第25話 奴隷というのは
シオンたちは夕方に差し掛かろうとするレッテンの街を歩いていた。
一行は宿に戻る前に、冒険者ギルドに寄るつもりであった。
今日獲得した素材や魔石の換金をしなければならない。それには、冒険者登録も必須である。
ついでに食事処で夕飯でも食べて帰ろうか、といった流れであった。
レッテンの街は通過点の街である。
人々の流入は多い。が、去る者も多い。
冒険者ははじまりの迷宮を通って、次の試練の迷宮か、もしくは黄泉の国へと旅立っていく。
あるいは冒険者稼業を諦め街を去る。
定住する者ももちろんいるが、商人以外では、よほどこの街を気に入った者でもない限り定住しようとはしない。
はじまりの迷宮という巨大な資源があり景気は良いものの、親を失った子供らが増え、スラム化を起こしている。貧富の差が大きくなりはじめており、行政はそれを御しきれていなかった。
孤児たちは安い賃金で働くか奴隷になるしかなく、彼らの扱いもひどい。
街のところどころで痩せ汚れた奴隷と思しき人々がきつい労働を強いられていた。
「良い統治とは言えないわね」
それを見たサツキが顔をしかめる。
「ボクはお姉さまとご主人様の奴隷になれて幸運でした」
そういうシオンの顔も優れない。あの奴隷がもしかしたら自分だったかもしれないのだ。
「シドゥーク領ではこんなことは無いわ。奴隷だってあんなひどい扱いは受けていない」
その発言に驚いたのはシオンである。
「奴隷というのはああいうものだと思っていましたけど」
それに対してサツキが答える。
「奴隷というのは大きく分けて二種類あるわ。『借金奴隷』と『犯罪奴隷』ね。……犯罪奴隷についてはあなたの認識どおり、過酷な環境で働かされるわ。刑罰ですからね。……でも借金奴隷に関しては、普通そこまでひどいことはされないわ、というよりもむしろ待遇のいい環境で働けることが多いわね」
「どうしてですか?」
犯罪奴隷でもなかったのに過酷な仕打ちを受けていた身としては疑問である。
「メリットがないからよ。借金奴隷というのはつまり、借金のカタに自分を差し出す、あるいは、家族にお金を工面するつもりで自分を高額で売る、ということよ。そして借金を返し切れたら奴隷から解放されるの。……つまり奴隷主にしてみれば、自分が払った金額を労働力をもって返してもらわなければ割りに合わないということ。奴隷を酷使して、途中で死んだりしたら借金は残された家族にいくけれど、もともと払える経済状況じゃないからこそ奴隷になったもの、やはり払えないことが多いわ。そして次の家族を奴隷にし、死んだら次の奴隷、とやっていっても結局家族が一人もいなくなれば不良債権を出してしまうだけなのよ」
それはどこの国や領地でも共通認識であるはずであった。
「当然だけれど、孤児を捕まえて奴隷にすることは犯罪よ。孤児にかぎらず、あらゆる人族や亜人族は、契約なしに借金奴隷にされることのない権利を持っているわ」
それはそうだろう。でなければ人間狩りが横行する。
ちなみに人族と亜人族の違いは、子孫を残せるかどうかで区別されている。エルフ、ドワーフ、獣人、魔人、人間はどの種と交配しても子孫を残せるので人族だ。馬人族や人魚族など、交配して万が一子を成したとしても生殖能力がなくなってしまうので子孫を残せない。よって彼らは人族とは異種であり亜人とされている。
「それ以外にも理由はあるわ。借金奴隷が任される仕事というのは大抵の場合、男なら土木、建築、農業、炭鉱。女なら農業、機織り、風俗などが一般的ね。これらは当然、体力仕事だし、劣悪な環境では身が持たないわ。そのためにちゃんとした食事を提供するし、奴隷を雇用する側も臭くて汚い奴隷を使い続けるのも辛いものだから、風呂や住環境も、提供するわ。病気も防げるしね。……そうして環境を整えてやれば、奴隷たちは充分な労働力を主に提供する。そして奴隷が成した良い仕事は奴隷主の評判もあげるしどんどん儲けが出る。両者にとってメリットが多いのよ。借金を返し終え、奴隷から解放されたら管理職として正式に雇用される者もいるわ。むしろ、それが目当ての奴隷もいるくらいね。奴隷主もせっかく仕事を覚えさせた奴隷を手放すのは惜しいしね」
この世界の奴隷は、もとの世界でのアルバイトのようなものなのかもしれない。割と抵抗無く奴隷に落ち、簡単にとはいかないまでも、普通に戻ってこられるようだ。
「でもね、人間というのはそういう、お互いが利益を得られることをできなかったりするものなのよ。利益は他人から奪うものであると思い込んでいる人もいるの。あなたがされたようにね。目先の自分の利益しか見られないの。……少し他人の利益を考えることができれば自分の利益がもっと増えるというのに。それは、心に余裕がないからだと私は思っているわ。主に貧困とかが原因でね」
悲しいことだけれど、とサツキは締めくくった。領主の娘として、この地の領主の手腕のなさが許せないのだろうとシオンは思った。
実際にはレッテンとシドゥークでは前提が違う。シドゥークではレッテンほど孤児が発生しないし、広い領地がある。雇用の創出手段も違ってくる。
とはいえ、レッテンの領主は明確な対策を打つ気がない、あるいはその知識がないため、放置している。これではさすがに良い統治とは言い難かった。
サツキはシオンを助けた。だが行為としてはシオンという奴隷を正規の手続きで購入しただけだ。
サツキがやったことは、自分の手の届くものだけ、自分の気に入ったものだけを自己満足で救っただけであった。
自分ならあの奴隷の主より良くしてあげられるかもしれない。だがやはり、この方法では目に付く奴隷すべてを救うことなどできはしないのだ。
サツキはなにも奴隷という制度を憂いているわけではないし、無くそうとも思っていない。そもそも、この世界のこの時代には必要なものだ。なくては崩壊する。
自分に何が出来るのか。何がしたいのか。そのために何をすればよいのか。
サツキが答えを出すのはまだ先の話である。




