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Dragon Sword Saga10『妖精の国』  作者: かがみ透
第 Ⅱ 話 魔界の者
6/9

魔族の魔空間

 サンダガーが巨大蛾を倒してから、一行がさらに樹海を進んでいると、ふと、ジュニアが、何かの気配に顔を上げた。

 吟遊詩人も、同じ方向を見る。


 上空には、突然、黒い竜巻のような、風の柱が出来ていった。


「なんだ、あれは!?」


 カイルが声を上げると同時に、皆その場から飛び去り、黒い風の柱から遠のいた。


 竜巻がおさまると、上空には、ぽっかりと開いた黒い穴のような空間が見えた。


 黒い空間から、魔道士に似た、黒いフード付きマントで身を包んだ、冷淡な男の顔がのぞいた。


「若、お探し致しましたぞ」


 その聞き覚えのある、冷ややかな声を聞いた途端、ケインに、さっと緊張が走った。


「お前は……!」


 ジュニアの目が、見開かれていく。


 即座に、ヴァルドリューズの結界が、ジュニアと詩人以外を包み込む。


 ラン・ファは気付いた。彼が張ったのは、先程と同じく強力な結界である、と。


「おっ、おいっ、どうなってんだ? なんなんだ、あれは!?」


 カイルが、ケインとヴァルドリューズとを交互に見た。


「気を付けろ」


 そう言ったケインの声は低く、重みがあった。

 カイルは、ぞくっとして、現れた男に視線を戻した。


 緊張感の中、ジュニアだけは安心した顔で、男に笑いかけた。


「お前は、俺の第一の家臣じゃないか」

「お久しゅうございます、若」


 ジュニアに丁寧な礼をすると、フードの男は、人間たちを、青白い無表情な顔で見下ろす。


 クレアが、ビクッと身体を震わせた。


「底知れない魔力を感じるわ。あの人、いったい何者なの!?」


 ごくんと唾を飲み込んでから、ケインが答えた。


「魔族だ。それも、かなり上級の」


 ちらっと、ラン・ファがケインを見る。


 クレアが、悲鳴に近い声を上げた。


「高位の魔族ですって!? ドラゴンの谷で()った、あの魔族リリドたちの仲間なの!?」


「……かも知れない」


 ケインの答えに、クレアとカイルは青ざめた。


「そ、そんな!」

「ここへ来て、また上級魔族かよ!? マリスもまだ眠ってるんだぜ!」


 マリスだけでなく、まやかしの樹海をずっと進んできた彼らの精神も、疲労してきていた。


「ところで、若、お能力(ちから)が、大分戻られたようでございますね」


「まあな」


 そう答えると、ジュニアは、ふわりと浮かんだ。


「ま、まさか、お前……!?」


 ケインもカイルも、さっと顔色が変わり、クレアも青ざめ、両手を口に当てた。


「ふっふっふっ、どういうわけか、人間界と妖精界、魔界をつなぐこの場所では、俺の能力も復活してきているのよ。まだまだ完璧ではないがな」


 ジュニアは、にやにや笑いながら、空中で腕組みをした。


「さらに、若のお力を、わたくしのこの魔空間の場だけならば、ほぼ解放して差し上げられることでございましょう」


「本当か!? そりゃあ、願ってもないことだぜ!」


「妖精界が近い影響か、暗闇にまではならずとも、ここが、わたくしの魔空間であることには変わりありませぬ」


 一行の表情が、ますますこわばっていくのを尻目に、男の手が、ジュニアに触れるか触れないかのところで止まる。

 ジュニアの身体全体に青白い光が灯ると、光は、パアッと散っていった。


 ジュニアの腰に巻かれたヘビが、生き生きと動き出した。

 先端が三角に尖ったジュニアの尾も同じく、生き物のように、うねうね動く。


 黒くカールした髪も少し伸び、ざわざわと、水の中にいるように波打つと、額にあらわれた一本の角が太く、大きく、上に向かい、伸びていく。


 左右の耳は尖り、その上にも、水牛やバッファローを思わせる、渦を巻きかけている太い角が生えると急速に伸び、身体付きも、これまでの彼よりもたくましくなっていった。


 左右の青と緑の瞳がらんらんと輝く。

 これまでのジュニアの、少年のような愛嬌のあった外見とは異なり、ワイルドな魔族へと、変身を遂げたのだった。


「大分、もとの俺様に近付いてきたな」


 ジュニアは、ひとり悦に入っている。


「さて、次は、あいつらを、どうするかだ」


 ジュニアの声は、ヴァルドリューズの結界の上から降り注いだ。


「ちっ! ますます形勢不利か。飼い犬にかまれるたぁ、このことだ。こんなことなら、日頃からジュニアのヤツを、もっとかわいがっておくんだったな!」


 カイルの悪態(あくたい)も、いつもの冗談口調ではなく、深刻味がある。


 いつの間にか、騒然としていた、意思を持った木々までもが、ひっそりと静まり返っている。それだけでも、人間たちにとっては、相当に不気味な心地がしていた。


 ジュニアは、結界の中の人間たちを腕を組んで見下ろし、見下すような笑いをこぼした。


 その時、マリスの目が、うっすらと開いた。


「ほう、もうお目覚めかい?」


 ジュニアの声で、皆にも、マリスが目を覚ましたことがわかった。


 マリスは、ヴァルドリューズの腕の中に、身体を横たえたまま、ジュニアの外見が変化し、浮かんでいること、その隣には、見覚えのある魔族の家臣がいることで、すべてを悟った。


 魔界の王子は、結界を挟んでマリスの正面まで、スーッと降りていくと、マリスは、キッと、彼を見返した。


 ジュニアは、浮かんだまま、薄く笑った。


「相変わらず、気が強いな、マリーちゃん。俺のこの姿を見ても、動揺しないとは。だけど、少しは、俺のこと怖いだろ?」


 サファイアとエメラルドのような瞳が、いつもの愛らしい輝きと違い、妖しく瞬く。


 カイル、クレア、ラン・ファは警戒し、ケインは、いつでも戦闘態勢に入れるよう、マスター・ソードに手を伸ばす。ヴァルドリューズも、油断のない瞳で、ジュニアを見る。


 それらを、満足気に眺めていたジュニアだった。


「お前ら人間どもには、改めて、俺様の力を思い知らせてやる。まずは、誰から、調理してやろうか。俺をよく思っていないヴァルドリューズのにいちゃんか、それとも、ケイン、貴様にも、バスター・ブレードで斬られそうになったことがあったな。ひとり目は、お前ら二人のどっちかだ」


 そのジュニアのセリフに、ケインとヴァルドリューズを始め、カイルたちも一斉に身構えた。


 その時だった。


「さあ、若、いつまでも遊んでいる場合では、ございませんよ」


 家臣のたしなめる声に、ジュニアが拍子抜けし、空中で、足をすべらせた。


「おい、今、せっかく俺がキメてたのに、邪魔すんなよ!」


「それどころではございません、若、一旦、魔界へお還り下さい。魔界では、今、少々面倒なことになっております」


 ジュニアは、いぶかしげな表情になった。


「面倒なことだと?」


「さようにございます。上級魔族のリリドはご存知でしょう。その一味である五人の上級魔族たちが、ゴールド・ドラゴンの棲む谷で消息不明になっているのです。


 その五人は、いずれも、わたくしども若の派閥とはかかわりはありませぬが、彼らが統率していた魔族たちが、頭がいなくなったのをいいことに反乱を起こすと、それに乗じた争いが、あちらこちらで起こっているのです。


 おまけに、お父上である魔王様のご復活の前に、今、お能力(ちから)を封じられている若を探し出し、暗殺を企てている不届きな(やから)までもがいると聞きます。


 そのような中で、こんな人間たちと一緒に戯れていらっしゃるのは、大変危険にございます。ただでさえ、そこの金色のオーラを持つ娘は、魔物と引き合いやすい。獣神を守護に持つ者や、伝説の剣など持つ者たちとかかわっていては、極めて能力の高い上級魔族との接触は避けられますまい。


 どうか、わたくしとともに、一刻も早く魔界へ戻られ、いい気になって好き放題やらかしている魔族どもを、一度、押さえ込むのです。魔界であれば、若のお能力(ちから)も、徐々にですが、解放していかれるのですよ」


 抑揚のなかったはずの声には、次第に、熱が込められていった。


「もう俺様の旅は終わりなのか。やっと元に戻ってきた俺様の腕を、ちょっとくらい、見せびらかさせてくれたって、いいじゃないか!」


 ジュニアが口を尖らせ、ぶーぶー言った。


「何をのんきなことをおっしゃっているのです。申し上げた通り、事は、一刻を争うのですよ。力のある魔族が襲って来て、この人間どもが餌食になるのは構いませんが、同行していた若が巻き添えを食い、もしものことがあっては一大事です! さあ、そんな人間どもに構っている暇は、ございませんよ。早く、魔界へ還るのです」


 家臣は、早口になっていった。


「わかったよ。ただし、タダでは還らないぜ」


 言うが早いか、さっと、ジュニアの左腕が後方に向けられた。


 鋭い光線が一直線に走ったと見えると、


 どがががぁぁぁああああっ!


 その先にあった樹木の幹が折れ、倒れると同時に、ごおおっと青白い炎を上げ、燃え尽くされていった。


 得体の知れない、その魔のエネルギーには、魔物との戦闘に慣れた一行であっても、驚かずにはいられなかった。


「これが、魔界の王子の力なの? それも、完全復活まではしていない……!?」


 思わず、クレアが唇を震わせ、つぶやいた。


「けっ、逃げたか。さっきまで、そこに『神側のヤツ』がいたんだがな」


 得意気な顔のジュニアの口の端からは、にやりと牙がのぞく。


「『神側の者』ですと?」


「そう。そこのマスター・ソードとバスター・ブレードを持つ、ケインに付いてた、うさん臭い神の遣いだぜ」


 人間からすれば、魔界の王子の方が、よほどうさん臭かったに違いないのだが、ジュニアは、魔族の観点で家臣に説明していた。


「それに、そこのヴァルドリューズって魔道士とマリーちゃんが召喚した守護神が、戦っていたのを見たぜ。おそらく、親父を倒した獣神のうちのひとりだったかと。相当な能力だった。あれは、俺たち魔族にとって、脅威となるだろう」


「ほう、その青年が、いつぞや会った、伝説の剣を持つ者でしたか。あの魔道士の人間は、初めて見ますな。なるほど、人間にしては、魔力が高い」


 ジュニアの説明を聞き終えた、家臣の冷たい、氷の視線は、ケインの上で止まってから、ヴァルドリューズと、マリスの二人にも注がれた。


 家臣の男の手が、ゆっくりと持ち上がる。

 その手には、黒い稲光が、バチバチと放電し始めた。


 ケインとヴァルドリューズ、マリス、カイル、クレア、ラン・ファも、いよいよ戦闘かと、再度身構える。


「まあ、待てよ」


 今度は、ジュニアの声が、緊迫した空気を遮った。


「ケインは、俺様の留守の間に、どういうわけか『魔物斬りの剣』をなくしちまったようだ。だから、今、ヤツは、マスター・ソードしか持っていない。しかも、あのマスター・ソードは、完全ではないらしい」


「なんですと?」


 家臣の手中にあった黒い電光は消えた。


「伝説の剣はひとつだけで、それも不完全なら、所詮は俺様たちの敵ではないだろう。魔物斬りの剣だけは、なんとかしようと思っていたところ、手間が省けたぜ。それに、マリーちゃんたちの獣神の召喚魔法も、まだまだ欠点はありそうだったぜ」


 家臣の男は、何かを考えているように、しばらく沈黙していたが、やがて口を開いた。


「それならば、例え、我らが敵となりえよう人間どもであったとしても、我らに害を及ぼすほどではないということですな。ましてや、人間如きに、復活なさった王を倒すのは不可能」


「逆に、相打ちになってくれりゃあ、俺様としては、有り難かったんだがな」


 背筋に緊張が走る一行には構わず、ジュニアが、辺りをざっくりと眺めた。


「あの吟遊詩人の気配は、まったく消えちまった。しゃあねぇな、魔界の土産に、あいつの首でも持っていこうかと思ったが」


 クックッと笑ってから、ジュニアは手を腰に当てたまま、一行を再び見下した。


 そして、すうっと、爪の尖った手をもたげると、人間たちは金縛りにでもあったように、まったく動きが取れなくなり、マリスの身体だけが浮かび上がった。


「マリス!」


 ケインが、やっとのことで、声を絞り出す。


 むなしくも、そのままマリスの身体は宙に浮かんでいき、ジュニアのすぐ手に届くところで止まった。


 ジュニアの手が伸びていき、マリスのあごを軽く掴んだ。

 マリスの瞳は、わずかに動揺を隠し切れずに、揺れていた。


「まだ完全には回復していない今が、お前を手に入れる絶好のチャンスかも知れない。だが、もう少し様子を見ることにしてやるぜ」


 なんとかマスター・ソードを動かそうと、手に力を込めるケインと、呪文を唱え、発動させるため腕を上げようとしているヴァルドリューズを、ニヤニヤと見下ろし、鼻で笑ってから、ジュニアは続けた。


「そんなわけで、マリーちゃん、魔王(オヤジ)が復活したら、是非、頑張って倒してくれよ。それから、人間界に飽きたら、魔界へおいで。俺が新しく王となったあかつきには、マリーちゃんを魔界の女王にしてやるぜ」


 邪悪な笑みをうかべてそう言うと、ジュニアは、マリスの頬に口づけた。

 それは、人間たちの世界で意味する祝福や愛情だけではなく、執着や呪われた意味をなすものかも知れなかった。


 にもかかわらず、マリスは不敵に微笑んだ。


「それも、面白いかもね」


 一同、唖然と、その光景を見つめていた。


 家臣までもが、呆気に取られた顔をしている。


「ふふふ、さすが、マリーちゃんだぜ!」


 ジュニアが満足気に笑った。


「やっぱり、今すぐ、魔界に連れて行くか!」


 ジュニアがマリスの肩を抱え、マリスの唇を見つめると、顔を近付けていく。


「やだっ! やめて!」


 抗いたくとも動けないマリスは、目で懸命に抵抗するが、ジュニアは構わず薄笑いを浮かべたまま、近付いていく。


 突然、暴風とともに、黒い影が現れた。


 黒い影は、ドラゴンの姿となった。


「ダーク・ドラゴン!?」

「魔界の竜が、なぜここに!?」


 ジュニアと家臣だけでなく、一行も驚き、黒い竜に釘付けになった。


「マリスを魔界へなんて、行かせない」


 術で動けなくなっていたケインの視線は、浮かんでいるマリスに隠れてしまっているジュニアの顔を、(とら)えていた。


 ダーク・ドラゴンは、まるで、ケインに助太刀するように現れると、鋭い爪を生やした足でジュニアを威嚇(いかく)した。


 足だけでもジュニアを掴めそうなほどのドラゴンに、慌てたジュニアが、マリスを放した。


 マリスは、その場に浮かんだ。

 素早く、ドラゴンは盾になるようにしてマリスを背に乗せて飛び上がり、ケインの後ろに着地した。


 ダーク・ドラゴンが近くに来ると、ケインは動けるようになった。ドラゴンの能力で、金縛りが解かれたかのようだ。


 ケインがマリスを下ろして後ろに庇うと、ダーク・ドラゴンは再び飛び上がり、魔族に、にらみを利かせた。


「ほう、さすがはダーク・ドラゴンですな。魔界最強の竜であれば、魔空間にも現れ、今の若の術が破られるのも(うなず)けます。ドラゴンを操るということは、あの若造は、ドラゴン・マスターだったのですか。


 ……そうか、マスター・ソードを持つということは、そういうことでしたか。しかも、彼は、以前よりも、力を付けたと見えますな」


「だよな。あの時も魔空間だったが、ドラゴンなんか出て来なかったぜ。……ていうか、その前に、俺様が、マリーちゃんにボコされたんだったな!」


 それは、情けないエピソードであったが、ジュニアとしては、恋に落ちた瞬間が思い起こされたのか、まんざらでもなさそうに、ニヤニヤとしていた。


「さすがに、ダーク・ドラゴンの相手は、完全復活していない今はキツい。いいぜ、ケイン、今は見逃してやる。もっと力を付けろ。そして、オヤジを倒せ。その後で、俺様が、お前を倒してやる」


 ジュニアは笑いながら腕を組み、ケインを見据えた。


「俺の黒い(ダーク・ストーン)も返してもらおう。これで、そっちから俺を呼び出すことは出来なくなるが、俺様の方から、時々出向いてやろう。ついでに、魔王(オヤジ)のことでわかっていることも教えておいてやるか。お前らと旅をして、次元の通路の様子なんかを見たところ、奴の復活は近い。もう、あと半年というところか」


 一行の表情は、緊張と恐怖が入り混じり、強張(こわば)った。


「だが、『封印の石』を使えば、一年先に復活を延ばすことが出来る。ほんの気休め程度だがな。その間に、力を付けて備えろ」


「封印の石……」


 ジュニアから目を反らさず、ケインが口の中で反芻(はんすう)した。


「じゃあな、マリーちゃん、お前たち。また会おうぜ!」


 あざけるように笑いながら、ジュニアは家臣とともに、黒いもやとなった。

 マリスの服のポケットからも、黒い宝石が浮かんでいき、黒いもやと混ざり合うと、消えていったのだった。


 彼らの姿や気配が完全に消えてから、ダーク・ドラゴンも、影のように半透明になり、消えていった。


 一行の金縛りは、すでに解けていた。


「マリス、大丈夫か?」


 座り込んでいるマリスに、ケインが屈んで、心配そうに顔をのぞいた。


「え、ええ」


 マリスは、まだ少し緊張が解けない顔つきだ。


「おい、どういうことだよ、ケイン? なんで、ダーク・ドラゴンが、実態で現れたんだ!?」


 カイルが、一番に問う。

 クレアも、ラン・ファも、ヴァルドリューズも、ケインに注目している。


「ドラゴンの谷で、上級魔族リリドが作った魔空間でも、怪我で意識が薄れていた俺を守ろうと、ダーク・ドラゴンが実態で出て来たんだ。魔界に棲む竜だから、魔族にとってベストなフィールドでは、『彼』にとってもベストなフィールドってことらしい」


「へえー!」


 カイルは目を見開き、感心した。

 クレアもようやく少しだけ安心した顔になり、ミュミュも、そうっと、ラン・ファの鎧から、顔をのぞかせていた。


「あ、だけど、今ので、ケインがドラゴン・マスターで、ドラゴンを操れることが知られたわけでもあるのか」


 カイルが心配そうに、ケインや皆を見回した。


「あの家臣やジュニアは、もともと、魔道士たちよりもマスター・ソードのことを詳しく知ってたし、魔王と神側の戦いを知ってるみたいだった。手の内を知られたなら、その上を行けばいいだけだ」


 ケインがそう答えると、クレアは心配そうな顔をカイルに向け、カイルも、クレアやヴァルドリューズ、ラン・ファを見た。


「大丈夫か、マリス。歩けるか?」


 ケインの手を取り、マリスが立ち上がるが、よろけた。

 抱きとめたケインは、その感触に、どこか覚えがあるように思えた。


 次に、彼の脳裏には、リリドとの最後の戦いの後、マグマの煮えたぎる崖の上で、マリスを抱きしめた場面が浮かんだ。


(なんで、そんなことになったんだっけ?)


 ケインが思い出そうとしているうちに、マリスがケインを押し出すようにして離れると、またしても、よろめいた。


「無理すんな。まだ回復してないんだろ? ほら」


 と言い、ケインが、マリスを背負う格好になる。


 マリスは、どぎまぎしたように顔を赤らめ、後ろから、遠慮がちにケインの首を抱えた。


「あ、ありがとう、ケイン。あの、さっきも、……ジュニアから、あたしを守ってくれて……」


 マリスの小さい声に、ケインの心臓が、小さく、どくんと鳴った。


 ケインには、心臓の音も、マリスを抱きしめた時に涌いた微かな感情も、気のせいじゃないと思えてきていた。


 そして、マリスをジュニアに奪われなくて良かったと、改めて実感しているのは、ただの仲間を思う気持ちや、単なる世界平和のためだけではないのかも知れないと、考えていた。




 短い期間ではあっても、マリスや一行のペットのように、行動を共にしていた魔界の王子ジュニアとの別れは、惨劇を生むこともなく、涙ぐんだ湿っぽいものになることもなかった。


 一時でも仲間として行動していたにもかかわらず、彼との別れは、薄情すぎるほどに、皆の心には何も残さなかったようだ。


 ジュニアにとっては不名誉なことに、淋しいどころか、少々脅かされはしたものの、誰もが、もうなんとも思っていないようで、彼らは、すぐに、妖精の国目指して出発していったのだった。


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