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Dragon Sword Saga10『妖精の国』  作者: かがみ透
第 Ⅲ 話 妖精の国
9/9

大妖精と神

「こっちだよ」


 ミュミュが指差した方向に、慌ててモモが、通せんぼをするように両手を延ばし、首を横に振った。


「こっちは、コワい系のところに逆戻りだよ」

「ええっ?」

「おい、ミュミュ、しっかりしてくれよ。お前が道案内役を買って出たんだろ?」

「だって、ミュミュがいた時と、なんかちょっと違うんだもん!」

「ホントかよ? そんなことあんのかよ?」

「ホントだもん!」


 疑わしい顔で見るカイルに、ミュミュは膨れっ面になって抗議した。


「モモちゃんって言ったわね。どういうことなのかしら?」


 クレアが困惑した表情で、ミュミュと並んで浮かぶ妖精の少女を見た。

 モモが、素早く瞬きをしてから答えた。


「ホントなんだよ、おにいちゃんたち、妖精の国では時々場所が変わるんだよ。なんか、特に、今は魔族たちの動きが活発になってきているから、コワい系の妖精族が、危険そうなところを守るために、場所が移動することがあってね」


「まあ、そんなことが……!」


 クレアは驚いて、カイルと顔を見合わせた。


「コワい系の妖精族っていうことは、さっき、ドワーフさんの『水壁』から間違って出てしまったドラゴンのいたところね? ケインもそこにいるのよね? お互い近くにいるなら安心だわ!」


「ああ、だけどね、おねえちゃん、コワい系のところはね、意外と広いから、すぐ近くに『ミュミュの付いた戦士』がいるとは限らないよ」


「そういうものなの?」


 目を丸くしているクレアの横で、カイルが感心したようにモモを見た。


「お嬢ちゃんの方が、ミュミュよりも頼り甲斐があるなぁ!」


 えへへと喜ぶモモの近くで、ミュミュが膨れっ面でカイルをにらんだ。


 カイル、クレア、ミュミュ、モモが奥へ入っていくと、鮮やかな緑色の葉の中でも、濃い深緑色の世界へ踏み込んだかと思うような、周囲の葉が濃い緑へと変わっていった。


「ここだよ。ここに、虹色アオムシがいるよ!」

「やっと着いたのか!」


 モモが振り返ると、カイルも一歩進んだ。

 深緑色の葉はどれもヒトの顔ほども大きく、茎も太い。

 折れ曲がった幹や枝から、ぷっくりと丸い、だが、周りをギザギザと囲まれた葉が生えているその上に、青一色の、拳ほどの玉を五、六個連ねたほどの生き物が、数ある小さな足を踏ん張り、じっとしている。


「あれが、もしかして、虹色の糸を出すという、虹色アオムシか!?」


 カイルがモモを振り返った。


「そうだよ」


 モモとミュミュが、大きく頷く。


「やったー! クレア、とうとう見付けたぜ! これで、皆の髪が切られなくて済むぜ!」

「ええ!」


 はしゃいでいるカイルがクレアを見ると、クレアも嬉しそうに笑っていた。


「それで、これ、どうやって持って帰ればいいんだ?」

「その葉に乗っかっていれば、おとなしくしてるよ」

「葉がないとダメなのか?」

「直に触ると、アオムシの神経が溶け出して、ベトベトしてくるよ」

「そ。それでね、縮んじゃうの」

「ええー……」


 ミュミュとモモの答えに、カイルはげっそりした顔になり、クレアも困った顔でカイルを見る。

 少し考えてから、カイルが顔を上げた。


「……わかったぜ。アオムシを葉に包んだまま、俺が、そうっと運ぶよ」

「それがいいね!」

「うん! それがいい!」


 モモとミュミュが笑った。


 カイルは、いろいろなアオムシを見回して、大きいものを選ぶと、ミュミュとモモに指差してみせた。

 二人が、それくらいでいいだろうと頷くと、葉の下に手を添え、もう片方の手で、葉を根元から摘んだ。


 アオムシが、何か様子が変わったことに気が付いたらしく、もぞもぞっと動くが、葉から降りるようなことはなかった。


「うわー、この身体の節々に二本ずつ生えた足が動くのが、葉を通して手に伝わってくるぜ」


 カイルが困ったように笑う。


「俺の友達で、自然の生物とか植物に興味持ってるヤツがいてさ、そいつなら、喜んで研究しようとするところだろうな」


「まあ、そんなお友達が?」


 クレアが感心したように微笑んだ。


「虹色アオムシさん、どうか不安がらないでください。草モグラのおじいさんのところに、一緒に来て欲しいの。あなたの糸を少し分けて欲しいだけなの。それだけだから、安心して、一緒に来ていただけますか?」


 普段はムシが苦手なクレアだったが、少し屈んで、アオムシの目線とそろえてから、やさしい声で語りかけた。


「モグラの赤ちゃんが生まれたんだよ!」

「そうだよ、ちょっとだけ、草モグラのおじいちゃんに、糸を分けてあげて!」


 モモとミュミュも、クレアと同じ高さに飛んでいくと、甲高い、人間の幼女のような声で、口々に頼み込んだ。

 アオムシは、じっとしていた。

 丸い頭部の両端には、黒く丸い二つの目があり、まるで、そのつぶらな目で見つめているようであった。


「よし、じゃあ、モグラのじいさんのとこに戻るぜ!」


 カイルは、丁重に葉に乗ったアオムシを、あまり振動を起こさないように、すり足で歩き始めた。

 その隣をクレアが、反対の隣にはミュミュとモモが浮かびながら、進んで行く。


 道中、クレアが代わると言うが、カイルは彼女にアオムシを預けることはなかった。


「言い出したのは、俺だからな。これは、俺の、やるべきことなんだ。だから、クレアは、責任なんか感じなくていいんだぜ」


 無邪気な、いたずらっ子のような笑顔のカイルを、少しだけ尊敬の眼差しで見て、頼もしそうに笑うクレアだった。




 ミュミュの頼んだ、人間の娘のような姿のニンフ三人は、マリスの手を引き、神殿へと連れていった。


「はやく、はやく~!」

「こっち、こっち!」

「ちょっと、待ってよ……」


 楽しそうに、軽やかに歩くニンフたちに、マリスは、徐々に付いて行くことに苦痛を感じるようになっていった。


「やっぱり、ヴァルやミュミュが言ったみたいに、……かなり疲労していたんだわ」


 マリスの息は上がっていた。戦いの最中ですら、ここまで息が切れるような経験はない。


「ちょっと……、待って……」


 マリスは背を屈めて膝に手を付き、呼吸を整えようとした。


「あらあら、あなた、そうとうヤバそうね」


 ニンフの一人がマリスの顔をのぞきこみ、心配とは感じられない、傍観的な言い方をした。


「なんで、もっと早く、こっちに来なかったのよ」

「一刻も早く、来なければならなかった事態にまでなっていたのに、そんなことにも気付かなかったの?」


 ニンフたちの甲高い声が、今のマリスには(こた)えた。


「……悪いけど、静かにしてくれる?」


 息を切らしながら、マリスは、やっとのことで言った。

 娘たちは、彼女の周りを、なんだかんだ言いながら、飛び跳ねるような軽やかさで、歩き回っていた。

 対するマリスは、身体が重く、これほどまでに言うことをきかない経験などはなかった。

 ケインが、早く大妖精のところへ行くよう勧めたのは、感謝すべきだったと実感していた。


「ほら、もうすぐそこよ!」

「ウフフフフ!」

「ほらほら、頑張って!」


 ニンフたちは、再び彼女を引っ張る。


 青く澄んだ小さな湖のすぐ側に、神殿はあった。

 人間界の大理石に似た、白く輝く階段と柱、その先にも白く輝いて見える床が、そして、更に奥には、横になった太い樹木が見え、枝と細い蔓が何本か天井へと伸びている。


 その樹木に腰掛けている、人間の女性に似た者が、ピンク色の長い、床まで伸びた髪と、白い衣をまとい、にこやかに微笑んだ。


 彼女の姿を見た途端、マリスの身体に異変が起こった。

 突然、金色に輝いたと思うと、金色の何かが飛び出したのだった。


「……サ、サンダガー!?」


 そう叫んだ途端、マリスの意識は急激に遠のき、倒れた。


 階段の手前で俯せている彼女を、薄い衣を羽織った、一見生身の人間のような獣神は、何も映していないつり上がった目で、ただ見下ろしているだけであった。

 それから、彼は、神殿の中の美しい女性を見た。


「神殿の中では男子禁制なのを、よくご存知のようですね」


 よく通る、美しい声が、彼の耳をくすぐる。


「フェアリア女王か。お初にお目にかかる」

「あら、お初ではなかったでしょう?」


 妖精女王フェアリアは、くすくすと笑った。


「お初に——とは意外ですね。時々、こっそりと、この世界の生き物に化けて、遊びに来ていたのではなくて?」

「そんなこともあったな」


 サンダガーは肩をすくめ、ふっと笑った。


「さて、この娘だが、俺が保護してやってるんでね、回復なら、俺様の口移しで生命力を与えてやれば、即座に復活させる事が出来る」


 サンダガーは、マリスの身体を上向きにして抱えた。


「お待ちなさい。それは、本当に回復と言えるのでしょうか?」

「なんだと?」


 フェアリアの言葉に、サンダガーの目が鋭く光った。


「あなたが、その娘の加護を装い、何を企んでいるのかは、うすうす勘付いています」

「加護を装うだと? そいつぁ、聞き捨てならねぇな」


 語尾を鋭く言ったサンダガーの目が、次の瞬間、見開かれた。


「あなたの企みなんて、お見通しよ」


 その声は、フェアリアのものではなかった。


 神殿のさらに奥から現れたのは、東洋系の美女であった。

 浅黒い肌に、フェアリア女王のように、床に流れるほどの長い黒髪、切れ長の瞳、東洋系の装飾品に、布を巻き付けた衣装——それは、ラン・ファに似た雰囲気の女性だった。


 彼女を目にした途端、サンダガーは、マリスを抱いたまま、一歩下がった。


「……てめえ……! ジャスティ二アスか!?」

「私だけじゃないわ、『妹』も来ているわ」

「なっ、なんだと!?」


 驚くサンダガーに構わず、さらに奥から現れたのは、輝く銀髪を後ろで編み込んだ、白い衣装の、聖女という形容が似合う女性だった。


「ひっ! ルナ・ティア!」


 サンダガーは、思わずマリスを手放した。

 と同時に、フェアリアが手をふわりと上げる動作をすると、まるで、風がマリスを掬い上げたように、彼女の身体がその場に浮かんだので、身体を階段に打ち付ける事はなかった。


「まあ、サンダガー、久しぶりね。わたくしの元を去ってからというもの」


 ルナ・ティアと呼ばれた、長い銀髪を編み込んだ女神は、慈悲深い、美しい微笑みで、彼を見た。


「ルナ・ティアは、月の女神であると同時に、狩りの女神でもある。忘れたわけではあるまい?」


 東洋人の姿を借りた者は、腕を組み、階段下に立ちすくむ獣神を見下ろし、微笑む。

 獣神を含めた『獣』という存在は、ルナ・ティアの意思には逆らえない。

 警戒心をあらわにしたサンダガーに、月と狩りの女神は、母のような笑みを向ける。


「まだ遊んでいるというの? いい加減、わたくしの元に、戻ってきたらどうなの?」

「じょ、冗談じゃねぇ! 誰が、てめぇのイヌになんか!」

「まあ、残念だわ。別にいいけど。だったら、ここにいる間だけは、わたくしのものよ」

「やっ、やめろっ!」


 逃げ腰になったサンダガーの首と手首には、いつの間にか、鎖の付いた銀色の()が、はめられていた。鎖は途中で途切れて見えるが、端は、ルナ・ティアの腕輪とつながっていた。


「てめぇっ、いつの間に!? よ、よくも……!」


 ルナ・ティアは、高らかに笑った。


「これで、あなたは、ここでは、好き勝手は出来ないわ。もちろん、お兄様たちの重要なお話も、聞かせてあげない。あなたは、わたくしと、久しぶりに遊んで待っているのです。お兄様の用事が済むまでね」


「あいつか? あのドラゴンを味方に付ける、あの青年との密談か」

「あなたの知りたがっている魔石のことは、教えるわけにはいかないのよ」


 ルナ・ティアの微笑みは、どことなく、彼を嘲笑しているようだった。


「ここまで来て、お預けってのか! へんっ! そんなの、誰が大人しく聞くかよ!」

「それ以上暴れようというのなら、イヌに変えて差し上げましょうか!」


 ルナ・ティアの瞳が輝くと、サンダガーは怯えた顔で、さらに後退った。


「畜生……! 男子禁制なのに、お前のアニキがそっちにいるのは、おかしいじゃねぇか!」

「それは、私が、好きな時に、どちらの性別にもなれるからよ」


 東洋美女が笑った。


「そして、フェアリアとは、昔から親しくしている。知らないわけではあるまい?」


 憎々し気に、サンダガーは東洋美女――ジャスティ二アスをにらみつけた。


「……てめえら兄妹、……覚えてろよ!」




 マリスは、うっすらと目を開けた。


「あれ、あたし……」

「まだ動いてはだめよ」


 柔らかな声が、降り注ぐ。

 目の前が、大輪の花のようなピンク色に見えたと思うと、白く、整った美しい女の顔が、覗き込むのがわかった。


「……あなたは……」


 はっきりとしない意識の中で、マリスは問いかけていた。


「ここは、神殿の中。わたくしは、妖精女王フェアリア。今は、あなたの精神と身体を回復中です。もう少しすれば、ニンフたちにあなたの世話を任せられるわ。まだお休みなさい」


 マリスの髪を撫でながら、フェアリアの微笑みと、母性的な声を心地よく感じながら、マリスは再び深い意識の中に入りかけた。

 そして、ほとんど無意識のうちに、呟いていた。


「……ケインは……」

「あなたのお仲間は、まだここへは、誰ひとりとして来てはいないわ」


 意識の底で聞き取っていたか、否か、マリスの瞼は完全に閉じられた。


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