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Dragon Sword Saga10『妖精の国』  作者: かがみ透
第 Ⅲ 話 妖精の国
8/9

ニンフの故郷

「おい、ここって、一体……」


 カイルの呟きは、途切れた。


 燃えるような赤い空に、羽毛のない、茶褐色の、硬質化した皮膚をした怪鳥が、奇怪な鳴き声を上げ、飛び交っている。

 その奥には、黒々とした山が続き、煙を吐いている。


「ああ、『こっち』は、コワい系の妖精のところに出るんだね!」


 ミュミュが、ドワーフのハドリーに言った。


「そうだったな。お前さんの故郷の、ニンフのいる方は、扉一枚分向こうだったか」

「あはは! ミュミュ、間違えちゃった!」

「おい」


 カイルが呆れ、横目でミュミュを見る。

 ハドリーは、ミュミュには、にこにこと笑いかけ、元の水壁に戻るよう、一行に言った。


 ケインだけは、少し考えてから、顔を上げた。


「俺、ここに残るよ」

「なんだって?」


 ハドリーとカイルが、同時に声を上げた。

 マリスもクレア、ヴァルドリューズ、ラン・ファ、ミュミュも、驚いてケインを見る。


「あの飛んでるのは、飛竜の祖先に当たるヤツで、始祖鳥っていうんだ。それから、向こうに火山が見えるだろ? あそこに、ドラゴンがいると思うんだ」


「ドラゴンが!?」


 いち早く、カイルが叫んだ。


「そうだよ、火山に住むボルケーノ・ドラゴンがいるよ」


 あっさりと、ミュミュが答える。


「ええっ!?」


 カイル、マリス、クレアは顔を見合わせてから、ケインとミュミュに視線を戻した。

 ヴァルドリューズは、静かな目をケインに向け、ラン・ファは、鋭く観察するように、ケインを見つめた。


「ドラゴンがいるなら、俺は、会わなくちゃならない。会ってから、ミュミュの故郷に行くよ」

「そんな!」


 マリスを、皆、振り返った。


「ミュミュが、あたし達を連れて行ったら、ケイン一人で、どうやって妖精の国まで行くのよ? あたしも一緒に、ここに残るわ」


 そう言いながら進み出たマリスは、心配そうな顔になっていた。


「マリスは、休まないと」


「ケインの言う通りだよ、マリス。ヴァルのおにいちゃんだって、休めって言ってたでしょ? ミュミュも、そう思う。ミュミュの回復だけじゃ追いつかないほど、マリスの疲れは、今までと、なんか違うんだよ。早く、大妖精様のところで、休んだ方がいいよ」


 ケインに続き、ミュミュが珍しく、心配そうな顔でマリスを見上げる。

 ミュミュのその様子で、一行には、マリスの疲労がただごとではないと、改めて思い起こさせられた。


「でも……!」


 マリスの瞳は、どことなく潤んでいるようだった。

 ケインは、なだめるような表情になった。


「俺なら大丈夫だ。俺は、ドラゴン・マスターなんだぜ。ドラゴンが、俺には危害を加えないのは、知ってるだろ? ミュミュのニンフの国の道も、教えてくれると思う。だから、マリスは、皆と先に行っててくれ」


 そう笑顔で答えたケインを見つめてから、マリスは二、三歩駆け出し、ケインの胸にすがりついた。


 突飛な行動に、誰もが驚いた。

 当のケインも、わけがわからず、硬直している。


「……気を付けて。なるべく早く、来て」

「……あ、ああ」


 それきり、マリスとケイン、皆は沈黙していた。

 そのような中で、唯一、カイルだけが、ケインに向かい、マリスを指差し、声には出さず口をパクパクさせながら、抱きしめる動作をしてみせる。


 戸惑っていたケインは、恐る恐る、マリスの背を抱えた。

 カイルが、「それでよし!」というように、大きく頷く。


「さ、もう行った方がいい」


 ケインが、マリスの両肩を掴んで、離した。


「お前、早過ぎだろ!」


「えっ? だって、マリスを早く休ませてあげないと、ホントにマズいから」


「それは、そうかも知んねーけど!」


 しれっとしているケインに、カイルはじれったそうな顔になり、マリスは、ぼう然としていた。


 マリスが何度もケインを振り返り、ミュミュに手を引っ張られながら、後ろ髪を引かれるようにして水壁に入っていくのを見ることなく、ケインは火山に向かって歩き出していた。


「あの時と同じだわ」


 マリスが呟くのが聞こえたミュミュは、彼女を振り返った。


「フェルディナンド皇国の紅通りにいた、蒼い大魔道士の結界の中から、ミュミュが助け出してくれた時も、ケインを残していったわ。あの時も、どれだけ心配したか……」


 妖精には、近くにいる人の心が伝わる。

 マリスの不安を感じ取ったミュミュは、大きな瞳で見つめると、彼女の目の高さに浮かんだ。


「そうだったね。でも、ケイン、今度は危険じゃないから、大丈夫だよ! ミュミュ、後でケインのこと、迎えに行ってくるからさ!」


 マリスは、潤んだ瞳でミュミュを見た。


「うん」


 すっかり気落ちしている様子のマリスのそばに、心配そうにクレアが寄り添った。

 その横を、カイルが黙って歩く。




 再び、ドワーフ族の『水壁』を抜けると、今度は、森の中に入り込んだようだった。

 青々とした緑色の葉、白い幹、緑色の幹、人間界のものとはどことなく違うと感じられる樹木、植物に、辺りは覆い尽くされ、ところどころに、木漏れ日が差し込んでいた。


 風がそよぎ、葉を撫でていく。

 不思議と、鈴の音のような、高くコロコロとした音が鳴ったかと思うと、その奥からは、木の実のぶつかり合う音や、並んだ棒状の実が、きらきらとした音を奏でている。

 そして、進むごとに、美しい歌声に、笑い声、話し声が聴こえてくるのだった。


 ごらん、緑の葉っぱを

 ごらん、オレンジの空を

 こんな美しいところは、私たちにぴったり

 ごらん、そこの足元に咲く野花を

 ピンク色の顔に、黒いブツブツくっつけて

 食べてはダメよ、それはムシ

 黄色い綿毛が風に乗る

 ひらひら、ひらひら、行ってしまった

 どこかの草むら探して

 きらきら光る川に出て

 大きなワニに食べられた!


 それは、森の中で踊っている娘たちであった。

 一見して、人間と変わらない。

 だが、人間にしては、不自然なほど軽やかだ。

 ふわりと浮かび上がっては、花のように、優雅に舞い降りる。


 着ている衣も、葉を象っていたり、花びらのようなものを羽織っていたり、葉を連ねた蔓を巻き付けている者もいれば、綿毛のようにふわふわしたものを、身に着けている者もいる。

 頭の上には、花で作った冠をしていたり、首には、花で作ったペンダントを下げていたりしている。

 その、一見人間の娘たちの周りには、ミュミュのような、小さな妖精が、ちらちらと浮かんでいたのだった。


「あっ……!」


 ミュミュの目が、みるみる開かれていく。

 娘たちも、妖精も、彼女に気が付いた。


「……ミュミュ? ……ミュミュじゃないの!」


 ミュミュと良く似た、オレンジ色の髪に衣の妖精が、飛び上がった。


「……モモちゃーん!」


 ミュミュは、かつてないほどの勢いで飛んでいった。


「ミュミュ!」

「モモちゃん!」


 二人の小さな妖精は、空中で抱き合ったはずみで、くるくると回っていた。


「ミュミュ、あんた、どこ行ってたのよ、心配したんだからね!」

「モモちゃ〜ん、モモちゃ〜ん! うぇ〜ん、うぇ〜ん!」


 顔中を涙で濡らしたミュミュは、ぐしゅぐしゅ泣いていた。

 モモが、横から抱きついている。


 マリスも、カイル、クレア、ヴァルドリューズ、ラン・ファも、呆気に取られたように、その光景に見入っていた。

 ドワーフのハドリーは、特に驚くことなく、笑顔を浮かべている。


 ミュミュは、幼馴染みのモモや、娘の姿をした大人のニンフたちに、自分が今まで人間界で旅をしていたことと、その時に出会った仲間たちだと、彼らのことを説明した。

 それから、挨拶も兼ねて、大妖精の神殿に行き、一刻も早く、マリスを休ませたいとも話した。


 ニンフたちは、ドワーフと違い、人間を毛嫌いすることもなく、好奇心の強い目で、彼らを一人ずつ見回すと、快く、神殿へ道を開け、案内を始めた。

 先頭を歩くニンフたちに、一行は付いていくと、その後にも、残りのニンフが、ぺちゃくちゃ喋りながら、ぞろぞろと付いてくるのだった。


 敵視されていないことは有り難かったが、平然と受け入れられたことは、人間側にしてみれば、不思議な思いであった。

 だが、ミュミュが人間であるケインに付いている事実から、妖精は、人間や、ハドリーのようなドワーフなどの異種族に偏見はないのかも知れない、と考えられた。


「もし、そこの方々」


 どこからか聞こえて来る年寄りじみた声に、一行とニンフたちは立ち止まり、キョロキョロと辺りを見回した。


「ここじゃ、ここじゃ!」


 小さな声は、どうやら、足元から聞こえてきていた。

 緑色の草の合間から顔を出したのは、ミュミュよりも少々大きな、人間界でいうネズミやモグラに良く似た、茶色と、ところどころに緑色の毛の混じる小動物で、せわしなく、行ったり来たりしている。


「草モグラさんだ!」


 ミュミュの言葉で、一行は、それがモグラで良かったのだと知った。


「どうしたの、草モグラのおじいちゃん? ミュミュたち、ちょっと急いでるんだけど」

「実はな、つい先ほど、孫が生まれたんじゃよ!」

「ええ〜っ! おめでとう!」


 ミュミュの蝶のような羽が、パタパタッと素早く動く。

 隣では、モモも同じように羽を動かしていた。


 年寄りモグラは、自分の半身はあろうかという葉で包んだ赤ん坊を、大事そうに抱えていた。

 まだ薄い産毛におおわれた、モグラらしくはない赤ん坊を、よく見せようと、高く掲げてみせる。

 一行は、その場にかがんで、それを見た。


「そこのおぬし」


 老草モグラは、クレアを見上げていた。


「わ、私ですか?」

「そうじゃ。この孫のゆりかごを作るのに、あんたのきれいな黒い髪をいただけないものかね?」

「なんだって、クレアの髪を!?」


 庇うようにして、横からカイルが割り込んだ。


「艶やかな美しい黒髪で編んだゆりかごなら、孫も、さぞかし誇らしいことじゃろう」


 クレアが戸惑っていると、カイルが言った。


「ゆりかごを作るって、どのくらいの髪が必要なんだ?」

「そうじゃな……、肩から下全部くらいかのう」

「なにっ、そんなにたくさん? ダメだ! そんなのダメに決まってんだろ?」


 モグラは、今度は、カイルを見上げて、笑うように、口の端を上げてみせた。


「あんたでもいいんだよ? あんたのその綺麗な金色の髪で、ゆりかごを作ってやったら、さぞかし、孫も幸せな気分を味わえることじゃろう」


「ええっ!」


 カイルは目を丸くして、クレアと顔を見合わせた。

 クレアは、見るからに髪を切りたくはなさそうな表情である。

 そして、カイル自身も、切るのは嫌だった。


「あたし、……切ってもいいわよ」


 そう言い出したのは、マリスだった。

 カイルもクレアも、驚いてマリスを見た。


「おい、何言ってるんだ? お前、アストーレで、モンスコール王子タペスと決闘した時に、ちょっと髪切られたくらいで逆上してただろーが! だいたいなぁ、貴族のお嬢様が髪を切るなんて、よっぽどのことだぜ!」


「もういいのよ。そんなこと、どうだって」


 深く溜め息を吐くマリスに、カイルは、譲れない意志を、水色の瞳に浮かべる。


「ヤケになって、一時的な感情でそう言ってるんだったら、やめとけ。ケインも悲しむぞ」


 ぴくっとマリスの目が動く。が、すぐに諦めたような表情になる。


「ケインこそ、あたしの髪が長かろうが、短かろうが、……関係ないわよ」


「いいや! 今は、あいつ、なんだか知らないけど、ちょっと記憶喪失なだけだろ? それなのに、そんな気持ちで切ったりしたら、お前、絶対後悔するぞ! とにかく、今は切らないでおけ」


 カイルの強い口調に、マリスは不思議そうにしていたが、黙っていた。


「ワシの髭では、どうかの?」


 ドワーフのハドリーが、ずんぐりむっくりした身体を揺さぶりながら、モグラに近付いた。


「ふむ、ドワーフの髭ねぇ……ちょっと固い気がするのじゃが……」


 ハドリーのてのひらに乗り、引き上げられたモグラは、縮れた、剛毛のような髭を触ると、「やっぱり」と呟きながら、首を横に振った。


 草モグラは、ヴァルドリューズやラン・ファにまで、髪を提供するよう言っていたが、彼らが応える前に、そこにも、カイルが割り込んだ。


「なんで、人間の髪が必要なんだよ? ここは、妖精の国だから、普段、人間なんかいないはずだろ? 今までどうやって、赤ん坊のゆりかご作ってたんだよ?」


「それは、普段は、虹色アオムシというアオムシの出す糸を使って、ゆりかごを編んでいたのじゃが、生憎、婿どのが怪我をしてしまい、老いたワシでは、アオムシのところまで頼みに行かれないのだよ」


「だったら、俺が、そのなんとかアオムシってのを探して、連れてきてやるよ!」


 一行の誰もとミュミュ、草モグラは、カイルに注目した。


「だから、皆の髪をゆりかごに使うのは、悪いけど、あきらめてくれ」


「もちろん、アオムシを連れて来てくださるなら、それは、願ってもないことじゃ!」


 草モグラは、嬉しさを表すように、ぴょんと跳ねた。


「私も、一緒に行くわ」


 そう言ったのは、クレアだった。

 カイルは、目を丸くして、クレアを見た。


「だって、元はと言えば、私が、髪を切るのを渋ったから……」


 カイルの目が和むと、すぐにいたずらっぽく笑った。


「別に、俺は、クレアのために、行こうってんじゃないんだぜ。自分が髪を切りたくないのもそうだし、()いて言えば、皆の髪を切らずに済ませたいってだけだ」


「そう。でも、せっかくカイルが善い行いをしようというんですもの、応援したくて」


 カイルの頬がわずかに赤らんだと思うと、元気に笑って、クレアの手をつかんだ。


「よーし、じゃあ、一緒に行こうぜ! ミュミュ、アオムシの居場所はわかるか? 案内しろよ」

「うん!」

「あ、待って! アオムシのいる所、ミュミュがいた時と、変わったんだよ」

「え、そうなの?」


 カイルとクレア、その他一行は、ミュミュと、隣に浮かぶモモを見た。


「だから、モモ、連れていってあげるよ!」

「わあ、モモちゃん、ありがとー!」


 ミュミュとモモは、空中で手をつなぎ、またもや、くるくる回りながら飛んだ。


「そしたら、おねえちゃんたち、マリスを神殿に連れて行ってくれる?」


 人間の娘と良く似たニンフたちに、ミュミュは言った。


「いいわよ、ミュミュ!」

「私たちが、この子を連れて行くわ!」

「さ、あなたは、こっちにいらっしゃい」


 三人のニンフは、マリスの手を引っぱったり、後ろから押したりしている。


「じゃあ、皆、ごめんね、あたしだけ先に休ませてもらうことになっちゃって。ミュミュ、ありがとうね」


 娘のニンフたちに連れられたマリスは、ちらちらと振り返っていたが、やがて、草むらの先に立ち並ぶ樹木の中へと、姿を消した。


「それじゃ、アオムシのところへ、行こうぜ!」


 カイルとクレア、ミュミュとモモは、出発した。


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