第30話 ギルドマスター
「ギルドマスター!?」
ジェットたちはカスパルの発言に度肝を抜かれた。
この男の正体がまさかギルドマスターであったとは微塵も思っていなかった。
ブージを自分たちにけしかけたボスだとばかり思っていた。
「ということはこのブージという男とはなんの関係も無いってこと?」
「そのとおりだ。俺はお前たちに興味があった。その強さにな。だから利用させてもらった。……とはいえ庇ったのは本音でもある。強い冒険者はギルドに利益をもたらす。そいつを除名するのは考え直してほしいのだが」
カスパルにとって冒険者は自分のギルドへ利益をもたらす存在だ。かといって彼は冒険者たちへの愛情も失っているわけではない。彼自身もかつては冒険者であったし、飛びぬけて強い連中はさっさと次へ行ってしまう。彼にとってそれなりに才能があり、それなりに手のかかる連中はかわいいものであった。
「まあ立ち話もなんだ、そこらの話は事務所でやろう。そんなに時間は取らせんよ」
ルリは「きゅ~」と目を回しているシオンに回復魔法をかけた。そしてジェットたちはギルドのカウンター内の扉の向こうにある事務所へと移動した。
「その子も回復したようだし、改めて先ほどの無茶なふるまいを詫びよう」
事務所はギルドの事務員が働く場所で、書類が山積みにされて雑多な印象だ。そのさらに奥の扉をくぐった先がギルドマスターの部屋であった。応接室も兼ねているらしい。
ここも書類が多く、カスパルが普段、椅子にふんぞり返っているだけのマスターではないことがわかる。
ガタイが良く迫力満点だが、彼は見た目と違って以外と有能な経営者なのかもしれない。
今は応接スペースでカスパルとジェットたちは向かい合って椅子に座っている。
「……ええ、まあなんとか無事でしたし、謝罪は受け入れましょう」
サツキが応える。シオンはサツキが良いと言うなら否応もない。
「それにしてもこいつはとんだ大型ルーキーがやってきたもんだ。嬢ちゃんの敏捷はうまくすればパーティの武器になるし、それ以上にあんちゃん、お前さんの防御は見事だった。そのレベルでよくぞ俺の拳を受け止めたな。簡単なことじゃあねえ。いくら防御に偏ったとしても、ズラシが上手くなけりゃ不可能だぜ。よく磨いているな」
「そ、それはどうも」
あの場で一番目立っていたのはシオンなのに、急に褒められてジェットは当惑ぎみだ。ズラシとは衝撃をずらして拡散したり受け流したりする技術のことだろう。ジェットはその技術にも才能があり、カスパルはそこを褒めたのだ。
「見ていたが、そっちのチビちゃんは僧侶みたいだな。良い防御と回復がそろったパーティは長続きする。これなら心配はなさそうだ。はじまりの迷宮でつまづくことはないだろう。俺が保障しよう」
「マスターは冒険者としてどこまで行ったのですか?」
保障する、というからにははじまりの迷宮の先を見てきたという口ぶりだろう。サツキはそこが気になった。
「俺ぁトゥーライセンまで行ったさ。だからこうしてギルドマスターを任されてる。どこの街のギルドマスターもそれが最低条件さ。引退したとはいえ、弱くっちゃあ冒険者たちを締められねえし、いざというとき護ってもやれねえからな。……気になるだろうから教えてやるが、俺のレベルは二十八、役割は回復盾だ。最後の迷宮にもそれなりには潜った。歳には勝てなくて引退したがね」
本気ではなかったとはいえ、カスパルの拳を受け止めたジェットの才能は本物であった。
「さて、それで、だが。……そっちの嬢ちゃん、あのブージって冒険者をギルドから除名したいってのは変わらねえのかい?」
カスパルはシオンに向けてたずねる。カスパルの中ではシオンは女の子と認識し、それを疑っている様子はない。シオンも間違ってはいないのだからそのことを訂正する気はなかった
「はい。もう決定したことなので」
シオンはあくまで頑なであった。カスパルの実力を知ってなお。
「うーむ。仕方ねぇなあ。――そうだ、とりあえずこいつを渡しておこう」
そういってカスパルは自分の机の方に歩いていき、ガサゴソと荷物を漁りだした。しばらくして戻ってくると、一つの、飴玉のくらいのサイズの涙型をした、薄水色の宝石のついたネックレスを持ってきた。
「こいつは≪湖の妖精の涙≫というマジックアイテムだ。MPを込めるとぼんやりと光を放ち、身に着けているとHPをわずかに回復し続けてくれる。……詫びのしるしだ。勝負は俺の勝ちだったが、強引だったし危険な目にも合わせちまったからな」
「効果はどれくらいなんですか?」
シオンが質問をすると全員が、あっ、となった。聞いた限りでは確かにとんでもない効果だが回復量次第だろう。
「ふっ、気づいたか。……二時間に一ポイントの回復だ!」
「に、二時間でたった一ポイント!?」
その言葉に全員が絶句した。あまりに少ない数字であった。
「はっはっは。そうだ。二時間で一ポイントだ。どうだ、いらねえか? ――代わりに金貨一枚にしてやってもいいぞ」
そう言ってカスパルは口の端をわずかに上げた。
シオンはそのわずかな変化を見逃さなかった。
「いえ、それでいいです。それをください!」
シオンはこれには何かある、と感じた。それが何かはまだわからないが、なんとなくそうした方がいいような気がした。ジェットたちはその言葉に驚いたが、何も言わなかった。
「――ほう。じゃあこの激レアマジックアイテムはお嬢ちゃんにやろう」
カスパルは今度こそにやりと笑った。
「いつか役に立つ時が来るだろう」
シオンはネックレスを受け取った。だが、シオンは奴隷。独断専行を主人に謝らなければならないと思い立った。
「あ、あの。ご主人さま、お姉さま。ボク、勝手に決めてしまってすみません」
そう言って受け取ったネックレスを差し出した。奴隷の手に入れたものは主人のものである。
「いいのよ、シオン。それはあなたが貰ったものだから、取っておきなさいな」
そもそもカスパルはシオンに対する詫びとして渡したのだから、何を貰うかもシオンの自由だとサツキは考えていた。ジェットもシオンを見てうなずいている。
「ありがとうございます!」
シオンは主人たちに感謝した。
「で、ブージの件だが――」
「だめです」
即答であった。
カスパルとしてはシオンに物を与え、気が緩んだ隙を狙ったのだが。
「なんでじゃい。今いい流れだっただろうがい!」
思わずツッコミをいれるカスパル。
「これ以上ご主人様たちやルリちゃんにうっとおしく絡んでくる連中が出ないように、見せしめです」
「……なるほど、そういうわけかい」
シオンの明かした理由にカスパルは合点がいったとうなずく。
「ならこうしよう。除名を無しにしてくれたら、ギルドがお前さんたちに金一枚を払う。奴の肩代わりとしてな。もちろん奴の所属するパーティの連帯責任だ。奴に指示を出したのはパーティのリーダーだろうしな。奴のパーティはギルドに借金を返しきるまでこの街を出さん。――これで他の冒険者は震え上がって二度とちょっかいは出さんだろう。そもそもお嬢ちゃんはあれだけの実力を見せつけたんだ。心配せんでもそうそうちょっかいなどかけられんさ。……それとも金には興味がないのか?」
シオンは金に興味がないわけではない。正確にはある。ご主人様に自分を買うために金貨二枚もの大金を払わせてしまっているのだ。少しでもお返ししたいし、なんならもっと稼いで自分が役に立つ奴隷であることを証明しなければならないと思っていた。
「……うーん。わかりました。じゃあ彼らが借金を返して、ボクたちがこの街から出て行くまで、ボクたちに一切近づかないでいたら冒険者に復帰していいですよ。もしどれかひとつでも破ったら永久除名で」
「よし、それで決まりだ! 奴らはなんだかんだで冒険者でしか生きていけねえ連中だ。死んでも約束は守るだろうよ。守れなければさらに罰金もプラスってことにすりゃ、ギルドとしても利益にはなる」
シオンは結局、金貨一枚で手を打った。金はご主人様に渡した。そこは譲らなかった。
シオンは自分の意を貫くこともできただろう。カスパルはもう一押しで折れていただろうからだ。だが、そうすればこのギルドマスターとの縁はここで切れていただろう。この街で権力と実力を持っているカスパルと縁をつないで、それが得になることはあっても損をすることは無いだろう。
実はカスパルとしては、決闘で永久除名者を出すという実績を残したくなかったという本音もあった。この引き抜きシステムは適度にやる分には、冒険者たちの生存率を上げるという意味で良い結果をもたらすからだ。もし「負けたら永久除名」となるとリスクが大きすぎて、このシステムが抑止されてしまう可能性もある。もちろん、ギルドの利益のことを考えたのも本音だ。
レアアイテムを渡したのは、いずれトゥーライセンへ到達するであろうシオンのパーティへの手向けであった。このパーティは見込みがある。このギルドのマスターになってから一番の有望株だ。ぜひとも最後の迷宮へと到達してほしかった。
「よし、それじゃあ、手間取らせて悪かったな。攻略がんばれよ。だが焦るんじゃねえぞ。焦りはミスを生む。焦らなくてもお前さんたちならすぐに次へいけるさ」
ジェットたちはうなずいてギルドを後にした。さすがに晩飯は静かな店を選んだ。長い一日であった。
そんなジェットたちがギルドを出て行くのを、一人の固太りした男が異様な目つきで凝視していた。
「どうしたサルベス、行くぞ」
仲間に声をかけられ、男は「あ、ああ」と返事をしたものの、男は少年が見えなくなるまで視線を外そうとはしなかった。




