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異世界で奴隷になったからご主人様を王にする  作者: 九番空白
第二章 はじまりの迷宮
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第29話 やばいよお

 突然、今までシオンやブージに対してのものであった野次馬たちの上げる歓声や罵声が色を変える。


「静まれぃ!」


 ざわつく野次馬たちに雷を落とすような一喝。

 潮が引いたように静寂が訪れた。

 シオンたちがそちらを見やると、禿頭の大男が人だかりを割ってこちらへとやってくる。

 年の頃は四十代ほど、全身は鍛えられた筋肉で覆われ、その迫力はこの場においても一線を画していた。


「そいつをお前らの下僕にするのはかまわねえ。だがギルドから除名するのは止めてやれ」


 どうやら子分をやられて親分が出てきたようであった。


「あ、あの――」


「てめえは黙ってろ!」


 どうやらブージに助け舟を出しにきたような口ぶりだったが、彼にも甘くはないらしい。


「何でそっちの言うとおりにしなきゃなんないのさ。そいつは負けたら何でも言うこと聞くって言ったんだ」


 シオンは男の迫力に少し圧されながらも、まったく引く気はなかった。

 シオンは自分の意に反したことを強制されるのをもはやよしとはしなかった。


「何でもったって限度があるだろう。……まあぶっちゃけちまうと俺もお前さんと腕試しがしたいってのが本音よ。俺に勝てればそいつの除名は認めてやるが、どうだ?」


 この男はシオンの実力を測るのが目的らしい。


「え、いや、この人の除名はもう決まったことなのであなたは関係ないですし」


「うっ……。じゃ、じゃあ、俺に勝てたら金貨二枚でどうだ。激レアマジックアイテムもやろう」


「いやいらないです。その人の除名でお願いします」


 シオンは本当はご主人さまに自分を買ってもらった代金を働いて返す気はあるし、激レアマジックアイテムとやらもご主人様のためなら確保したい気持ちはあった。だが、目の前の男から感じる威圧感は、かなりやばい、という危険信号を身体が発するほどであった。


「どうした、怖いのか? 金貨二枚に激レアマジックアイテムだぞ」


「いえ結構です。除名で」


 男のこめかみにピキリと血管が浮き出る。


「それをやめろと言っているのがわからんのかッ! もういい。いらないならそれでもいいが、勝負は受けてもらうぞ。拒否権はない(・・・・・・)、と言われなかったか、おい?」


 男が臨戦態勢に入る。

 シオンはまずい、と思ったが遅かった。男が殴りかかってくる。


「そら、どうした。やりたくないと言い張ってもこちらは容赦せんぞ! 黙ってやられるつもりか?」


 男の拳はシオンが見ても速いが、かろうじて避けることができた。


「な、何を……」


「おい、あんた。それはやりすぎだぞ」


「シオン君に何しやがるんです!?」


「ちょっと、待ちなさい!」


 四者の反応は一致して、この男と戦うのはまずい、と物語っていた。


「……ふ。すまんが聞く耳もたんのはこちらも同じよ。悪いが付き合ってもらうぞ、オラオラァ」


 男が繰り出す拳は何の(てら)いもなくまっすぐ、しかし素早い連打であった。


「うわあ、は、速い!」


 シオンはそれをギリギリ避け続ける。体感ではシオンの方が敏捷はわずかに上だろうか。拳はスローモーションとはいかないが、普通の速度に見えていた。シオンから見て普通の速度、つまりシオンの敏捷に迫っているということを意味し、ジェットとサツキとルリにはもはや高速の突きであった。シオンはその拳を避け続けなければならなかった。ただのストレートでなければここまで避け続けられたか、定かではない。


「や、やばいよお。これ当たったら絶対まずい!」


 それだけの敏捷だ、相当なレベルだろう。こめられた力もかなりのものである。

 シオンのような例外を除いて、一般的に敏捷は二から三レベルに一ずつ上昇していく。

 男の敏捷を推定で二〇ほどと見積もって、普通ならば男のレベルは最低でも二〇を超えているという推理ができる。

 そうか、とジェットは思い当たった。つまり、この男もシオンの敏捷を見てそう推理したのだ。

 だから腕試しをしたがっているのだ、と。

 だとしたらまずい。男はシオンのレベルをかなり上に見積もっている。実際にはシオンはレベル二であり、敏捷以外は低レベルそのものなのだから……。


 ――止めなければ!


 ジェットがそう決意した瞬間、男の拳がシオンを浅く捕らえた。


「ぎゃんっ!!」


 かすっただけでシオンが吹っ飛ばされていた。

 このときシオンが受けたダメージは十一。一気に最大HPの半分以上を失っていた。

 シオンはあまりのダメージに半分意識を飛ばしている。

 サツキとルリは息をのんで硬直している。

 ジェットは迷わず駆け出した。


「おいおい、かすっただけだぜ。大したダメージじゃあるまい。――たぬき寝入りからの奇襲なんざくらわねーからさっさと起きた方が身のためだぜえ!」


 男が追撃をかけた。がっちりと握った拳を振り下ろす。

 そこにジェットが飛び込んだ。


「うおおお! づあああああ!」


 盾で拳を受け止め、シオンを護る。


 ズドンッ


 ジェットは転がってくる大岩でも受け止めたかのような錯覚を覚えた。

 ギリギリと歯を食いしばり、足を踏ん張り、耐える。

 そしてようやく衝撃を殺しきるのに成功した。


「な、なんだあ!?」


 男は突然の乱入に眉をひそめた。


「……待て。あんたの勝ちだ。シオンはとっくに気絶している。俺も次の拳を受けきる自信がない。……降参だ」


「なに!? 気絶ってあんなカス当たりでか? 一体どうなってんだ」


 事情が飲み込めていない男に対して、ジェットは一から説明した。

 もちろん、シオンの身体のことやステータスなどの詳細は明かさないが、シオンは敏捷に極振りなだけで実はレベルは一〇に満たないとだけ説明したのであった。


「そ、そうだったのか。そいつはすまねえことをした。俺はてっきりどこかの迷宮で腕を研いたクチかと思っちまってな。……よし、お前ら。侘びがしたいから今からちょっと事務所に寄っていきな」


「事務所……?」


 その言葉に今度はジェットたちが首を傾げる番であった。


「俺の名はカスパル。このギルドのマスターだ」

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