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19.



 あの後、田中くんはマンションらしき建物の上に着地すると、グレーのスーツ姿のおじさんがそこに居た。私が警戒していると、田中くんはおじさんと一言二言挨拶を交わし、おじさんが持っていた紙袋を受け取った。そしてそれを私に渡してくるから中身を確認すると、なぜか私の高校の女子生徒用の制服が入っていた。おじさんは何も言わずにすぐに屋上からいなくなると、田中くんに着替えるように促された。流されるまま着替えようとしたとき、私を凝視したままの田中くんと目が合い、羽織っていた彼のジャケットを投げつけたついでにローキックをお見舞いしておいた。

 結局私はその日登校することはなく、家まで田中くんに送り届けられると、母親が何を勘違いしたのか「沙羽にイケメンの彼氏ができた! お祖父ちゃん! お祖父ちゃんちょっと来て!」と大騒ぎされ、お祖父ちゃんはなぜか田中くんに手を合わせて拝んでいたし、飼い猫のクルミは田中くんの足に何度も猫パンチを食らわせていた。

 私の具合が悪そうだったから送り届けたと、田中くんがいつもの嘘八百を並べると、なぜかお母さんはそれを無条件で信じ込んだ。おかしい、私が言ったら絶対疑うはずなのに。

 ようやく騒動から解放され、自室でぐったりしていると、飼い猫のクルミが部屋の入り口で私をじっと観察するように見つめていた。やはり猫には私の中にある何かが感じ取れるのかもしれない。

 だけどそのまま夕飯まで寝て起きて、食卓を家族で囲む頃にはいつも通りにクルミが体を寄せてきたし、お母さんがお父さんや大輝に田中くんのことを誇張しまくって吹聴した以外は、いたっていつも通りの夕飯だった。

 夜、お風呂から上がってようやく一息ついていると、今日起こったことがまるで夢の中の出来事のように感じられ、布団の中に潜り込んで微睡むころには、あれは質の悪い夢だったのだと思って眠りについた。




 翌朝は、じつに爽快な目覚めだった。寝汚い私が母親に叩き起こされる前に目覚めたので、家族全員にまだどこか具合がわるいのかと心配されたほどだった。なんて失礼な。

 そしてご機嫌のまま家を出て学校へ着くと、私の靴箱の前にスラリとした長身の男子生徒を見た途端、夢うつつだった意識が一気に現実へと引き戻されたのだった。あぁ、やっぱり夢じゃなかった。

「おはよう、佐藤さん。もう体調は大丈夫?」

 白々しく田中くんが聞いてくる。

「お陰様で、すこぶる快調だよ」

「それは良かった。俺心配してたんだよ、あの後いろいろと管理局の人に事情聞かれてさ。本当は全部見てたくせに、彼らは本当に食えないよねぇ」

「やめて! 朝からそんな話ししないで!」

 慌てて辺りを見回すが、他の生徒は遠巻きに田中くんを見るだけで、会話までは気にしていないようだった。

「佐藤さんって、いつもいい加減なのに、俺の話しになると途端に神経質になるよね」

「前半が聞き捨てならないけど、まぁ、仕方ないでしょ。あんなのがあって、ビビるなって方が無理だし」

「そういうものなの?」

「そういうもんだね」

 靴を履き替えて教室へと向かう途中、何人もの生徒たちの視線を浴びたけど、もう私はそのいずれにも反応することはなかった。だって、昨日の出来事に比べれば、凄くちっぽけな事のように思えたからだ。単に悪意に慣れただけとも言えるけど。

 教室前で田中くんと別れ、私は教室の中をぐるりと見渡す。よかった、伊集院さんはまだ来ていないみたいだ。

「おはよう、沙羽。なに、今日はすごく早いじゃん! 昨日、具合悪くて来なかったでしょ? まだ体調悪いの?」

「はよー由里子。ていうか、私が早起きしただけで、なんでみんな本気で私の体調を心配するわけ? 失礼な」

「仕方ないじゃん。沙羽って寝ることに関しては、すごく意地汚いし」

「誰が意地汚いだ、このー!」

「あははっ、やめてよ、くすぐったい!」

 私と由里子がじゃれあっている内に、先生がやってきてざわつく教室内を一喝した。

「静かにしろ! 今日はみんなに知らせることがある。伊集院さんが、家庭の事情で急遽転校することになった」

 教室内がいっきにざわついた。特に男子たちは悲壮感溢れる雄叫びをあげていた。

 だけど私だけは、心臓がバクバクと痛いほど鼓動しているのを感じていた。これって、どう考えても昨日の影響だよね?

 騒がしい教室の中で、私は昼休みに田中くんに詳しく話を聞こうと決心していた。




「あぁ、彼女たちなら、管理局預かりになってるよ」

 イチゴジュースを飲みながら、田中くんが当たり前のような口調で言った。

 今日も今日とて、田中くん信者の女子達をなんとか撒いた後、私たちは再びあの屋上にいた。今日はここで昼食を摂っているのだ。

「本当なら地球外退去させたいところなんだろうけど、いろいろ事情があるみたいでさ。まぁ、あれだけやったんだし、次に変な気を起こしたら、俺じゃなくて管理局が黙っちゃいないだろうね」

 だから心配しなくても大丈夫だよと微笑む田中くんを見て、なにが大丈夫なんだと突っ込みたくなったが、私にもう直接害が及ばないなら、割りとどうでもいいと思ってしまう辺り、私も田中くんに影響され始めているのだろうか。

「ところでさ……伊集院さんたちが言ってた、田中くんのコアって……なに?」

 先程から煩く心臓が胸を叩く音を感じつつ、私はお弁当の唐揚げを摘みながら言った。

「どうして急に知る気になったの?」

 隣に座る田中くんを見ると、彼は探るような視線で私を見ていた。その視線に少し腹が立ったけど、私は努めて平静さを装って言った。

「何も知らずに死ぬよりも、知ってて死ぬ方がマシ。いや、死ぬ気はないんだけどさ」

 何も知らずにこれ以上振り回されるのも癪だ。全部を知りたいとは未だに思わないけど、私の身に危険が及びそうな情報は知っておきたい。知らずに死ぬのは嫌だ。

「マシか……あんな目にあって、そういう風に言える佐藤さんって、普通じゃないよね」

「誰のせいよ! 誰の!」

「ははっ、ごめんごめん。そうだなぁ、端的にいうと、コアとは俺の心臓みたいなものかな」

「なんとなく、そんな気はしてたけど、どうして田中くんの心臓を他の宇宙人が狙ってるわけ? いや、心臓が無くなったら大変なのは分かるんだけど、そんなに田中くんの心臓って凄いものなの?」

「そりゃあ凄い価値はあるだろうね。なんせ俺のコアは、永久にエネルギーを放出し続けることができるし、この地球を短時間で一億回くらい吹き飛ばせるだけのエネルギー量を持ってるからね」

「ぶふーっ」

 田中くんのせいで口の中にあったご飯が噴出する。

「どうしたの、佐藤さん。あ、ご飯粒がついてる」

 私の口元を親指で拭い、ぺろりと自分の口に米粒を放り込む田中くんに、鳥肌を立てつつも、私は水筒からお茶を飲み干してようやく息を整えた。

「聞くんじゃなかった……そんな情報、私には抱えきれない」

 道理で伊集院さんたちが必死になるはずだ。そしてそんな恐ろしい物を体内に秘めている田中くんが、ボケっとイチゴジュースを啜りながら私の隣に座っている現実に頭が痛んだ。

「でも心配しなくていいよ。今度もし昨日みたいな事があっても、次は直ぐに駆けつけるから」

「信用出来ない。ていうか、ああいう事態になる前に、そっちでなんとか処理しなよ」

「うん、それもそうなんだけど……あのさ、佐藤さん」

 チラリと田中くんを見ると、なぜかイチゴジュースのパックを親の敵のように睨みつけていた。

「なに、そんなにイチゴジュース好きなの?」

「え? いや、そうじゃなくて、あの……俺が昨日酷いこと言ったの、どうして怒らないの?」

 気まずそうに視線を彷徨わせる田中くんに、私は昨日カエル男に首を絞められながら、田中くんに暴言を吐かれたことを思い出した。

「今でも怒ってると言いたいところだけど、ぶっちゃけ疲れるから、あんまり怒りたくないんだよね」

 弟と喧嘩をしても、だいたい私が直ぐに折れる。そして適当にあしらって、だいたい大輝が怒り続けるのだ。

「じゃあさ、その後……なんで俺を庇ったの」

 思いつめたように言われて私は驚いた。なに、あれって庇っちゃいけない場面だったの?

「なんでって言われてもなぁ。思わず体が動いちゃったというか、そもそも田中くんも油断しすぎ! 敵を倒した後は意識がないか確認するのが鉄則でしょ。伊集院さんの相手が大変だったのは分かるけど、余裕かましてやられるとか、恥ずかしすぎじゃん」

 ぷーくすくす、とわざとらしく声に出して言ってやると、なぜか田中くんがへにゃりと眉尻を下げた。

「あ、あの佐藤さん!」

「うわっ、な、なにさ!」

 突如私の肩を掴んできた田中くんに、持っていた箸を落としそうになる。

 田中くんの形の良い大きめの瞳が、私をじっと見下ろしている。

「なに? あ、唐揚げならあげないからね」

「佐藤さん!」

「だから何さ。手、離してよ、お弁当食べれないじゃん」

「佐藤さん!」

「うるさい!」

 目の前で叫ぶなよ、耳が痛いわ。

「あ、あの、俺、俺は佐藤さん……」

 動ける範囲で箸を操りつつ、だし巻き卵を口に放り込む。今日も出汁の味がよくきいていて美味しいですお母さん。

「だから、なにって……」

「佐藤さん! 俺は佐藤さんのことが(ピーッ)! (ピーッ)しまいました! 生まれて(ピーッ)初めての(ピーッ)で、どうしたらいいのか(ピーッ)るけど、でもこのコアが(ピーッ)るような(ピーッ)な感覚は、きっと地球人でいう(ピーッ)ものだと思うんだ! だって俺が読んでた(ピーッ)そう(ピーッ)あったし! 俺はたしかに君に(ピーッ)を沢山(ピーッ)けど、これからは君を(ピーッ)に(ピーッ)と(ピーッ)、だから俺と(ピーーーーーーッ)、佐藤さん!」

 田中くんが顔を紅潮させながら、いっきにまくし立てた。だけど言葉の最中に、まるで放送禁止の時に流れる音のような、甲高い音が発せられたせいで、田中くんが何を言っているのかさっぱり分からなかった。

「とりあえず、何を言ってるのか分かんないだけど」

 昨夜の晩御飯の残りである、南瓜の煮物を咀嚼しつつ言うと、田中くんがはっと我に返ったかのような顔をした。

「ご、ごめん、興奮するとつい故郷の言葉がでてきちゃって」

 ピー音が故郷の言葉って、ハイレベルすぎて地球人にはコミュニケーション取れないよ田中くん。

 誤魔化すように田中くんが何度か咳払いすると、私の肩を握りしめたままだった手に力を入れた。痛い、見た目によらず馬鹿力過ぎて痛いんだけど。

「佐藤さん、俺と付きあおう」

「嫌だ」

「即答!」

 田中くんの腕を振り払い、私はお弁当の残りを制覇しにかかった。

「俺、本気なんだ佐藤さん。こんなのは、生まれて初めてなんだ」

「そうか、そりゃ大変だ。でも嫌」

「どうして? 俺って地球人から見たら、イケメンってやつだよね?」

「その姿はね。でも本当の田中くんは、全身つるっぱげの三本足ののっぺらぼうモドキじゃん」

「でも昨日、あの姿の俺をカッコイイって……」

「い、言ってないし! ちょっと痛みで頭がおかしくなってただけだし! つか、ほらもう昼休み終わるよ」

「言ってたよ! あ、もしかして、あの姿で告白した方が良かったのかな?」

「違う! うわぁ、だめだめ、こんな所で変身するな! 誰かに見られたらどうすんのさ!」

「じゃあ、俺と付き合ってくれるよね」

「何だよその謎理論! 嫌だって言ってんでしょ!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぎつつ、私は必死な田中くんを見て一つ気付いてしまった。

 とんでもない力を秘めた田中くんのコア。異星人が必死になって奪い取ろうとする、恐るべきコア。でもその在処を誰も知らない。そう、知らないはずだった。

 こんなに分かりやすくて、よくばれなかったな今まで――私を必死に説き伏せようとしている田中くん。その彼の胸元から桃色の光る何かが、喉を通って顔の方へと移動していく。そしてその桃色の何かは頬を通り過ぎ、ついには彼の瞳へとたどり着く。

「ぷっ」

「え、なに?」

 思わず吹いてしまった。だって、今の田中くんの瞳には、漫画の恋する乙女みたいに、可愛らしい光るピンクのハートが浮かび上がっていたのだ。

 私が必死に笑いを堪えていると、可愛いピンクのハートは再び瞳から頬へ、今度は頭の後ろへと移動していく。なるほど、動き回る心臓なんて、そうそう見つけられないよね。

 私は田中くんを押しのけ、お弁当を包みに入れて立ち上がった。

「佐藤さん、俺本気だから!」

「はいはい」

 こうして、私は図らずも知ってしまったのだ。

 とんでもない力を秘めた、可愛らしいピンク色の、宇宙の謎を!




最後までお読みいただきありがとうございました。

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