第21話 HPとは
「HPとは生命力と呼ばれるものだ。これはレベルが上がれば増えていく。……A君のHPを一〇としよう。それに対してレベルが上がっているB君のHPを一〇〇とする。A君がモンスターから九のダメージを受ければ瀕死だろう。全身がボロボロで立ち上がることすらできないだろうね。……では、B君が九〇のダメージを受けたら、どうだろうか。A君と同じく九割のHPを失ったB君はボロボロで虫の息だろうか。……いや、そうではない。なぜなら一〇もHPが残っているからだ。一〇といえばA君が健康な状態と同じだ。立ち上がれるし身体もそこまで傷ついてはいないだろう。……だが、そこからは少しダメージを受けるごとにどんどん身体は傷ついていく。さらに九ダメージを負い、残りHPが一になればA君と同じく瀕死になるということだ。……俺たちレベルの上がった冒険者が傷薬を塗るのではなく、ポーションを飲むのはそのためだ。滅多なことでは傷を負うことはなく、傷薬を塗る患部ができないのだ。むしろ大きな傷ができてしまうほどのダメージを受けたのなら、それはひどく危険な状況だと言えるだろう」
これが、シオンが放った矢がモンスターに刺さらなかった理由である。
ダメージはきちんと与えていた。
だが、瀕死のダメージには足りなかったゆえ、ボアは怪我を負わなかったのである。
たまに刺さった矢があったのは、トドメが近かったからというわけであった。
そして、シオンが盗賊に斬られた傷が、半分のHPしか回復していないのに完全にふさがったのも、これが理由だ。
「なるほど、そうだったんですね。九割ものダメージを負って骨折もしないなんて不思議な感覚ですね」
「いや、骨折はまた別だ。それに出血もちゃんとあるぞ」
「えっと、それはどういうことでしょうか」
シオンはご主人さまの言葉に混乱をおぼえる。
「骨折は部位欠損だ。つまり、最大HP低下のバッドステータスなんだ。そして出血は継続ダメージのバッドステータスだな。バッドステータスは、条件を満たせばHPがたとえ全快に近くても起こりうる。出血は僧侶の回復魔法で治るが、骨折は上級クラスの回復魔法でなければ治らない」
それらは大多数のゲームなどには見られ無いシステムだ。そもそも部位欠損といえば腕や足を切断されたりとかを、まず想像してしまう。骨折を部位欠損とするというこのシステムは、ゲームをリアルに変換したシステムとも言えるだろう。シオンが想像できなかったのも無理はない。コアなゲームにはあったのかもしれないが、シオンはそこまでゲームを網羅しているわけではなかった。どちらかというとレトロなゲームを好んだというのもあるが。
「では、骨折はどういう状況でおこるのですか?」
先ほどの説明では残りHPがほとんどなくなるまで身体はそれほど傷つかないということだったはずだ。ではいったい骨折はどういう状況で起こるのか、当然の疑問であった。
「それは、部位が破壊されたら起こるんだ。腕なら腕、足なら足のダメージが蓄積されたときさ。ステータスを見てごらん、腕のHP、足のHPが見えるだろう」
いそいで確認する。シオンの認識に伴って、腕のHPと足のHPが浮かび上がった。
だがおかしい。両手両足のHPをすべて合計すると、総HPを超えてしまう。
そもそも、総HPとは別にある手足のHP、これでは追加HPと考えることもできるではないか。
そこまで考えてシオンは気づいた。
ステータスに表記されているHPは、頭や胴体部分などの、人体の急所部分のHPを表示しているにすぎない、ということに。
「では問題だ。先ほどのA君が威力五〇〇の攻撃を受けたとき、彼はどうなるか」
ご主人さまから問題を出される。
「それは、HPが一〇しかないのに五〇〇ものダメージを受ければ死んでしまうのでは……あっ、そうか!」
「そう。理解したようだね。体や頭に攻撃を受ければ死んでしまうだろう。だが、腕で受ければ腕は完全に破壊されるだろうが、生きられるかもしれない。もっとわかりやすく例えるなら、指先に受ければどうだろうか。……もちろん五〇〇ものダメージを受ければ指先は吹っ飛ぶだろうが、それだけだ。指先の分、最大HPが低下するだけだろう」
なるほど、シオンもそこまで言われればわかる。モンスターを狩るアクションゲームなどで、尻尾などを切断可能な種類がいた。しかしあの手のゲームでは、切断されても生きていられるはずの尻尾を、叩くだけで討伐できてしまう理不尽さがあったので、それに引きずられてしまっていた。本来、切断可能な尻尾だけを百万回ぶっ叩こうとも、倒せるわけがないのである。
「骨折は回復呪文が効かないが、徐々に自然治癒する。何日か、それとも何週間かかかるがね。だが切断は自然治癒はしない。剣などでキレイに切られた場合、すぐに接合して回復呪文を唱えればくっつく場合もあるが、それ以外では上級クラスの上級回復呪文でなければ治らない」
「上級クラス……」
シオンが気になった単語をリピートすると、ジェットは何かの言い伝えのようなものをつぶやいた。




