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15.



「――きろ、起きろ!」

 パンッという小気味良い音と同時に、頭に衝撃が伝わった。

「った……」

 痛い。頬がめちゃくちゃ痛い。昨日といい今日といい、どうしてみんな優しく起こしてくれないんだろう。

 恨みがましく目を開けると、視界がぼんやりと滲んでいた。

「おい、この小娘にどれだけ流し込んだ。死んだら元も子もないではないか」

「大丈夫です。致死性ではありません。ただ地球人には、少し強いだけです」

 なんだこの不穏な会話は。ぼやける視界で必死に目を凝らすと、ぼんやりと人の姿をしたものが二つ見えた。

「あ……だ、れ?」

 二人が会話をやめて、私を見る気配がした。

「ようやく目覚めたか、佐藤沙羽」

 誰かが私に近づく気配がした。慌てて身動ぎした途端、今朝感じた筋肉痛の痛みを感じて呻き声が上がる。そして何故か両腕が後手に縛られ、地べたに座らされていた。

「うぅ、ここどこ? 頭いたっ……」

 さきほど叩かれた以上の痛みを感じる。必死にまばたきを繰り返して、私は辺りを見回した。するとそこは薄暗い工場のような場所だった。錆びた機械や鉄やガラスの破片などが、あちこちに転がっている。コンクリートの地面はひび割れ、ところどころ土が剥き出しになっていた。

 上を見上げると、割れた電球に穴だらけの天井が見えた。そこから太陽の光が鈍く差し込んでいる。

「佐藤沙羽」

 低い声で呼びかけられ、ビクリと肩を震わせた。視線を下ろすと、そこに見知った顔がいた。

「伊集院さん……?」

 モデルのように完璧なスタイルに、整いすぎた美しい顔――伊集院さんが腕を組んで冷ややかに私を見下ろしていた。

「お前、どこまで知っている」

「え?」

 質問の意味がわからず問い返すと、伊集院さんは座っている私の目線に合わせるようにしゃがみ込んだ。

「聞こえているのか? お前は、どこまで知っていると聞いているんだ」

 いつもと口調ががらりと変わり、威圧的な物言いで私に問いかけてくる。だけど何度問われても、分からないものは分からず、視線を彷徨わせていると、伊集院さんの肩の向こうに、もう一人誰かがいることに気が付いた。

「あ、家の前にいた……」

 思わずそうこぼすと、伊集院さんが柳眉をしかめた。そして苛立ったように、私の顎を掴んで自分のほうを向かせた。

「私の質問に答えず余所見をするなど、いい根性をしている」

 ぎりりと顎を掴む手に力を込められ、痛みに顔がゆがむ。

「なに、言ってるのか分かんな――」

「とぼけるのは止めろ、小娘。お前があの事を知っていることは、既に調べが付いている」

 背筋が粟立った。これは凄く嫌な予感がする。

「田中太郎の事をお前は知っているな」

 あぁ、やっぱり! だから嫌だったのだ。抱えきれない秘密は身を滅ぼすのだと、前にお祖父ちゃんが言ってたのに。

「田中のアレの場所を、お前は知っているはずだ。言え」

 さっきから何を言っているのだ伊集院さんは。田中くんの正体のことかと思ったが、どうやらそれだけじゃないみたいだった。

 それよりも、私は大きな勘違いをしていた。あれだけ私に絡んできたのだから、てっきり伊集院さんも田中くんのことが好きなのだと思っていたのだ。

「伊集院さんって、田中くんのこと好きじゃなかったの?」

「スキ? スキとはなんだ? エックス、スキとは何のことだ」

 伊集院さんが後ろを振り向くと、彼女より少し離れた場所に男の子が立っていた。今朝私に声をかけてきた、あの地味な男の子だった。

「スキとは相手に好意をもつことです、アエル様」

「あぁ、その好きか。はっ、小娘笑わせるな」

 どうしよう、伊集院さんのキャラが普段と違いすぎて会話に着いていけない。

 そんな私の動揺に気付いているのかいないのか、伊集院さんは私の顎から手を離すと、その白魚のような美しい指で私の両頬を鷲掴みにした。たぶん私は今、とても不細工な顔になっているはずだ。

「この私が、他の種に好意を抱くだと? 戯言を言うなよ」

「れも、うっとわはひに、たらはくんのほとふひかって」

「馬鹿かお前は。あれはお前が田中のアレの情報を既に手に入れているかと探っていただけだ」

「うぇー?」

 紛らわしいにも程が有るわ。あんなに絡まれたら、他の女子みたいに田中くんのことを好きだと勘違いしてもしょうがないじゃないか。また田中くん絡みかと思って、昨日苛立ちのままに本気出してバスケしたのが無駄だったってことなのか。いや、これもある意味田中くん絡みだから無駄ではないのか?

「おい小娘。お前は自分の置かれている立場を理解しろ。お前が田中の情報を吐かねば、どうなるか分かっているのか?」

 ペチッと手を離すついでに叩かれながら言われた。可愛らしい音に反し、地味に痛い。

「ど、どうって……」

「生か死かだ」

 直接的過ぎて笑いそう。もう何だよこれ、非現実的すぎて脳みその処理が追いつかないよ。

「な、なにか勘違いしてるみたいだけど、私田中くんのこと何も知らないから」

 タコ足以外は、と心のなかで付け足してみる。

「あの姿を見ていながら、知らぬ存ぜぬで通るとでも?」

 伊集院さんの両目がスッと眇められた。田中くんといい勝負な美形だけど、伊集院さんの顔は冷たい美人という感じだから、怒った顔されるとめちゃくちゃ怖いんだけど。

「姿だけだから、本当に。それ以外、本当に本当に! 知らないんだってば」

 強調して言ってみたけど、やはり疑うような顔付きで見られている。でも本当に、あのタコ足の秘密以外、私はなにも知らないし聞いてないのだ。

「ふんっ、まあ良い。エックス、こいつを吐かせろ」

「かしこまりました」

「ちょ、ちょちょちょ!」

 伊集院さんが立ち上がって離れるのと同時に、あの地味な男子――エックスとか言うらしい――が近づいてきた。

「素直に吐けばいいものの、強情を張るからこうなるのですよ」

 エックスが無表情で私の前に跪く。そして何かを考えるように首を左右に傾げる。何をするのかと凝視していると、彼の顔がブワリと大きく膨らんだ。

「ぎゃっ」

 まるで内側から爆発したかのように膨らんだあと、形が平べったく横へと伸びていく。その異様さに今朝食べたサンドイッチの中身が口から出てきそうだった。

 必死に歯を食いしばって耐え忍んでいると、エックスの顔があの地味な男の子から、なぜか毒々しい水色のカエルの頭に変わっていた。

「あぁ……もう、なんでこんな」

 浅く息をついて吐き気を逃しつつ、カエルをチラリと見ると、大きな黄色の目がぎょろりと私を睨みつけていた。そしてその大きな口が開かれると、粘着質な舌が私の方へと伸びてきた。カエルの口内の色が目に痛いほどのピンク色だったのが、余計に気味悪かった。

「ちょっと! ち、近づかないでよ!」

 ぬらぬらと光るピンクの舌が私の方へと近づいてくる。私は少しでも離れようと、上半身を仰け反らせるが、筋肉痛のせいで上手く動かせないし、腕が縛られているから動ける範囲も限られているしで、ほとんど逃げ道がない。

「無様だな、佐藤沙羽。地球人ごときが、私に反抗などするからだ」

 私伊集院さんに反抗なんてしてないのに、怒りのこもった瞳で睨めつけられた。

「たかだか玉転がしごときで、この私に一瞬でも勝とうとしたこと、泣き叫びながら詫びるといい」

 たかがバスケごときに、どれだけ無慈悲な仕打ちをするのさ。というか、そこまで悔しかったの、伊集院さん。

「無闇に動くな佐藤沙羽。苦しみたいのか?」

 伊集院さんが冷たい声で言ってくる。苦しむって、なにするつもりだ!

「いや、嫌だって! ちょ、はな、離して!」

 必死に抵抗しても、濡れ光る不気味なピンクの舌は私の頬の直ぐ真横まで近づいている。もうどうして、こんな事になったんだろう。どうして、田中くんの秘密なんて知ってしまったんだろう。

 そうだ、これは田中くんのせいだ。全部田中くんのせいじゃないか。そのくせ、私がこんな目に会ってるのに、助けにも来ないなんて、あのタコ野郎!

「田中のバカヤロー!」

 ギュッと目を瞑って大声で私は悪態をついたのだった。




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