組んでいた。
つまりシオンたちがイーサンを助けにボス部屋へと侵入した瞬間、そこにもう一体のボスが湧き出るというわけだ。
もし既に死者がいたとしても、戦闘後に死体がボス部屋から排出される――はじまりと試練の迷宮以外の場合は吸収される――まではきっちりと人数には数えられている。
助けに入るならば、このことを考慮しなければならなかった。
「助けに行くわ。やっぱり、見捨てることは出来ない」
だがサツキはそんなことは承知の上で即決した。
「ああ、最悪歯が立たないようなら、俺たちで食い止めている間に彼らを逃がそう。その後で俺たちも逃げることくらいはできるはずだ」
「彼らは入念に準備をしていると言っていました。きっと何かトラブルが起こったんだと思うです。そうでなければ、彼らに十分倒せるボスだったはずです」
「そうだね。おそらく何かの理由で前衛が崩壊してしまったのだと思う。……ご主人様、彼らの盾の代わりをお願いします。お姉さまはご主人様の援護を。ルリちゃんは彼らを回復してからご主人様たちと合流して。追加で新たに現れるボスはボクが相手をします!」
「出来るだけ早く片付けてそっちへ駆けつけるわ。それまでシオン、耐えていてね」
「はい、お任せくださいっ!」
「じゃあ、行くわよ」
はい、と応えてシオンたちは走り出す。ボス部屋はすぐに見つかった。最下層がいくつかの大部屋があるだけの単純な構造であるのが功を奏したと言えるだろう。
シオンたちは迷わずそこへと飛び込んだ。
まず目に入ったのはボスの背中であった。
三メートルほどの巨大な人型のモンスターで、背中には剛毛が生え、脚は四足獣の特徴を備えており、バネの強力さが一目で見て取れる。
そして腕は丸太のように太く、その筋肉は恐ろしいほどに発達している。
さらに、その手には武骨な岩の棍棒。
頭部にはねじくれた角が生えており、チラリとこちらを確認する横顔はまさに牛そのものであった。
最奥のボス、ミノタウロスである。
部屋の入口に陣取ってイーサンたちの脱出を阻んでいるのだろう。
だが、シオンたちが入ってくる分には構わないといったところだろうか。ニタリと口をゆがめ、こちらを通すように横にどいた。
シオンたちは奥にイーサンのパーティがいるのを確認した。一様に傷つき倒れている。だが、まだイーサンは死んではいなかった。このミノタウロスは弱った冒険者を嬲る趣味でもあるのだろうか。
部屋の中央にまで走りこんでジェットが叫ぶ。
「うおおおお、≪エリアトーンティング≫!」
ジェットがボスに範囲トーントをかける。持続時間は短いが、ジェットに注意を向けさせるのが目的だ。
サツキはジェットの後ろに回り込み、ミノタウロスを牽制する。
その隙にシオンとルリは倒れているイーサンと仲間の元へと走った。
「≪プロテクション≫!」
イーサンの元へとたどり着いたルリはまず、自らのパーティメンバーに僧侶の防御魔法をかけた。ジェットたちはすぐにも戦闘を開始するだろう。部屋に入る前の打ち合わせには無かったが、ルリは臨機応変に対処した。そしてすぐにイーサンたちの治療を開始する。
「≪ヒーリング≫」
イーサンたちは傷がひどく、HPが底をつきかけているがわかる。あと少し遅ければ危ないところであった。
「なぜ、入ってきた……。二体目のボスが現れるぞ……、俺たちには構わずに、はやく逃げろ……」
イーサンが声を絞り出す。
「大丈夫です。あの程度のボス、ボクたちなら二体くらい余裕ですから。……それより、何があったんです? ボスの事前調査は完璧に行っていたのでしょう?」
イーサンは思い出したのか、腹立たし気に事情を話す。ルリの回復魔法で危機は脱したようだ。
「うちの前衛の一人が突然投げ出しやがった。日和ったのかなんなのかわからないが、いきなり『まだ先へは進みたくない』などと言い出してな。――盾役を放棄して、挙句自分もボスの一撃を食らってあそこでのびてやがる――っと、そんなことよりボスが湧くぞ!」
イーサンが指し示す左の壁から、モリモリと二体目のミノタウロスが這い出してきていた。
「ルリちゃん、他の人たちも取りあえず死なないように回復させて! ボクはあいつの相手をしてくるっ」
「あいです! その後はサツキ様たちの援護に向かうです。信じてますからね、しー君」
「任せてっ!」
シオンはそう言って駆け出した。
そこで、あっけに取られていたイーサンが復活する。
「な、馬鹿な……!? あの奴隷の少女一人であのボスの相手ができるものか! ま、待つんだ!」
「大丈夫ですよ、しー君なら。――じゃあ、次のひとー」
ルリのそのあっけらかんとした応えに、イーサンは戸惑いを隠せなかった。




