第20話 この豚め、です
一行は順調に一階層をマッピングしていた。
モンスターはもはや苦ではなく、むしろこの迷宮構造こそが厄介であった。
そう、マッピングは非常に重要な行為である。
迷宮攻略は、例えば五階層を主戦場をとするパーティであっても、行きと帰りに、一から四階層をスルーなどできない。
だとするならば、最短ルートを把握し、最低限の労力と時間で突破することが重要になってくるからだ。
実力があろうとも、シオンたちのパーティはまだ初めてのアタック。
迷宮をマッピングして行く段階なのだ。
そして時間こそかかったが、ついに一行は一階層のボス部屋へとたどり着いたのであった。
普通の部屋だと通路から開けた部屋へと出るだけだが、ボス部屋の入口は岩が門のようになっていたり、感覚的にわかることが多い。もちろん例外はある。
「ふむ。一階層ではまだ何とも言えないが、この迷宮は他の迷宮に比べて易しいな」
ジェットとサツキは自領内に湧出した迷宮にもぐったことがあった。
レベルが高いのはそのためである。
「ええ、私もそう思っていたところよ。……でもなんだか、易しいというよりも、冒険者を鍛えているような、段階を踏んで強くなれるような設計といった意思を感じるのよね」
「ふうむ、確かに。迷宮とは人間や動物を殺して食うのが目的なはずだが、それもないらしい。……やはり、この『はじまりの迷宮』は他と一線を画すようだな」
迷宮については解明されていない謎はあるものの、判明している部分についてはシオンも一通りの説明は受けていた。
「……と、今はボスに集中しなければな。低階層のボスの湧き速度はかなり早い。間違いなくいるだろう。一階層のボスならさほど脅威ではないだろうが、気を引き締めてかかるとしよう」
「そうね。シオンとルリも、私はあまり助言をしないから、自分たちで考えて攻略してみなさい」
「「はい、わかりました」」
ここまでの戦闘でもそれは感じていた。
ジェットはモンスターの足止めや防御に終始し、サツキも積極的には攻撃に参加しなかった。
シオンとルリはそれを自分たちのためにやってくれているのだと正しく理解していた。
二人はそれに応え、急速に成長していたのだった。
一階層ボス、ガルドンボア。
ルドンボアを二回りほど大きくした、イノシシ型モンスターである。
一三〇キログラムは優に超えるその巨体に加えて、口の端から上に向かって突き出た牙は鋭く、突進を正面からまともに食らえば一撃で生命に届きそうである。
「行きます!」
部屋に入った時点でボスはこちらには気づいている。セオリー通り、遠距離からの先制攻撃をシオンは撃った。
突進を開始しようと足をためている巨大ボアの額にガツンと命中するも、矢はやはり弾かれた。
出鼻をくじかれた形になった巨大ボアは「ブオオオオオオ」と怒りの咆哮をあげる。
そこに走りこんだジェットは≪アトラクトブロウ≫を打ち込んだ。
「今回は俺はこいつの≪突進≫をあえて受けない。お前たちで回避するんだ」
「「はい」」
シオンとルリはトーントされてジェットに釘づけ状態の巨大ボアに矢とダガー投擲、炎の魔術を射ち込んだ。
トーントが切れたガルドンボアは、ブルルンと巨体を震わせ炎を振り払うと、シオンの方へ突進の態勢へと入った。
「よし、来い!」
突進を開始したガルドンボアを、シオンは引き付けた。
早めに回避してはさすがにボアも方向を修正してくる。
巨体も相まってかそれほど速度は速くないが、その巨体が猛然と迫ってくるのは迫力があった。
「今!」
シオンはボアの突進を横に回避した。
次の瞬間、
「まだよ! シオン!!」
鋭いサツキの声。
ガルドンボアの巨体が沈み込み、全身の筋肉をはじけさせるようにして直角に曲がる!
――バーティカルターン!?
シオンは避けた直後に一撃入れてやろうと思っていたために反応が一瞬遅れた。
――間に合え!
敏捷をフルに発揮し、全力で横に飛ぶ。
だが距離も近く、ボアの体が大きすぎた。
ボアの肩がシオンの半身を掠めていく。
――ぐっ!
鈍い痛み。
五ポイントのダメージ。
掠っただけでこれか! とシオンは呻る。
だが痛みはすぐに和らいだ。
ボアはそれ以上は曲がれないらしく、ザリザリと足を踏ん張って急制動をかけ始めた。
完全に後ろを見せている。
技後硬直も長い。
「今だ、ルリちゃん!」
「――シオン君になにしとんじゃーです! ファイアーボール!」
火球がボアの背中をしたたかに打つ。
シオンも弓を構えて一射。二射目を撃つよりは出の早い投擲ダガーを連続で三射。
ブオオオオオオ
怒りの声を上げつつ、ボアは反転して再び突進の構えに移る。
距離が離れている相手には突進しか出来ないらしい。
シオンがヘイトを集めているかぎり、ボアはシオンにしか突進はしない。
そこから先は一方的であった。
次の突進ではシオンは油断せずに二回とも回避し、技後硬直に攻撃を入れまくった。
そんな攻防を三回ほど繰り返した時、ガルドンボアは倒れ、静かになった。
「ふう。危なかったけど、行動パターンが判れば楽な相手だったね」
「この豚め、です!」
「二人とも上出来だったわ。シオン、ポーションを飲んでおきなさい」
そういってサツキが魔法収納から赤い液体の入った小瓶を渡してきた。
「ありがとうございます、お姉さま。って、これがポーションですか……初めて見ましたー」
シオンは感慨深げに見つめた。
ポンと蓋を開けて飲んでみると、飲みやすくはしてあるものの、薬の味がした。
するとHPが徐々に回復していくのがわかった。
ゲームでよくある瞬時に回復するタイプのものではなく、HPの自然回復量が一時的に上がるタイプだ。
その状況にふと疑問が湧いてくる。
「HPって一体どういう理屈で成り立っているんだろう」
その言葉に、ジェットの目がキラリと光った気がした。




