第28話 かかってこい
ギルド裏は訓練場になっている。広さは一般的なグラウンドほどで、大きな怪我をしないように柔らかい砂が敷いてある。脇には訓練のための弓用の的や木刀なども置いてあり、冒険者ならば自由に利用できる。
そこにシオンたちとナンパ男――ブージというらしい――が向き合っていた。そしてイベントを酒の肴にしようと、周りには野次馬たちが集まっていた。
「こいつは驚いたぜ。まさか貴族様だったとはな……。人数分のC.C.Cまで持ってるたあ、金持ちは楽でいいねぇ。俺たちがどれだけ苦労してC.C.Cを揃えたかっつーのよ。――まあ、いい。冒険者に貴族も平民も関係ねえ。実力がなけりゃあリタイア、使える奴は俺たちの仲間になってもらう。これはお前たちのためでもあるんだぜ」
別の使い道もあるかもしれねーけどな、と下卑た目線で女性陣を見るブージ。
「お気遣いありがとうございます、先輩。ですが、それにはおよびません。私たちはあなた如きには負けませんので。……それで、そちらが負けたらどうするおつもり?」
内心では不快感を覚えているはずだが、それを全く面には出さないサツキ。
「ご、如きだとお!? はっ、強がるのもたいがいにしとかねえと後でひでえ目に会うぜ。――ああ、俺が負けたら何でも言うこと聞いてやる。お前らの仲間にでも下僕にでもなってやるよ、俺に勝てるわきゃねーけどな」
そんな風に自分の負けなど全く想像していないブージに対して、
「頼まれても仲間には入れないわよ」
「ご主人様たちにボク以外の下僕など必要ありません」
「さっさとリタイアして消えてほしーです」
「……だそうだ」
と、四人の反応は厳しかった。
今まではフリだったものの、今度ばかりはさすがに頭にきたブージは叫んだ。
「いい度胸だ。おいそこの魔人、前へ出ろ!」
その言葉にジェットは無言で前へ出ようとする。
が、そこに待ったをかけたのはシオンであった。
「待ってくださいご主人様。ボクが行きます。ご主人様が出るまでもありません、ってやつですよっ。……いや、ご主人様と戦いたければボクに勝ってからにしろっ、かな?」
「大丈夫か? 相手はおそらくお前よりもレベルが上だぞ? ……いや、そうだな。シオンはすでにレベルでは測れない強さを持っているか」
数瞬の思考の後、
「じゃあやってみるといい」
とジェットはあぶなくなったらすぐに出て行けるように心構えをしながらシオンを送り出した。
「ちっ、ガキが出しゃばりやがって。すぐに寝かしつけてやるぜ。……ルールは武器なし、クラスチェンジもなし。降参するか気を失ったら負けだ。もちろん死んでも負けだから死ぬ前に降参しな。――おら、開始だ。とっととかかってこい」
おおおお、とようやくショーが始まったことに野次馬から歓声があがる。
シオンはまずは軽く行こうと間合いを詰めた。
たたんっ、と十メートルほどの距離をあっという間になかったことにしてブージのがら空きの腹にジャブを放り込む。
「おぐっ……な、にぃ!?」
それでも動揺を押さえ込んでシオンに向かって拳を落とすブージ。
――遅い!
シオンの敏捷はブージの二倍を超えている。いや、ここにいる者のほとんどを超えているだろう。ブージの拳がスローモーションで見えていた。
パパン
シオンはブージの拳が振り下ろされる間に二発のジャブを顔面に入れてからひらりとかわした。
「うご、ば、馬鹿な。速すぎる」
ブージも、周りの野次馬たちも今度こそ開いた口がふさがらなかった。
「どーしたのさっ。来ないならどんどん行くよ!」
ふたたび迫るシオン。
ブージは咄嗟に手を出すが、むなしく空を切る。
しゃがみ込んで避けたシオンはブージの脇腹へドスン、とフックを入れ、くるりと背後に回り服の襟を掴んだ。そして膝の裏に蹴りをいれて引っ張る。
ズシャア
ブージは盛大に仰向けに倒れた。
その顔をのぞき込んで、
「んっ、降参?」
とかわいらしい笑顔で尋ねたのだった。
ブージはしばらく呆然としたあと、「……こ、降参だ」と言った。
「すごいですシオン君ー! かっくいー」
と、周りがシーンと静まり返る中でルリがはしゃいでいる。
サツキとジェットはうんうんとうなずいていた。
野次馬たちは、いきなり時が動き出したかのようにうおおお、だのと叫びだした。それは賞賛であったりシオンへの、あるいはブージへの罵倒であったりした。
「じゃあ、冒険者やめてもいい仕事見つけられるといいねっ」
シオンは相変わらずの可愛さでシビアなことを言い放った。
「ま、待ってくれ。仲間は無理でもせめて下僕として働かせてくれ。上納金はちゃんと納めるから、冒険者ではいさせてくれえ」
ブージは冒険者としてそれなりの才覚の持ち主である。冒険者という職業は彼にとって天職と言ってもよかった。下僕としてでも冒険者でいられれば経験は積めるし、シオンたちのパーティが瓦解するか次のステージへと進んでしまえば自分は解放されるかもしれない、と思っていた。むしろ、それなりに使える自分を下僕として使わないデメリットがないのだから、そうされると思っていた。まさかリタイアさせられるとは……それだけは勘弁してほしかった。
「やだよ。下僕なんて要らないったら。――特にあなたみたいな人は、ね。だから約束どおり、リタイアしよ。ちゃんとギルドに除名してもらって、復帰できないようにしてもらおうね」
この容赦の無さは未だに微少に残る、幼児退行による無邪気さから来るものか。
シオンは新たな自分に目覚めてからというもの、以前の何ひとつ自由にならない人生からの反動もあり、もはや自重する気がなかった。そしてその行動指針は、“ご主人様たちのために”、である。
よって、ご主人様たちのためにならない者を仲間にも下僕にもするつもりがなかったし、その判断基準は自分以外の下僕などいらない、という勝手なものであった。
「ひぃぃ、頼む、それはあんまりだああ」
もはや泣きが入っているブージの懇願はシオンに聞き届けられることはなかった。




