第32話 無詠唱
「≪ウィンドカッター≫!」
シオンとルリは詠唱を合わせ、ポイロウの逃げ場をなくすように風の刃を放った。
はじめて試みたが、この魔術師の二枚構成はなかなかに大きな効果を発揮していた。
「うーん、あらためて使ってみると、魔術って詠唱が長いですねー。ステータス魔法や生活魔法のように、無詠唱では放てないのでしょうか」
シオンは自分で使ってみることによってその疑問が沸いてきたようだ。
「そうね、詠唱なしでも魔術は発動するわ。でも威力が出なかったり、その割に消費呪力が激しかったり、安定しないと聞くわ。でも無詠唱で魔術を放つことができる人もいるという噂もあるし、なにかコツみたいなものがあるのかもしれないわね」
ボアを始末し終えたサツキがそう答えた。
「ルリもやってみたことがあるですが、全然威力が出なかったです。しょぼしょぼでした」
それを聞いてシオンは壁に向かって手を突き出し、念じてみる。
念じるのはファイアーボール。
ルリがいつも放っている火球を思い出し、そのイメージ通りに火球を作り出す。
すると、手のひらの先に火球が発生するものの、そのサイズはひどく小さい。
頑張ってファイアーボール並みの大きさにしようとしたら、それはできたものの、かなりの呪力を消耗した。
そして壁へと飛んでいき、ポフンと当たって砕けて消えてしまった。
「あらら、これは難しいですねっ」
次にシオンは詠唱ありのファイアーボールを撃ってみた。
「ツァイロ ハフト フィン クエリタ ハフト フィン ソール フィン グロスト ヴァイ……」
魔術師のクラスになれば使える魔術の詠唱呪文は頭に浮かぶ。
「≪ファイアーボール≫」
今度の火球はいつも通りの大きさで飛んでいき、岩壁に当たって少し岩壁を砕いた。
これは……!
そう、よく思い出してみれば、これまでにもこんなことがあった。
シオンはここに疑問を持つべきだった。
果たして、火の玉が岩を砕くなんてことがあるだろうか。
「そうか! ファイアーボールはただの火の玉じゃないんだっ!」
実験のあと、突然何かを閃いたように叫ぶシオンを三人は不思議そうに見ている。
「だから火の玉をイメージしてもファイアーボールにならなかったんだ。欠けているものがある!」
シオンは今度はスプラッシュウォーターの魔術を唱える。
「オールレーグ ハフト フィン クエリタ ハフト フィン ソール フィン グロスト ヴァイ……」
「≪スプラッシュウォーター≫」
水流は壁に当たり、また岩壁を砕いた。
ちなみに迷宮の壁は穴を開けようとしても奥から岩が盛り上がってきて時間がたつと埋まってしまう。
「この呪文も、後半は全く同じ。つまり『ツァイロ』が『火球』という意味で、『オールレーグ』が『水流』だとか、そんな意味なんだっ」
ここまでくると三人も、ふむふむなるほど、と聴講の姿勢に入っている。
「後半の呪文の意味はわからないけれど、何度も出てくる『フィン』っていう単語はたぶん、大きさとか量とか、あるいは数字を表す言葉なんじゃないかな」
「数字ですか?」
「うん。例えば大きさがこれくらい、速さがこれくらい、っていう指示なんだと思う。……そうすると、『火球』の『ハフト』が『これくらい』ですよ、ってことだね。……ということは、『ハフト』は『大きさ』なんじゃないかなっ!」
「「「おおー」」」
一同はもはやシオン先生の生徒だ。
「後半はわからない。たぶん『速さ』とか『軌道』とかもしかしたら『命令』とかかもしれないけど、そこは置いておきましょう。わからなくても問題なさそうですっ。問題なのは中間部分の『クエリタ ハフト フィン』ってところです。さっきの通りに当てはめると、『クエリタ』の『大きさ』が『これくらい』ですよ、ってことになります。これが岩を砕いたものの正体だっ!」
「ちょっと待って、シオン。ファイアーボールが岩を砕くことになんの不思議があるの?」
なるほど、そこを解説していなかった。
「お姉さま、例えば、炎を纏った炎を操るモンスターがいたとして、そのモンスターにファイアーボールを当てたら、どうなると思いますか?」
「炎を纏うくらいの耐性をもっているモンスターにはファイアーボールは効かないんじゃなくて?」
「ボクもそう考えていました。でも恐らく、答えは『ちょっと効く』です。お姉さま、火は岩を砕けません。質量がないからです。とても強い水ならば岩を砕けますが、スプラッシュウォーター程度の水流では本来、そんなことは不可能です」
「つまり……?」
生徒たちはごくりとつばを飲む。
「ファイアーボールは、火炎と物理の二つの属性を持っているんですっ!」
それを聞いて生徒たちは、
な、なんだってー!
とでも言いそうな雰囲気である。
「つまり、『クエリタ』は物理あるいは無属性であると予想できます。ファイアーボールは、『火球と無属性を合わせた球』だということですっ」
そう、先ほどシオンが無詠唱で作り出した火球は無属性を含んでいなかった。だから小さく、岩を砕く力もなかったのだ。
「それなら、ちゃんと物理打撃のイメージを付け足してやれば……」
シオンの手のひらからファイアーボールが生まれる。
その火球は壁へとぶち当たり、岩を砕いた。
「これで無詠唱の完成ですっ!」
「すごい凄いすごーい!! シオン君すごいですー」
「本当に驚いたわ!」
「まったくだ、古代エルフ語の呪文をこんなに短期間で解き明かしてしまうとは……」
「えへへー。これでルリちゃんも練習すればすぐに無詠唱魔術が使えるだろうし、よかったねっ」
こうしてシオンとルリは無詠唱魔術を可能にした。
そしてそれは同時に『威力調節』を可能にし、必要な時に必要な分の威力を発揮する、無駄のない魔術行使は、『呪力節約』にもつながっているということを意味していた。
実際には、この秘密を解き明かして無詠唱を操る人物は世界にも少なくない。だが、その方法は秘匿されているのか、冒険者には広まっていない。それは自分で解き明かすべきものだからであろうか。
ギルドマスターのカスパルは常々冒険者たちにこう言っている。
「迷宮の詳細な地図も、モンスターの種類も弱点も攻略法も、あらゆる情報はこのギルドにある。だが、冒険者の誰にも閲覧は許してねぇ。自分でマッピングし、自分で編み出し、自分で踏破しな。少なくとも、最後の迷宮へたどり着くまでは、楽をしようとしちゃいけねぇ。それがお前たちの、そして俺たちのためになると俺は信じている」




