第23話 格闘家
はじまりの迷宮第二層。
そこは「ドラット」というネズミたちの楽園であった。
ネズミといってもそんなに可愛らしいものではない。
中型犬ほどの大きさで、通路、部屋問わず走り回っている。
一階層のルドンボアほどの強さはないが、ボアには無かった小回り、そしてげっ歯類特有の鋭い前歯による噛みつき攻撃は脅威だ。
さらに、問題は数の多さであろう。部屋には五匹以上の集団でたむろしていることも多く、厄介である。
「そっちに行ったぞ、気を付けろ!」
ジェットの警告どおり、二体のドラットが後衛であるシオンとルリの方へ抜けてきていた。これはすでに陣形が崩壊していることを意味している。
「食らえ!」
シオンはそのうちの一体に向けて矢を放つ。矢は見事に命中してドラットを刺し貫いた。一撃で倒せたようだ。
だがそんなことに気をとられている場合ではない。
「ルリちゃん!」
「わかってるですよーのぉ、……≪ファイアーボール≫!」
ルリが詠唱を終えて火球を放つ。
ドラットは火球に驚き、横にジャンプした。
着弾した火球は破裂して地面を抉り、多少の石を飛ばすだけに終わった。
「避けられたです!?」
ドラットはルリに敵意をむき出しにしている。
まずい、と思いシオンは矢を番えようとするが、それでは間に合わない。
それなら、とダガーを投擲するも、ドラットはまた回避する。
ルリもこちらの方へと下がってくる。だが、ドラットの追撃を止めなければルリがいずれ追いつかれて攻撃を受けてしまうだろう。
投擲ではダメだ。直接止めなければ!
シオンは駆け出しながら、本能的に最速の手段を取った。
手のひらに集中し、腰のバックルに嵌った水晶に叩きつけるようにして叫ぶ。
「我に眠る力よ、我が体満たす『体力』となれ。クラスチェンジ、『格闘家』!」
身体中から力があふれ出す。
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鷲獅子紫苑
人間 16歳 男/女 レベル: 1
クラス/格闘家 ジョブ/ 奴隷/女奴隷
HP: 20/20
体力: 20/20
攻撃: 18
防御: 15
魔法防御: 18
敏捷: 25
器用さ: 26
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知性: 15
運: 12
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格闘家クラスによりHP20%上昇
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奴隷ジョブにより攻撃10%上昇
女奴隷ジョブにより器用さ10%上昇
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だが革の胸当てが重い!
装備エラーであった。
水晶の嵌ったバックルの横についたスイッチを押しこむ。
その瞬間、≪魔法収納≫と連動登録しておいた装備一式が収納、排出される。
といっても今回は収納のみ。革の胸当てが魔法収納に収納され、シオンは布の服のみになった。換装である。
これでいける!
ドラットがルリに飛びかかろうとしたまさにその一瞬前にシオンはたどり着く。
「体力」を一時的に攻撃力や防御力に変換する。それが格闘家の戦い方だ。
「はぁっ!」
シオンの放った蹴りがドラットの腹を捉え、ドラットの小さな身体を吹き飛ばした。
「ありがとうです、シオン君。ちょーかっこいいです」
そう言ったルリは、続けて腕のバングルについた水晶に触れて口ずさむ。
「我に眠る力よ、傷病を癒す『霊力』となれ。クラスチェンジ、『僧侶』!」
それと同時にカチリとボタンを押し、杖が収納され、メイスが現れる。
「魔術は詠唱が長いし当てるのに苦労しそうです。こんなこまい奴ら、撲殺デス!」
「いい判断よ、ルリ。陣形が崩れたり、通用しない敵との戦いは魔術師などの防御の低いクラスが真っ先に落とされるわ。幸いこのネズミは一匹一匹は大したことないから、防御の高い僧侶で戦いなさい」
サツキもそう言いながらネズミを一匹屠る。
ジェットは≪エリアトーンティング≫でひき付けていた二匹を仕留めていた。
これでこの場にいるネズミは全て倒せたようだ。
「こうちょこまかと動かれては全てをひき付けることはできないな。……どうする?」
「ボクに後ろを任せていただけませんか? 陣形をジェイスリード様とボクの二枚の『騎士』で挟んで、サツキ様とルリちゃんが内から攻撃という感じに変更しましょう。騎士や僧侶の攻撃力でも問題なく倒せる敵だし、防御を固めてごり押してしまいましょう」
「いいわ! それでいきましょう」
サツキの許可を得てシオンは『騎士』にクラスチェンジし、装備も胸当てと剣に換装した。
そこからは安定した。
ネズミがどこから湧いて出ても、多数に囲まれても、シオンとジェットが範囲トーントでひき付け、減ったネズミはサツキとルリが倒し、残りの処理をするだけでよかった。
騎士クラスは『胆力』が追加HPのような役割を果たす。そして防御力上昇の常時発動スキルを持つため、まるで要塞のようであった。
こまめに休憩をいれて胆力を回復すれば、ネズミ程度の攻撃力ではまるでHPが減らないのだ。
そして順調に二階層をマッピングしながらネズミを倒し続けていた時、ついにその瞬間が訪れたのであった。
そう、お待ちかね、レベルアップの時間だ。




