4.
「いやいや、意味わかんないし。なに、私これからずっと変な黒服に、サングラスの人達に監視され続けるってこと?」
「黒服にサングラス?」
「アレでしょ? こう光る棒でピカーッとやって記憶消すやつみたいな」
現実でもああいう連中がいるとは思わなかった。ましてやこの平和ボケした日本で。
「何を言っているのか分からないけど、俺が佐藤さんを監視するんだよ」
「え、そうなんだ……」
なんとなくガッカリして言うと、田中くんは怪訝そうな顔をした。やっぱり日本は平和だった。いや、少なくとも、現在進行形で私だけは危機に瀕しているけど。
「とにかく、君が俺のことを口外しないという確信が持てるまで、申し訳ないけど監視させてもらうよ」
「監視って……私の家とかも見られるってこと?」
「そうだね。君がご家族に話さないかも、見ていないといけないし」
話したところで、そうそう信じてもらえるとは思えないのだが。だけど田中くんは私のことを信用していないようで、何を言っても無駄のような気がした。
「でも私の生活を監視するってことは、私がトイレに行ったりお風呂に入ったりするのも、見られるってこと? それってちょっと……」
キモい、と言いかけて私は黙った。下手に宇宙人を刺激して、せっかく命拾いしそうなところをわざわざ危険に晒す必要はないのだと思い至ったからだ。
だが田中くんは私の言葉に怒るどころか、ハッと顔を強張らせたかと思うと、首筋まで真っ赤にさせて言い募った。
「い、いや、そこまではしないよ! そんなの見なくても音を感知すればいいだけで――」
そこまで言って、さらに田中くんは焦った。
「……盗聴?」
思わず言ってしまった。見られるのは嫌だけど、音だけ聞かれるのも気持ち悪い。まるで変質者じゃないか。
「ちっ、ちがっ! 違うよ! いや、違うことはないんだけど、でも変な意味はなくて!」
なにこの宇宙人キモい、という私の表情を察したのだろうか、田中くんはグネグネと銀色のタコ足を蠢かせて言い訳をしている。キモさが倍増である。
「わ、わかった! 君のごく私的な部分は、監視しないことにするよ。それでいいよね?」
いいと言われても、実際その保証はないわけで。だけどこれ以上無駄に話しを長引かせて、考えを変えられるのも嫌だったので、私は無言で頷いた。
田中くんはホッとしたように息を吐いていた。
「じゃ、話しはこれで終わりだよね? 私、もう帰りたいんだけど」
お伺いを立てると、田中くんは気を取り直すように、わざとらしく咳払いをした。
「そうだね。あ、でも一人じゃ危なくないかな。もう真っ暗だし、送るよ」
今度は私がぎょっとした。
「いやいや、いいよ! 私の家近いし、田中くんもまだ色々あるだろうし」
そう言って彼の背後に転がる宇宙人の死体(だと思われるもの)を見遣りながら言うと、田中くんはなんでもないといった風に笑った。
「大丈夫だよ。コレは管理局の人達が片付けてくれるからさ」
人ではないとはいえ、宇宙人を殺害しておきながら何が大丈夫なのか、田中くんは整った顔に爽やかな笑みを浮かべたのだった。
「あー……いや、でもやっぱりいいよ。私の弟がさっき迎えにくるって連絡してきたし」
真っ赤な嘘である。だがこんな宇宙人と一緒に帰るほうが、よほど危ないことに思えたのだ。
「そっか。それじゃあ仕方ないよね。じゃ、気をつけて帰ってね、佐藤さん」
残念そうに言う田中くんとは違い、私は安堵の息を漏らした。
「うん、じゃ田中くんバイバイ」
「さようなら」
ゆるやかに手を振る田中くんに私も手を振り返し、私はようやく屋上から去ることができたのだった。
校門を出て家路へと急いでいると、不意に前方の暗がりから声を掛けられた。
「おい!」
心臓が口から飛び出るかと思った。まさか思い直した田中くんが、私を殺すために追いかけて来たのかと思ったのだ。
だが暗がりから街灯の下へと現れたのは、見慣れた我が弟の顔だった。
「な、なんだ……たーくんか」
私が気の抜けた声で言うと、大輝はムスッと顔をしかめた。
「なんだじゃねーよブス! 今何時だと思ってんだよ。母さんメチャクチャ怒ってんぞ」
「あ、そっか……そうだった」
宇宙人とのやり取りで忘れていたが、母親からの怒りの電話が無数にスマホに来ていたのを思い出した。
「おい……なんかあったのか?」
大輝が怪訝な顔で尋ねてくる。
「いや、別に」
そう答えた瞬間、なぜか大輝の顔が上へと伸びていく。
「お、おい!」
大輝が常に無い焦り具合で私に駆け寄ってくる。何事かとびっくりしていると、大輝が私の両腕を掴んで支えていた。
「なんだよ、どっか具合でも悪ぃのか?」
言われて初めて、私は自分が地面にへたり込んでいることに気が付いた。急いで立ち上がろうとしたけれど、なぜか力が入らなくて立ち上がれない。まるで足の骨が抜き取られたかのように、ふにゃふにゃとした感触がした。
私が立ち上がれないことに気付いたのか、大輝が顔をしかめながらこれ見よがしに溜息を吐いた。
「ったく、ほら、来いよ」
そう言って大輝が私に背を向けてしゃがんだ。一体なにをしているんだコイツはと、ぼうっとしていると、大輝が怒鳴ってきた。
「早くしろよ! 誰かに見られたら恥ぃだろうが!」
あぁ、なるほど、おぶってくれるのか。滅多にない大輝の気遣いに、私は遠慮無く甘えることにした。
「うぉ、重っ」
失礼な呟きを無視し、私は黙って大輝の背に乗った。
「つーか、なんでこんな時間まで学校にいたんだよ。お前部活もなんもやってねぇだろ」
若干ふらつきながらも、夜道を私を背負って歩く大輝が聞いてきた。
「あー……なんていうか、居眠りしてたら、こんな時間になってたっていうか」
田中くんのことなど言えるはずもなく、私は半分だけ事実を言った。
「またかよ! お前、この前もそれで遅れて帰ってきて、母さんに怒られてたじゃねーか」
ぐちぐちと母親並みの小言を言う大輝の言葉を聞き流しつつ、私は安堵感に包まれていた。
自分では何も感じていないかのように思っていたが、大きな勘違いだった。だって大輝の顔を見た瞬間に力が抜けて、歩けなくなるほど私は張り詰めていたのだ。普段から周りに大雑把な性格だの、いい加減だの言われていたから、私もそうだと思っていた。だけど案外、私にもデリケートな部分があったのだと、一人で感心していた。
それにしても、これからどうすれば良いのだろう。
宇宙人から監視されることの重大さが、いまいち理解できないでいた。そもそも、屋上で目撃した出来事は、幻覚かなにかだったのでは、と思ってしまうほどの非現実さだった。
だけどそれを打ち消すように、大輝がふと言ったのだ。
「ん? なんだお前、靴に蛍光塗料ついてんじゃん」
血の気が引いた。そっと足を前に上げると、靴の先が暗がりの中で、ぼんやりと紫色に光っていたのだ。
「ちょ、急に足あげんな! 落ちんぞ!」
大輝の文句も耳に入ってこない。あぁ、やっぱり夢じゃなかったのか。
やり切れない思いを抱えながら、私はそっと夜空を見上げたのだった。




