剣に誓って
まとまりきらず、かなり長めです
「姉・・・アネ・・・あね・・・」
俺はフィリア姉様から衝撃の返しをされた後、逃げるように書斎へと閉じこもっていた。
「はは・・・ははは・・・」
うわ言のように姉と繰り返し呟いては乾いた笑いを漏らす。
俺の様子を心配してか、何度か母様や父様、侍女などが様子を見に来たが、今は誰とも会いたくない。
恐らく、俺は今後姉以上の人と出会うことはないだろう。
目を瞑り、姉様の姿を浮かべる。
それだけで鼓動が速くなるのを感じた。
「・・・ははは、それが姉って・・・」
この世界での肉親との結婚はあまり推奨されていない。
前世ほど禁忌とされているわけでは無いが、前例が少なく、その前例も王家の血を拡散させないためや小さな村で男手が少なく、止む終えずという理由で婚姻を結ぶ。
つまりやむ終えない理由も無しに結婚はできない。
即ち俺が姉と結ばれる可能性は限りなくゼロに近いという事だ。
「あああああああ!」
情けないと思いつつも俺は涙が滲むのを止められなかった。
俺は生まれて初めて、いや前世も含めて感じたことがなかった喪失感に体を折り、声を上げて泣いた。
コンコン。
ドアが叩かれる音が響く。
扉に近づく足音からすると侍女か母様だろう。
こんな姿を見せるわけにもいかない。1人にしてほしいと震える声を必死に押さえつけ、ノックに応える。
しかし、扉の向こうから聞こえた声は思いもよらぬ相手だった。
「・・・少しいいだろうか」
聞いたのは先程一回きりだったが、忘れる筈も無い。
フィリアーー姉様のものだった。
俺は慌てて身だしなみを整え、慣れない『加護』を使い泣き腫らした目を元に戻す。
手早く窓に映る自身の顔を確認し、ぎこちなくも笑みを作れるか確認する。
(まるで恋する乙女だな・・・)
自身の行動に苦笑いを漏らしながらも扉を開く。
其処には心配そうな、困ったような表情を浮かべるフィリア姉様が立っていた。
「あー、なんだ。先ほどは済まなかったな」
どう言葉をかけていいのかわからないのか頬を掻きながらフィリア姉様は視線を泳がせる。
俺はその仕草に心臓が一つなるのを感じたが、平静を勤め、微笑みかけた。
「いえ、此方こそ急に変なこと言ってしまってすいませんでした、フィリア・・・姉様」
自身で言った姉様という言葉にズキンと心が痛む。
顔に出ていただろうか、フィリア姉様は眉尻を僅かに下げながら俺の頭を撫でた。
「無理して姉様などと呼ばなくても構わない。私も女扱いなど久しぶりにされてこそばゆいしな」
悪戯っぽい笑みを浮かべようとしているのか、ギラリと擬音がなりそうな笑みを浮かべる。
恐らく10人いたら9人がその獰猛な笑みを受けて怯むだろう。
そんな笑みだったが、俺は残りの1人だったらしく顔が熱くなるのを感じた。
「い、いえ、姉様は姉様ですし・・・」
自分で言ってて虚しくなるのを感じる。
そう、この女性には決して手は届かない。
どれだけ恋い焦がれようが実ることはないのだ。
目元が先程とは違う熱を帯びるのを感じる。
慌てて溢さぬよう力を込めるが遅かった。
俺の頬に冷たいものが流れる。
「わ、わ!違うんです。違う・・・」
最低だ。
俺は同情されたいのか。
俺はこの人を困らせたいのか。
早く止まれ、こんな事をしていたらこの人に嫌われるぞ。
頭で何度も止まれと思いながら必死に溢れる涙を手で拭うが、決壊した涙腺は俺の気持ちを反映するかのように拭った側から溢れる。
「ご、ごべんなざい。嫌いに・・・嫌いにならないで・・・」
我ながら本当に最低だ。
俺は自分の浅ましさに心の中で悪態を吐く。
中身はともかく見た目は8歳。
そんな子供に泣きながらそんな事を言われたら嫌いになれるはずも無い。
そんな自分が惨めで、悔しくて更には俺はボロボロと涙を流した。
どれほど泣いていただろう。
泣いている間ずっとフィリア姉様は俺の頭を撫で続けてくれた。
落ち着いた頃を見計らい、フィリア姉様は口を開いた。
「私もこういう時どんな言葉を返せばいいのかわからないのだが・・・」
それはそうだろう。
初対面の弟に急に求婚され、こんな風に泣かれたら誰だって戸惑う。
自分で言ってて情けなくなり、再び目熱を帯び始める。
俺が再び泣きそうに感じたのか、フィリア姉様は慌てて言葉を紡いだ。
「いや、まて泣くな!き、求婚は嬉しかったぞ。私はこの通り男勝りでな・・・。そういった話は全くなくて、な。はぁ・・私は小さい子供に何を言っているのだ・・・」
ガシガシと頭を書きながらフィリア姉様はため息をつく。
フィリア姉様が求婚されるのが初めて?嘘だ・・・。
まるで抜き身の刀のような美を感じさせる女性が人気が出ない筈がない。
「い、いや、婦女子には人気はあるのだぞ!?あぁ言ってて虚しくなるな・・・。ともかく男性にそういった言葉を掛けられたのは初めて嬉しかった。それは本心だ」
困ったような、それでいて優しげな青い瞳が俺を射る。
・・・やめてくれ。そんな言葉を投げかけられたら諦められなくなってしまう。
「しかし私達は兄弟だ。法で認められているといっても難しいだろう」
そう、それが当たり前。
これ以上気持ちが大きくなる前に離れるべきだ。
涙が枯れたお陰か、今度は涙を堪えられた。
「・・・わかっています、姉様」
自身に言い聞かせるように、紡いだ言葉。
これで俺の初恋は終わりだ。
あとは今まで通りの生活に戻るだけ・・・。
「あぁ。ロゼは顔もいいし、きっと素敵な相手と出会えるはずさ。私と違ってな!」
胸を張ってそういう姉に思わず自然と笑みが溢れる。
「はは、姉様は誰よりも綺麗ですよ。そんな姉様と添い遂げたい相手なんて山ほどいるでしょう」
決別の意味でそう言ったつもりだった。
じくり胸が痛むのも時間が経てば癒してくれる筈だ。
この人との関係は姉と弟。
それはこれからもこの先もずっと続く。
そう願って放った言葉だった。
「ははは、一生独身だよ私は」
「なんでですか?縁談の話が来てもその・・・おかしくないでしょう?」
そう可笑しくない筈だ。
男尊女卑がないこの世界では女性の当主というものは普通に存在する。
姉も次期当主として、既にある程度の教育を受けておりこのまま行けば下位の貴族から婿を娶るはずだ。
しかも姉は今年で18。いつ縁談の話が来てもおかしくは無い。
「まぁそうなんだがな・・・実は先の武王選抜戦で優勝してな・・・」
『武王選抜戦』とは、国を挙げての武術大会だ。
文字通りの意味で武の頂点を決める戦いであり、本選に出るだけでも、名誉やことと、されている。
大会は5年に一度行われ、優勝者には王を冠する称号と共に名誉と王に望みを一つ叶えてもらう権利が与えられるのだ。
「凄いじゃないですか!おめでとうございます!」
『武王』の称号はそれだけで一種の権力になる。
それを求める為に人生を全て武につぎ込むのはよくある話で、その称号に僅か18歳にして届くというのは偉業と言っていいものだ。
姉の偉業に俺は素直に感嘆した。
「ありがとう。それでこんななりでも私は女だし貴族だからな。面倒くさい縁談が舞い込むのも嫌だったから王にこう言ったんだ。私の伴侶は剣王以上の実力を持つ剣を扱うものにしてくれと」
悪戯っぽい笑みを浮かべてそういう姉。
『武王』以上の実力を持つ剣士。
「つまりそれってーー・・・」
「あぁ、歴史上3人しかいない『剣神』を婿にくれと言ったんだ。いい男避けだろう?」
『剣神』。それは、武王の中でも、主に剣を使い国の頂点に位置し、五年に一度誕生する『武王』の中でも飛び抜けた存在である。
過去に存在した『剣神』達の技や能力は3人ともそれぞれだが其々が一人で古龍を倒す実力があり、剣一つで一国の軍を滅ぼすのも容易いと呼ばれる存在。
いわばお伽話にでてくるようないわば伝説だ。
その境地まで辿り着く人間などこの時代にいるわけもなく、そんな存在としか結婚しないという姉はもはや生涯独身と言っていいだろう。
だがその話に俺は天啓を授けられたような光を見出した。
「姉様・・・。『剣神』にたどり着けば誰とでも結婚するんですか?」
「・・・ん?あぁ。まぁ冗談半分だったがな、もしたどり着く人間がいるなら添い遂げてもいいと思うが?」
「・・・それは弟であってもですか?」
俺の言葉に一瞬固まる姉様。
わずかな沈黙の後、無愛想な顔が今日一番の花を咲かせだ。
「ぷっ、くはは!あぁ、勿論だとも!弟であっても、だ」
「・・・わかりました」
俺は涙でぐしゃぐしゃになった顔を裾で乱暴に拭き、姉を真っ直ぐ見る。
「姉樣。僕、いや、俺は5年後『武王』に必ずなります」
子供の戯言だとおもっているのか青い瞳から何も伝わってこなかったが今はそれでいい。
きっと、無理なのかもしれないし、『剣神』どころか『武王ですら至れないかもしれない。
それでも、諦めなくていい道があるならその道を歩むべきだ。
「いずれ御伽噺の英雄のように古龍を倒し、軍をも凌ぐ剣の使い手に必ずなりましょう」
俺の生きる意味を見いだしてくれた彼女と
「そして必ずや『剣神』へと至ります」
今は未熟な我が剣誓おう。
「我が初恋に誓って」




