閑話 氷剣姫
厳かな声が響く。
「そちの願い、クロムウェル・アストロヴィアの名において確かに行き届けよう」
今でも思い出せる激しい戦いの記憶。
老練な技や力強い剣戟が脳裏に駆け巡る。
今私は小さい頃の夢だった『剣王』へと至った。
ある程度自信はあったとは言えまさか本当にこの年齢で『剣王』になれるとは思ってもいなかった。
それもこれも師である前代の剣王のお陰だろう。
決勝戦では間違いなく格上であったが、師に嫌という程叩き込まれた剣が折れるまで戦えという教え、その気迫が僅かに敵を押しその隙をつけたのが勝敗の分かれ目だった。
私は王に願ったのは『剣神』と添い遂げる権利。
実質の独身宣言に会場は騒然とした。それはそうだろう。貴族で剣王となれば引く手は数多だ。普通の神経では考えられない発言だろう。
私は社交界でのご機嫌伺いなどするつもりもなく、七面倒な縁談の為の防波堤としてこの望みを言ったまでだ。
勿論、私だって女の端くれだ。御伽噺のような『剣神』が現れ、自分と添い遂げるという展開に期待していないといえば嘘になるが。
それから王都で新剣王の披露宴が行われ、パレードや面倒くさい貴族同士の面会を終えた私は7年振りに帰郷することになった。
師も誘ったのだが、面倒くさいとばかりに免許皆伝を押し付けられ、旅に出ると言ってどこかに去っていった。
7年ぶりの領地は相変わらず自然豊かで、長閑な雰囲気が漂っていた。
新剣王の噂がこちらまで届いているのか、領民たちに歓迎を受けなんともこそばゆく感じながら、この領地で一際大きい建物である我が家へと足を運んだ。
「結婚してください!」
我が家につき歓迎の言葉をかけられるよりも早く求婚されるとは思ってもみなかった。
しかもその声の主は声変わりもまだしてない子供だった。
何が何だかわからない。
そういった様子で両親を見るが、両親も困惑しているようだった。
その少年が私の両親を父様、母様と読んだことから弟だと気付くまで時間はかからなかった。
「しかしあの子があそこまで、自分の意見をいうとはねぇ・・・」
おっとりした様子で話す母君。
相変わらず、可愛らしくこの母から何故こんなにキツい外見の自分が生まれてきたのかと嘆きたくなるような顔立ちだ。
「・・・ロゼはいつもの場所か」
嘆きの原因が口を開くその外見ににて声もどこか重みを孕んでいるような気がする。
父君は子供が逃げ出すような顔を更にひそませ、唸る。
「どんな子ですか?弟は」
領地の特産品である緑色のお茶を啜りつつ、私に求婚してきた相手の素性を聞く。
「そうねぇ・・・一言で言うなら手がかからない子かしらねぇ。誰かさんと違って」
母君はチラリと私の方を見る。・・・どうせドレスより甲冑の方が似合いますよ。
「そうだな。しかし、初めて自分の意思をあそこまで伝えたのがまさか姉への求婚とは・・・」
深く溜息をつく父上。
法で禁止されてないとはいえ血が濃くなるのは良くないとされている。
親心は大変だなぁと他人事の様に振舞っていたら話の矛先が私に向かってきた。
「そんなことより、フィリア。あなた剣神をとしか結ばれないと王に直訴したらしいわね?」
この母君の目はやばい時の目だ。
こういう時は逃げるに限る。
私は弟の様子を見てくると、その場から急いで立ち去った。
我が家の家訓はドラゴンと母君の逆鱗には触れてはいけないーーだ。
弟君の部屋を訪ねた私は自身の無計画さーーそして女らしさのない自分を呪った。
慰めに行ったはずなのに泣かせてしまったのだ。
この世界では珍しい黒髪に、私とどこか違う、恐らく父上のグレーが混ざったのだろうつぶらな青い瞳を揺らして弟が大粒の涙を零す。
(こ、これは・・・!)
幼い子供の涙はここまで庇護欲を誘うのか、私は必死に抱きしめたくなる衝動をどうにか抑え、頭を撫でてやった。
どうにかこうにか泣き止んでくれた弟は、目元を赤く濡らし、私との関係を割り切ろうと必死に現実を受け入れようとしていた。
両親が言っていた言葉、手がかからない子というのがどこかわかった気がした。
しかし、私は、いや私達は何もわかっていなかったのだ。
弟の、ロゼリアスの烈火とも思えるこの小さな体に宿した強い意思を。
向ける先がなかっただけで、身の内で眠っていた炎のように熱く猛々しい情熱を。
「我が剣に誓って」
弟の熱意に当てられたのか、私の中の何かが火照ったように感じた。




