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17.



「攻撃態勢を解きなさい。この娘がどうなってもいいのですか?」

 私の首を絞めるのは、カエル男のあの毒々しいピンク色の細長い舌だった。

「ど、して……あそこに、いるのに?」

 息苦しさに悶つつ、彼が先ほどまで転がっていた地面を見ると、彼と全く同じ姿のカエル頭の宇宙人がそこにいた。

「はっはー! よくやったぞエックス! 田中、愚かなのはどちらだ? ん?」

 苦しそうに、だけど勝ち誇ったように伊集院さんが言った。田中くんは無言のまま、タコ足に纏わせていた針を元に戻した。

「まだアルギー星人がいたのか……」

「そうだ、お前が人形と称するヤツらにも良い所はあるぞ? 頭の中身は低俗な獣と同じだが、こうして短い間なら擬態して身代わりにさせることくらいはできるからなぁ」

 鋭く尖ったつま先で、伊集院さんは地面に転がったままのカエル頭を蹴飛ばした。ボールのように跳ねた彼の体が、また先程のように泡だったかと思ったら、小さく収縮していった。その姿は、彼から離れた位置で息絶えている、あの宇宙人と全く同じ姿だった。

「田中、貴様のコアを寄越せ」

 伊集院さんが田中くんに近づく。田中くんは私の方を振り返ると、少しだけ困ったような顔で笑った。

「残念だけど、それは無理だよ。君たちのような者に、この力は扱いきれないからね」

「……そうか、渡す気はないと言うのか。ならば、あの小娘にコアの場所を吐いてもらおうか」

 伊集院さんがこちらを向いた途端、カエル男の舌が首から更に伸び、私の胸に触れる。何をするつもりなのかと混乱していると、なぜか制服の胸のあたりが煙を上げて溶けていく。

「うぃ! あ、これ、なに……!」

 慌てて身を捩っても、首に絡まる舌が余計にきつく絞まるだけだった。その間も制服は溶かされ、下着が見えてしまっている。

「小娘、さきほどの続きを始めようじゃないか。さあ、もう一度聞くぞ。田中のコアはどこにある」

「知らない……私、知らな……いたぁっ」

 痛い、なにこれめちゃくちゃ痛い! 胸の辺りが燃えるように熱くて痛い!

「知っているだろう。コアはどこにあるんだ」

「だから、知らないって……いたーっ!」

 痛さに気が狂いそうになる。どうしよう、私こんな拷問まがいなことされながら死ぬなんて嫌だ。

「た、なかく……」

 田中くんに情けなく縋るのも悔しかったけど、もう彼しか頼りはいなかったのだ。だから必死に田中くんに助けを求めた。なのに――

「彼女は本当に何も知らないし、別にどうなろうと関係ないよ」

 私を空っぽの表情で見ながら、感情の篭もらない声で田中くんは言う。

「元々、彼女に近づいたのも、俺のこの姿を見られたって理由だけだったしね。それに地球人の生態にも興味があったから、ちょうど良いかなって思っただけだから」

 口元をいびつに歪めて田中くんは言い切った。このタコ足野郎は、言い切ったのだ。

「そもそも俺が彼女に、自分の大事な秘密を打ち明けるとでも? はっ、あり得ないね。君たちクラフシュ星人よりも更に矮小で脆弱な存在に、そんな重大な話しをするとでも思っているの?」

 田中くんは呆れたように肩をすくめた。

「だから彼女に何をされても、俺には関係ないから」

 そう言ってタコ足をゆっくりと広げる田中くんに、伊集院さんは慌てて距離を取った。

「……んな」

 私が声を上げると、拘束するカエル男の舌の動きが止まる。

 頭がジリジリと痺れるし、胸の痛みは余計に酷くなるし、首をさらに絞めつけられて息するのもままならない。だけどそんなこと知った事か。本当に頭にきた。私にしては我慢したほうだと思う。

「ふっざけんな、このタコ野郎! あん、った……あんたのせいで、私がどれだけ、ぐぅっ……大変な目に会ったと思ってんのさ! 毎日毎日ぃ……見ず知らずの女の子にっ、ゲホッ! 田中くんと付き合うのは止めろだの、ブスのくせに調子乗るなとか、散々こき下ろされて! せっかくの居眠りも、クラスの子にチクられて邪魔されてぇ! そのくせあんたは何もせずに、ただ面白がるだけだし……マジでふざけんな! アンタなんか、ただのタコ足の宇宙人のくせに! 漫画で間違った知識を女子に披露してるだけの、キモい宇宙人のくせに! マジでムカつく! 私の平穏を返せ! 私のおかずの唐揚げも返せぇ! ぐぇぼっほッ!」

 言うだけ言うと、ひたすら暴れまくってやった。カエル男は私の突然の反撃に驚いたのか、焦ったように言った。

「き、貴様、死にたいのか!」

「誰が、死ぬもんかぁ! ぐぅううおおお」

 カエル男を唯一自由になる足で蹴りつける。慌てて私を抑えこむカエル男だったが、私も意地になって大暴れした。

「エックス! なにをしている、その小娘を……くっ!」

 田中くんの無数の針が容赦なく伊集院さんに襲いかかる。それを必死に避けている間に、別のタコ足の針が今度は私の方目掛けて飛んできた。

「って、なんでよー! バカー!」

 カエル男ごと私を葬り去るつもりか、この最低タコ足野郎めと、心のなかで延々と呪詛を吐き続けながら、私は来るべき痛みに備えて目をきつく瞑った。

「グェッ」

 なぜか私の後ろにいるカエル男の引き攣れた声が聞こえて、恐る恐る片目だけ開けると、私の体のどこにも穴は空いておらず――胸はカエルのせいでボロボロだったが――不審に思って後ろを振り返ると、カエル男の肩越しに無数の針が彼の背中に突き刺さっているのが見えてしまった。

「ひぃい!」

 首筋に巻き付いていたカエル男の舌の力が緩まって、私は足を縺れさせながらなんとか身を捩って逃れることができた。

「くぅ、くそぅ、なん、でっ……私がこんな……痛いぃ」

「大丈夫、佐藤さん?」

 田中くんのタコ足から針が一本飛び出ると、私の方へとまた飛んでくる。

「ちょっと! 何すんのさ!」

「動かないで、今拘束を解いてあげるから」

 言われて私はグッと我慢して動かずに居た。細い針が私の目の前で止まったかと思えば、急に方向転換をして私の後ろへと飛んで行く。そのままプチプチと軽快な音を立てて私の拘束を解くと、針はまた田中くんのタコ足へと戻っていった。

 ようやく腕を開放され、私はぎこちなく肩を回した。肩の関節が痛すぎてまた泣けそう。恨みを込めて田中くんを睨みつけると、彼の背後に伊集院さんが翼で自分の身を守るようにして近づいていた。

「田中くん、後ろ!」

 私が注意するよりも早く、田中くんのタコ足が伊集院さんの体に絡みつく。最悪なのは、その足のどれもに無数の尖った針が突き出ていることだった。それがまるで、拷問器具のような様相を呈していた。

「クラフシュ星人の翼膜の硬さにはうんざりするよ。それにその何でも噛み砕いちゃう歯もね」

 田中くんが言っている側から、伊集院さんの鋭いサメの歯が針ごと足を噛み砕いていく。だけど田中くんのタコ足は血なんて流れてこなくて、表面の銀色と同じようなものが蠢きながら再生するだけだった。

「君の命を奪うことはしないで管理局に引き渡すつもりだったけど、ここまでされちゃあ俺も黙っていられない。彼らもその辺は分かってくれると思うよ」

「おのれ、おのれぇ! コアを寄越せ、コアァアアア!」

 狂ったように田中くんの足を噛み砕いていく伊集院さん、そしてそれを無表情で見ている田中くん。異様な光景に言葉も出なかった。

 その時、背後でペチャリと音がして、慌てて振り返ると、カエル男の舌が地面を這いずりながら田中くんへと近づいている。舌はコンクリートの地面や剥き出しの土をクリームのように溶かしながら、無情に突き進んでいく。

 あぁ、宇宙人ってなんて馬鹿なんだろう。力を持ちすぎているせいで、慢心でもしているんじゃないのかな。敵を倒したら、まずは倒したかどうかの確認でしょ。ほら、映画でもよくそれを怠って、反撃されるパターンが多いじゃないか。こんな風に。

「あぁっ! もうっ!」

 なんでこんな馬鹿なタコ足宇宙人を庇わなくちゃいけないんだろう。そう思うと同時に、脇腹に激痛が走った。

「あぁぁぁ!」

「佐藤さん!」

 田中くんの焦った声が聞こえる。私は脇腹を貫通した舌を掴み取り、意地でも離さなかった。

「佐藤さん! なにしてるんだよ!」

「う、るさい……このタコ足」

 両手が焼けつくように痛い。自分の体から、焦げ付くような嫌な臭いがしてくる。

「田中ぁあああ!」

「くそっ」

 背後で伊集院さんの雄叫びが聞こえた。振り返ると、田中くんの肩から腕にかけて、伊集院さんの鋭い歯が食い込んでいた。

「佐藤さん、前も言ったけど、俺の本当の姿はこの姿じゃないんだ」

 少しだけ顔を歪めながら田中くんが言う。

「俺の本当の姿を見ても、嫌いにならないでくれる?」

 阿呆なことを宇宙人がぬかすものだから、朦朧とした意識の中で私は皮肉っぽく笑った。

「そ、もそも……好きになった、こと、ないし」

 私がそう言うと、何故か田中くんは嬉しそうに微笑んだのだった。




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