白雪
師匠の魔力が膨らんでいく。
先ほど感じた感覚通りの熱く赤い迸るような魔力だ。
構えにも隙はない。
「殺しはしないから安心しな」
コレと戦うのか。
本当にコレと戦わなきゃいけないのか。
アレンさんから発せられる殺気に呑まれそうになる。
「ふぅ・・・アレンさん、いや、師匠。俺は『剣神』になります」
俺は超えなきゃならない。
姉さんに誓ってから一度も口にしていない単語を口に出す。
殺気に呑まれないように、自らを奮い立たせるように。
俺は自分の勇気と師匠に誓う。
「『剣王』すら踏み台にして、師匠を超え、必要なことはなんでもします」
もう震えは止まった。
大丈夫だ。
あとは、どんなにかかっても超えるだけ。
「そして必ず、初恋にたどり着きます。だから今日は胸を貸してください」
俺は自身の持てるだけの魔力を一気に引き出す。
冷たい何かが体を包み込み、同時にジリジリと肌を焦がすような感覚が襲った。
「ハッハッハ!来い。ロゼリアス!」
「はいっ師匠!」
同時に飛び出す。
スピードも体格も師匠の方が何倍も早い。
斧が振り下ろされる。
とても避けられるスピードではない。
俺は斧が真横にきた瞬間刃の腹を叩き軌道を変え横をすり抜けるように体を捻る。
足元から轟音が響く。
地面が地面が捲れ上がり、俺の足元を崩す。
だが、それも解っている。
俺はまだ衝撃が届いていない右足に力を込めて一気に懐へ飛び込む。
「ッ!」
飛び込んだ先に広がるのはアレンさんの左拳だった。
「ふふふ、やっぱりロゼちゃんは自慢の弟子ねん♪」
いつも通りの口調に戻ったアレンさんの言葉とともに顔に左拳が吸い込まれ、俺と師匠の初めての戦いはあっさりと俺の負けで幕を閉じた。
ーーーーーーーーー
「っでで・・・」
拳を止めてくれたのか傷は思ったよりも少なかった。
ただ、手加減されていたとはいえ思いっきり壁にぶつかったようなものである。
鼻は折れ、唇は裂けていた。
俺は痛みに耐えながら加護をかけていく。
まるで逆再生のように傷が戻っていき、やがて血の跡すら無くなる。
「本当にその『加護』便利ねぇ」
「まぁ即死させられたり意識を飛ばされるとダメなのと自身にしか使えないのが欠点ですけどね」
「それでもポーションいらずってのは大きいと思うわよん」
『加護』が存在するこの世界の医療は進んでいる。
お金があれば欠損部位すら治るし、殆どの病も『加護使い』がいれば治ってしまう。
その反面衛生面や、病気等がよく流行り、お金の払えない貧困層である平民や人口が少ない辺境の町や村などのの死亡率も高い。
そんな中ポーションは、それなりに高価だがある程度の外傷や病気に効く特効薬として流通している。
「でもまぁ、魔力にも限りはありますし持ち歩きはしますよ」
俺は苦笑いを浮かべて答えると身だしなみを整える。
「さて、よくなったみたいだし『剣気』の説明を・・・と行きたいところなんだけど、取り敢えず今日はお終いよん」
アレンさんはエプロンについた埃を払い出かける準備をし始める。
「え?まだ魔力にも体力にも余裕ありますけど・・・」
この後『剣気』の説明があると思っていた俺は呆気にとられる。
それを尻目にアレンさんは可愛くない笑みを浮かべて俺にウィンクを飛ばす。
「い、い、と、こ、ろ❤︎に連れてってあげるから準備しなさい?」
「・・・はい」
俺は若干の消化不良と身の毛がよだつ不快感に顔を顰めながら大人しくアレンさんの後に続いた。
ーーーーー
連れて行かれたのは何度か来たことがある顔なじみの工房だ。
薪割りの剣を手入れしてもらったり、アレンさんも槍や斧などの手入れのために使っている。
アランさんは勝手知ったる家のようにドアを潜る。
「ノイズちゃぁん♪きちゃったわん!」
「そ、その声はアランか!?儂はいないっ!きょ、今日は忙しいんだっ!」
中から怯えるような声が返される。
確かにアレンさんにとってはタイプの男がいるのようだった。
「ノイズさん、こんにちは。いつもお世話になっています!」
俺の声に気付いたのか、筋骨隆々で蓄えられた髭を揺らすドワーフがぴたりと動きを止め、ほっと息を撫で下ろす。
「なんじゃ、小僧も一緒なのか。早く言え」
「んもうっノイズちゃんは照れ屋なんだからっ!」
頬を膨らませながらにじり寄るアレンさん。
その様子にノイズさんがヒィっと呼吸音と共に掠れた声を漏らす。
「頼むっ!小僧!助けてくれ!」
俺は諦めたように首を振るとノイズさんが絶望の色を宿した表情を浮かべ、同時にアレンさんに飛びかかられた。
筋骨隆々のおっさん同士が絡み合う、というより絡まれる中々破壊力がある光景に俺はそっとドアから出た。
〜30分後〜
「イラッシャイマセ」
変貌したノイズさんがそこにいた。
頑固親父の影はなく、まるで感情を無くした機械のようだ。
俺は絶対マッチョにならないと心に決めた。
姉さんの好みにもよるけど。
「さて、挨拶も済んだことだし。本題に入りましょうか」
アレンさんは手を叩くと俺に振り返る。
どこか顔がツヤツヤしているのは見なかった事にする。
「本題、ですか?」
「えぇ、あなたには剣を選んで作ってもらうわ」
確かに実家で使っていた剣は安物だし、薪割り用の剣も鋳造品らしく脆い。
これから使って行くにしては心許なかった。
「選ぶ?ですか?」
「ええ。貴方がこれから使っていく剣。両手剣や片手剣。シミターファルシオンレイピア色々あるけどあなたがこれが良いって思ったものを作る」
アレンさんは再びウィンクしてノイズさんに向き直ると、ノイズさんはびくりとしながらも奥から様々な剣を運んできた。
「これからは剣の修行しかさせないつもりだし、これ以降の剣の持ち替えは極力避けたい。それはあなたの加護と『剣気』の関係もある。勿論複数の剣を扱いたいというなら無理強いはしないわ。けど確実に強くなるのは遅くなると思って頂戴」
俺は唾を飲み込むと並べられた剣に目を向ける。
それぞれが異様な魔力を放ち、形も基本的なものから特殊な物まで存在した。
「これは全て魔剣と呼ばれる微弱な加護を備えられた剣。ほぼこの大陸にあるであろう剣の種類は準備したわん」
その言葉に思わず絶句する。
これだけ揃えるのに一体いくらかかったのか。
魔剣の価値がわからないのでなんとも言えないが街の一つ立つのは間違いないだろう。
それほどまで並べられた剣一本一本の異質さが素人目にもわかる。
「そんなに気にしなくていいわよん、一生を捧げる相手を選ぶつもりで選びなさい♪」
アレンさんの言葉に頷くと一つずつ持ち、振っていく。
だが、どれもしっくり来なかった。
やがて、後半に差し当たった頃一本の見慣れた剣が目に留まる。
刀身を覆う白い鞘。
柄と鞘の前には花を模しているのであろう独特の鍔がつき、柄も細かい細工が施してあり、洗練された美しさを感じる。
吸い寄せられるようにそれを手に取り、抜いてみると雪のような冷たさを放つ波紋が美しい、白い刀身が露わになった。
「ほぅ、カタナに目をつけるか」
ノイズさんが目を細めて声を出す。
そう、刀だ。
日本で見たより本差しが長く、恐らく腰に下げたらギリギリになるであろうそれは柄も長く縦にすると俺の目線あたりまで来るだろうか。
柄が長く作られており、両手で握るとかなりはみ出す。
「そいつは使い手も研げる職人も少ない。半端な気持ちじゃ扱えない。何よりまともに抜ける奴を俺は見たことねぇ、悪いことは言わない。やめときな」
ノイズさんが忠告をしてくれるが俺は耳を貸すつもりはなかった。
俺は腰に留めて、深く息をする。
なんとなくわかるのだコイツがどう抜いて欲しいのか。
どう在りたいのか。
そしてなにより・・・。
俺は左手で唾を押し上げながら腰をひねりながら一気に抜く。
右手は逆らわぬように刀身の赴くままに滑らせるように。
風を切る鋭い音を立て、白い刀身が抜き切られる。
ノイズさんとアレンさんの息を呑む音が聞こえてくるが、俺はそれどころではなかった。
まるで初恋のような甘い痺れが全身を襲い、それに答えるように刀が光ったような錯覚に俺は思わず声を漏らす。
「あぁ・・・」
刀を納め、ノイズさんに向き直る。
「ノイズさん、この刀の銘はなんですか?」
「あ、あぁ、よく抜けたな。こいつの銘は確か『白雪』だ。掛かっている加護は魔力切断と加速だ」
「この『白雪』にします。アレンさん、いいですか?」
「いいも何もその子にしたんでしょん?」
アレンさんはにこりと笑う。
そうだ。
というか俺にはこいつしかありえない。
俺以外こいつは持たせたくないしこいつは俺にしか扱えない。
「だけどロゼちゃん、その刀がまるで最初から抜けるかのような感じだったわよね?それはどうしてかしら?」
アレンさんの問いにノイズさんも頷く。
「あぁ、というか刀自体使ってるやつなんか今の時代いないしな。まるで最初から知っていたみたいだった」
当たり前だ。
だってこの刀はまるでーー
「姉さんに似てたからですよ、勿論姉さんの方が綺麗ですが」
答えに対し2人が唖然としたのに俺は納得がいかないままこうして生涯共にする相棒との出会いを迎えた。




