小さき剣士の苦悩
「ふっふっ・・・」
あの誓いの後、俺とフィリアの関係は取り敢えずは普通の姉弟になった。
俺としても今はそれで十分だ。
今はまだ彼女と俺は釣り合わない。
しかし何れは必ず横に立つ。
「ふぅ・・・。すぅーはぁ・・・」
荒い呼吸を納めつつ、ジョギングを終えた俺は領ないの兵士たちに頼み込んで借り受けた鉄製の剣を振る。
しかし所詮は素人だ。
あれから数ヶ月間毎日死に物狂いで鍛錬を積んでいるが、未だ剣振り回され、
体力も引きこもりの時よりついたとはいえ、子供の体ではたかが知れてるため
一時間も素振りをすれば腕が上がらなくなる。
いつもの如く一時間ほどで振れなくなったら横にはけ、自身の『加護』の鍛錬へと移った。
『加護』
この世界で人間が魔物相手に未だ存続できている力。
その力は個人によって様々あり、使い手によってその効果も違ってくるし、更に鍛錬によって上限はあるもののその力も上がる。
そして何より特徴的なのが使い手のイメージと知識に大きく依存する傾向があることだ。
例えば火を起こせる加護を持っていたとしよう。
殆どの人間はただ火を出そうとすれば、いつも目にしている蝋燭に灯っているような火が出る。
しかし、鍛冶師や学者が使えばその結果は変わってくる。
強い火を日常的に見ている鍛冶師は言わずもがな、火が何故起こるのか十全に把握し、数々の実験でその力を知っている学者も同様に強いとは火を出せるのだ。
じゃあ鍛錬と知識を付ければ誰でも漫画のように炎の剣を出せるようになるのかといえば実際にはそんな上手い話あるわけなく、自身の加護の強さや加護を使う上での魔力量など様々な問題があり、実際に戦闘で汎用出来るほど使える人間は一握りな訳だが。
話を戻すと、加護は知識やイメージによって大きく左右され、鍛錬を重ねれば強くなる余地があるという訳だ。
前世の記憶があり科学という知識がここよりも浸透していた世界にいた俺には十分に有利な筈だった。
しかし、俺はこの加護の鍛錬が剣術よりも進まず焦りを覚えていた。
魔力量は人並み以上に、それこそ王に使えている『加護使い』達より多い。
それこそエルフ族ーー森の賢者と呼ばれている種族で魔力量が尋常じゃなく多い種族ーーの王族、ハイエルフに匹敵すると言われたほどだ。
だが、全くと言っていいほど加護を使いこなすまでには至らない。
それも仕方ない事だろう。
時間を知識として十全に理解し、イメージしろなんて、前世で普通の学生だった俺に出来る筈も無いのだから。
「どうすればいいんだろ・・・」
最初は自身を加速させようとやってみたが自分を未来に送るイメージが湧かずに失敗。次は相手を遅くしようと思ったが、干渉がほぼ不可能で精神を集中させ常に触れている状態で尚且つ相手が動かないという条件を満たし5分かけてようやく気持ち遅くなるという有様で断念。
剣術に生かすという方向でこの加護を使う事の難しさを目の当たりにしていた。
「自分に限ってだけど、元に戻すなら普通に使えるのにな・・・」
自分に限り傷を元の状態に戻すなら簡単に出来る。
致命傷にならない限り何度でも蘇るだけでも化け物染みていると思うが、逆に言えば即死させられると何もでき無い。
下級の魔物や並みの剣士ならこれだけでも余裕で勝てるだろうが俺が目指す場所はそんな所では無い。
「絶対的な攻撃力か防御力がなきゃ上にはいけない・・・」
剣王レベルに至らなくてもチートと呼べる力や技を編み出している猛者は少なくないのだ。
技でも体力でも勝てない俺は絶対的に『加護』に頼らなければならない。
勿論剣術も同様に鍛えていくつもりだが、どちらにしろ『剣神』まで上り詰めるにはこの特異な加護を使いこなさなければならない。
出来始めた剣ダコと潰れた真新しい豆を見遣ってから剣を握る。
じくりと染みるような痛みが両手を襲うが無理やりねじ伏せ振り始める。
(焦っても仕方ない。まだ始めたばっかりだろ・・・!)
まるで出口のない暗闇を走っているかのような不安感を振り払うように一心不乱に剣を振るう。
すると、剣はまるで応えるかのように自分中にあった不安感を振るごとに討ち払っていった。
やがて疲労で動けなくなった修練場に転がる。
「まだ先は見えないけど、存外何かをひたすら頑張るって悪くないのかもな・・・」
前世を含めて29年。
初めて感じるなんとも言えない満足感と立ちはだかる壁に存外悪くないなと呟きながら俺はこの日は少しだけ前より強くなったような気がした。
ーーーーーー
剣の鍛錬を初めてそれから一年。
体力もそこそこ付き、兵士達相手にもある程度打ち合えるようになってきた。
前世では運動音痴とは行かないまでも運動が苦手だった俺だが、今世では運動神経に恵まれ何より剣の才もまだ芽が出たばかりとはいえ恵まれたのも大きい。
「坊ちゃんはそこらの兵士なんかよりもよっぽど腕がありますよ」
師団長がそんな言葉をかけてくれるくらいには実力は付いてきた。
しかしまだ足りない。
そこらの兵士程度では駄目なのだ。
「やっぱり教えてもらえる人見つけた方がいいなぁ・・・」
「そうですね、坊ちゃんは筋がいいですし我流にしとくのは勿体無いですよ」
撃ち合っていた兵士が手を止めて俺の呟きに賛同する。
「うーん・・・でも加護が加護だから流派に入るしても難しいんですよね」
あれから加護の鍛錬をしているがほぼ進歩はない。
焦らないようにしているがやはり一年間なんの進展もなしというのは気持ち的に来るものがある。
「そうですねー。坊ちゃんの加護は特殊ですし、どこかの既存の流派に所属するよりかはそれこそ我流で剣王に上り詰めたような人に師事して貰った方がいいかもしれませんね」
剣には流派がある。
対人・対魔物など多岐多様な流派があるが共通している点は、ある程度似たような加護を扱えないとその流派の技が扱えないという点だ。
勿論『時属性』の加護など持っている人はおろか文献ですら出回っていない加護の流派なんてあるはずもなく、寄せる事も今の俺には難しい。
アドバイスをくれた兵士にお礼を言って、脇に移動する。
「自己流の剣王に師事してもらうかぁ・・・」
悪くはないと思う。
加護を含めて見様見真似ではあるが日本での剣道のかじった程度の知識や兵士達の動きを吸収した俺には、今更道場に入って末弟達と一緒に基礎の型を一から覚えこむより柔軟に考えられるような人物に実践的な知識を教えてもらったほうがタメになると思う。
そして何より時間がない。
剣王戦まであと4年。
まともにやっていては絶対に優勝なんか無理だ。
「だけどそんな人と人脈なんてあるわけないし・・・」
八方塞がりの状況に思わず仰向けに転がった。
夏に相応しいカラッとした熱気とともに降り注ぐ太陽に思わず目を細めた。
いつまで経ってもこの熱気と光は煩わしい。思わず顔を顰めそうになったが、鬱陶しい光が何かによって遮られた。
「なにやら息詰まっているみたいだな」
光を遮った何かから凛とした声がかけられた。
女性の声にしては高圧的な物言いと甘いような匂い。
間違えようもない俺の想い人だった。
「姉さん!」
憧れの姉の登場に身を跳ねあげるように起こしはち切れんばかりの笑顔を浮かべる。
俺の顔を見た姉さんは、相変わらずだなお前はと呆れながらもはにかんだ表情を作った。
(そんな姉さんの顔も、素敵です・・・!)
心の中のアルバムに新しい至高の一枚を保存した俺は、ホクホク顏で姉さんに向き直る。
因みに姉さんと呼ぶようになったのはあれからすぐの事。
こそばゆいから辞めてくれといった姉さんに少しばかりムラムラっと来てしまったのは秘密だ。
「それでそんなに悩んでどうしたんだ?お前がそんなに考え込んでいるなんて珍しいじゃないか」
「はい、ちょっと流派について考えていました」
「ふむ、流派か・・・」
顎に手を当てて頷く姉。
本当に何をやっても様になるその姿に少しばかり惚けたが、すぐに切り替え相談を続ける。
「はい、俺は加護が加護だけに良さそうな流派が見つからなくって・・・」
「まぁ、そうだろうな。私は『氷属性』だったからすぐ良い師に巡り会えたが、ロゼは似たような力を持つ相手を探すだけでも苦労するだろう」
姉がそういうなら本当に厳しそうだ。
かといって適当に選ぶわけもいかず、また暫くは我流で鍛錬を積むしかない。
内心諦めかけた時だった。
「・・・だが、いないわけではない」
「へ?」
「少し変わった奴だが、実力は確かだ。それに、あいつは発想が柔軟だからな。ロゼの加護についても色々といい案を出してくれるかもしれない」
ニヒルな笑みを浮かべる姉さん。
やっぱり姉さんは最高だ。
「今すぐにでも紹介できるが、どうする?」
俺はその提案に一も二もなく飛びついた。




