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Dragon Sword Saga10『妖精の国』  作者: かがみ透
第 Ⅱ 話 魔界の者
4/9

樹海の魔物

 森は、ますます深く、背の高い木々がぼうぼうと生い茂り、歩き辛くなっていく。

 青い霧は、もう出てはいなかったが、夜のように真っ暗で、人間には肌寒く感じられていた。


「気を付けて。なにかいるわ」


 初めて、ラン・ファが忠告した。

 ミュミュが、さっと彼女の鎧に隠れる。

 先頭に立つラン・ファとヴァルドリューズの瞳は、険しく周囲に注がれている。


 これまでふざけていたカイルの表情も、引き締まった。

 彼にもわかっていた。魔法剣が、警戒しているのが。


 どこからともなく、地響きが起こる。

 樹海にいたトリやムシなどは、(おび)えたように一斉にはばたき、飛び立っていった。

 巨大なものが地を這うような地鳴りは、ますます強くなり、近付いてくるようだ。


 クレアが不安そうに皆を見回し、ミュミュは、そうっとラン・ファの鎧の中から、顔をのぞかせる。


 バキッ

 ミシミシミシッ!


 樹木にひびが入った。


「あの木の向こうだわ」


 マリスが指さした。

 その木々の向こうには、小高い丘ほどもあるものが、ゆっくりと動いていたのだった。


 木が(きし)み、左右に押し分けられ、樹木が倒れるごとに、地面が揺れる。

 それは、一行の目の前にまでやってきた。


 それが、いったい何であるのか、皆、始めは理解出来なかった。


 樹液が固まり、こびりついている木の皮のような、枝がかき集められているような、或は苔をはびこらせている岩肌のような、いろいろな素材がつぎはぎとなった、横長の物体が、一見、手足もなく、ズルズルと引きずるような音を立て、ゆっくりと進んでいたのだった。


 ヒトの三倍の高さがあり、その長い体長は、宿屋ほどもある、巨大な生物だった。


「あれは、サナギだ」


 ジュニアが言った。


「サナギだって? あれが……!?」


 ケイン、カイル、マリス、クレアは、視線を、ジュニアから巨大サナギに戻した。


「あいつは、正真正銘の魔物ってことか。吟遊詩人、魔物なら倒していいんだな?」


 ケインの問いかけに、詩人はうなずいた。


「いいよ。ただし、きみたちだけでも倒せるならね。僕は、一切手伝わないよ。それと、きみも手出しはしないでくれよ。魔界の王子の能力なんか使われたら、他の魔物もかけつけてしまって、ややこしいことになるからね」


 詩人は、ジュニアに向かって、忠告していた。


「おいおい、こいつは、魔界の王子っつったって、今は、大した能力も使えないんだぜ。そんな心配には及ばないだろ」


 カイルは、サナギから目を離さずに言った。


 誰にもわからないよう、ジュニアの目が、ちらっと光り、詩人を盗み見る。


『ここは、魔空間みたいなものだからね。本来の能力を取り戻すまではいかなくても、ここにいる人間たちを脅かす程度には、充分、復活していても、余計なことはしないでおくれよ』


 詩人は、あえて関心のない顔をしていたが、その声は、ジュニアにだけは聞こえていたのだった。


『お前、俺の能力(ちから)のことを……!?』


 詩人にしか聞こえないよう答えたジュニアの目が、鋭く光る。

 巨大サナギに気を取られていた人間たちは、それには気が付かない。


「物凄い魔力だわ」


 クレアが、困惑しながら言った。

 隣でうなずくマリスが顔を上げ、ヴァルドリューズを向いた。


「『サンダガー』でやっつけるわ」


 全員の表情が引き締まった。それほどの強大な敵であると、誰もが感じていた。

 ヴァルドリューズは表情を変えることなく、呪文を詠唱し始める。

 マリスは一行から距離を取り、目を閉じると、『全身浄化』の呪文を唱えた。


「クレアちゃん、防御結界よ」

「は、はい!」


 ラン・ファが呪文を唱え、両のてのひらを押し出す。クレアも両手を突き出した。


「うわっ!」


 ジュニアが飛び上がり、クレアの近くから離れた。

 女神ルナ・ティアの結界を操るようになったクレアの術は、さらに神聖な威力を増していたため、魔族であるジュニアには耐え難かったのだった。


 二人の結界は、ケインとカイルも包み込む。

 吟遊詩人は、独自の結界で身を護っているのか、彼らの後ろに、ひとりで立っていた。


 ヴァルドリューズの頭上に、黒い雲のようなものが、ぼやぼやと出来ていくと、そこには、ヒトの骸骨のような顔が、黒いフードをかぶった姿で、浮かび上がった。


 魔神『グルーヌ・ルー』だ。


 獣神サンダガーの召喚には、何度か立ち会って来た一行であったが、グルーヌ・ルーの姿を見たのは初めてだった。


「いつもは見えなかったのに、なんで……?」


 ケインが疑問に思っていると、カイルが応えた。


「俺たちの実力が、神並みになってしまったのか!?」

「違うと思う」


 即座にケインが打ち消す。


 ヴァルドリューズの三角形を象った手から、金色の光が現れた。

 離れた位置にいるマリスは、足元から湧き上るような白いオーラに、全身包まれていた。


「おい、マリスの『全身浄化』も、あんなにはっきり見えたことなんか、なかったよな?」


 (いぶか)しむケインに、カイルは顔を輝かせた。


「だから、やっぱり、俺たちの実力が、神並みになって……」

「いや、違うと思う」


 ヴァルドリューズの手元から、金色の光線が、マリスに勢いよく発射される。

 マリスを光が包んだ時、姿が隠れるほど光り輝き、巨大化していった。

 そして、それは、間もなく、彼らの見慣れた姿へと移り変わっていった。


「はーっはっはっはっ! またしても、俺様の出番だぜーっ!」


 そこには、全身を金色の鎧で覆った獣神が、仁王立ちになっていた。


 白い面長の顔は、美しくたなびく黄金色の長い巻き毛に包まれ、枠組みだけで出来ている金色の兜が囲む。


 切れ長のつり上がった、エメラルドのような瞳、口元には、人間で言う八重歯が牙のようにのぞき、整った顔立ちは、神聖というよりも、邪悪に見えてしまう、一行の見慣れた男神だった。


「サンダガー……!」


 小さく、吟遊詩人がつぶやいた。詩人は、慎重な面持ちでいる。


「これが、獣神『サンダガー』……!」


 ジュニアも、巨大な獣神から、目を反らさない。

 マリスたちとの旅に加わってから、彼がサンダガーを目の当たりにしたのは、初めてであった。


 サンダガーのみなぎるパワーは、金色の稲光とともに、ビリビリと周囲に(とどろ)く。

 それは、吟遊詩人やジュニアのような、人間でない者にとっては、痛いほどに感じるエネルギーであった。


「なるほど。こいつは、厄介な召喚魔法だぜ」


 ジュニアは、サンダガーを見上げて、ぼそっと言った。


 巨大化しているサンダガーは、にやにやと笑う。


「つい最近も来てやったが、あの時は人間サイズだったからな。やはり、このくらいの大きさの方が、下々の者どもを見下せて、気分がいいぜ! それじゃあ、いつも通り、自己紹介からいくかー。この俺様が、伝説のゴールド・メタル・ビーストの化身、獣神サンダガー様さー! おそれいったか!」


 サンダガーは誰にともなく、否、そこにいるすべての生き物たちに知らしめるべく大声を出し、両手を腰に当て、踏ん反り返って笑った。


「ちぇっ! 卑しい獣のくせに」


 吟遊詩人は、軽蔑(けいべつ)した目で、見上げている。


「さーて、今回の俺様の獲物は……っと」


 サンダガーの目に、ずりずりと、ゆっくり進む巨大サナギの姿が入った。


「なんでぇ、このゴミムシみてえなのは?」


 途端につまらなそうな顔になったサンダガーは、人差し指を立て、指先から、光線をサナギに当てた。


 金色の光線は鋭く、岩盤のような外殻(がいかく)を一部弾き飛ばすが、何の変わりもなく、サナギは、そのままずりずりと進んでいった。


「こいつ……!」


 サンダガーの顔色が変わった。

 それまでの、バカにした目付きではなくなり、ゆっくりと進むサナギを見つめながら、腕を組み、何かを考えている。


 考えがまとまったのか、サンダガーは、サナギの前に立ちふさがった。


 一行は、息をひそめて、獣神とサナギの魔物に見入っていた。


「このムシ野郎!」


 何を思ったか、サンダガーは、いきなりガツガツと、サナギを踏みつけ、蹴飛ばし始めた。


「サンダガーが肉弾戦に出たのは、初めてだな」


 何の意味があるのかと、探るように、ケインがつぶやいた。


「お前な、あれが肉弾戦って言うのか?」


 カイルが眉を寄せた顔でケインを見る。


「そうよ、単なるイジメだわ!」


 クレアが、むごいと言わんばかりに叫んだ。


「あいつは、ダメージを吸収して強くなる」


 ジュニアの珍しく静かな物言いに、一行は振り返った。

 吟遊詩人も、ちらっと魔界の王子を見た。

 ジュニアは続けた。


「倒すんなら、サナギのうちにしといた方が賢明だな。孵化(ふか)したモンスターは、手に負えなくなるぜ」


「手に負えないって? まったく無抵抗な、あんなカメの甲羅(こうら)みたいもんが?」


 カイルが疑わしくサナギを見る。


「だけど、あのサナギ、ダメージを受けてるようには見えないよな。あんなにボコボコにされてるのに」


 ケインがそう言うと、カイルも目を凝らす。


「おい、実は、サンダガーって、魔法は得意でも、格闘は苦手とか?」

「さ、さあ……?」


 カイルの質問に、ケインもあいまいな顔になった。


「イジメてるうちに強くなられるんじゃあ、今のうちに、魔法で一撃で倒しといた方がいいって、ヤツに助言してやった方がいいんじゃねぇか?」


「う~ん……」


「彼は、知っててやっているのさ」


 カイルとケインの会話の横で、吟遊詩人が言った。


「サンダガーは戦いを好む。人間界で言ったら、……そうだな、ネコが獲物を、遊びながらいたぶっているうちに、殺しちゃうのと同じようなものか。彼は、自分が楽しむことしか考えていない。あのサナギが(かえ)ったら、魔道士程度の結界では、防ぎきれるかどうか」


「なんだって?」


 カイルとケインは、困惑して、顔を見合わせた。


「ふふん、よくご存知じゃねぇか」


 笑っているジュニアを見てから、クレアが不安そうに、ケインたちと吟遊詩人とを見つめた。


「ほら、見てみろよ、孵化が始まったぜ」


 ジュニアが、あごで示す先では、巨大サナギの動きが停止した。

 カメの甲羅のごとく、硬質化したサナギの殻。その隙間からは、しゅうしゅうと黒い蒸気が湧き出していた。


 大型の魔物に見られる、黒い瘴気(しょうき)であった。


 殻は、呼吸しているかのように、つぎはぎの隙間を、開けたり閉じたりし、瘴気を吐き出していた。


 一行が沈黙して見守る中、呼吸が止まると、凄まじい轟音が、地面に鳴り響く。


 岩や樹木の皮で出来たような殻は、内側からめきめきと音を立て、押し破られ、頭部が現れた。濃い緑色の混じった、黒いゼリーにまみれ、ぬれている。


 黒い液体で、ベトベトに固まっている二本の触角が、立ち上がり、ぼたっと黒いゼリーを落としながら、バリバリと、胴体が殻を破ってあらわれた。


 胴には、触角のような細い足が、数多く折りたたまれていて、徐々に伸びていき、後方には尖った角のような尾も見えた。

 背にも、黒い液体に覆われた羽がある。


()みたいなヤツだな」


 カイルが、一番に、感想を口にした。


 サンダガーは、まだ動こうとせず、腕を組んだまま、じっと巨大蛾を見下ろしている。


 液体を振り切った二本の触角がピンと伸び、枝に生えた葉のように、密集した毛が外に向かい、ふさふさとなびき始めた。

 蛾の身体からも、黒いゼリーのような液体が、ぼたぼたっとはがれ落ち、人間界では考えられない速さで、乾いていく。


 胴体は、どす黒く、気味の悪い赤色であった。黒と黄色の斑点と、緑色の縞模様が、ところどころ見られる。


 頭部の触角は、オレンジ色の細かい毛となり、その下では、巨大な一つ目が見開かれた。

 緑色に、縦に長い黒い線のような瞳孔だ。


 クレアは、一瞬、その目に見入った。

 蛾の目の下が、いきなり横に裂け、魔物の体液である濃い緑色の血が吹き出し、もうひとつの頭が、にょきっと現れたのだった。


「きゃあっ!」


 クレアが叫んで顔を伏せると、カイルがクレアを抱き留めた。

 同時に、ヴァルドリューズがクレアの隣に現れ、新たに、一行を包み込む半月形の結界を張った。


「凄まじい邪気だ。『グルーヌ・ルー』の知恵から編み出した結界に切り替える」


 ヴァルドリューズの結界の中から、一行は戦況を見守っていた。


 蛾の二つ頭それぞれにひとつずつ、緑色に血走った目があり、胴体にも裂け目が出来ると、そこにも巨大な血走った目が現れた。


 背の羽が、徐々に開いていく。

 本体同様、赤黒い地に、斑点と縞模様、そして、そこにも、無数の目が開き、ひとつずつが、ぎょろっ、ぎょろっと、勝手な方向を見回す。


 その時、蛾の二つ頭の目の下が、下にパックリと裂けた。

 口ではなく、勢い余って裂けてしまったように、裂け目からは、黒々とした緑の血をしたたらせている。


「いやっ!」


 クレアはカイルの腕の中で、両手で顔をおおった。

 ミュミュも、きゃーきゃー叫びながら、ラン・ファの鎧の胸の中に入り込んだ。


「大きさも、気色悪さも、俺たちの出会ったモルデラの村の魔獣以来だな」


 嫌そうな顔で、ケインが肩をすくめた。


「もしかしたら、それ以上かもな」


 カイルは、自分の腰に下げた剣を目で指した。


「魔法剣が、そう言ってるのか?」

「ああ。魔法剣がおびえてるぜ」

「おびえてるだって……!?」


 ケインは、真顔になっているカイルを見た。


「さーて、やっと成虫になったか」


 腕組みをしていたサンダガーが、にやにやとした笑みを口元に浮かべている。


「それにしても、相変わらず醜いもんだな、モンスターってのは。この俺様の光り輝くまばゆい姿とは、大違いだぜ!」


 サンダガーが高笑いをする。


「マリス、早く決めるのだ」


 ヴァルドリューズがそうつぶやいたのは、結界の中にいる全員に聞こえた。

 彼の表情は普段と変わりないが、目は鋭く獣神を見つめていた。


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