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14.



「沙羽! あんたいつまで寝てんの! 早く起きなさい!」

「うえー……」

 翌朝、私は全身に走る激痛に声にならない悲鳴を上げた。予想通り、筋肉痛が私を傷めつけてくる。

「無理ぃ、これは無理ぃ……死ぬぅ」

 珍しく自主的に目覚めていたのだが、それも体の痛さで目が覚めたのだ。爽やかな目覚めとは程遠い目覚めである。

「なに言ってんの! 早く起きて用意しないと、また遅刻するじゃないの」

「んぎゃっ」

 母が容赦なく私の上掛けを剥ぎ取っていく。その拍子に体がゴロゴロとベッドの上で転がり、その激痛に悲鳴を上げた。

「早く! しゃきっとする!」

「助けてぇー、お母さぁん、死ぬよぉ、死んじゃうよぉ」

「筋肉痛で人は死にません! 痛い時は動いたほうが、早く治るって学校でも習ったでしょ!」

「そんなの習ってないー、無理だから、後生だから、今日は休ませてぇ」

 無理やり私の腕を引っ張って起こそうとする母に、私はほとんど泣いていた。

「馬鹿言ってんじゃないわよ! 早くご飯食べないと、あんたの朝ごはん大輝に食べさせるよ!」

「いやぁ、それはいやぁ、お腹空いてるのぉ、でも無理ぃ」

 そうやって母と私の攻防が何分が続いた後、私は生まれたての子鹿のごとく、全身をプルプルさせながら部屋を出て階下に降りていった。階段はほとんど這いながら降りていった。その光景は、傍から見ればホラー映画のようだったろう。

「……おはようぅ」

 キッチンにようやく辿り着いた私は、床を這いつくばりながら、ようやく自分の椅子までたどり着く。

「お前、いい加減自分で起きろよブス」

 なにこの弟、朝から容赦なさすぎて泣けるんだけど。あ、もう泣いてたわ。

「はい、おはよう」

 お祖父ちゃんが私の腕を優しく引っ張って、椅子の上に乗るのを手伝ってくれた。この家で私の味方はお祖父ちゃんだけだわ。もうお祖父ちゃんと結婚する。

「なぁう」

「ぎゃっ!」

 特に痛みが酷い太ももに、推定六キロの我が家の猫、クルミが飛び乗ってきた。私のささやかな胸に頭を擦りつけてくる。いや、ぶつけてくるという方が正しい。

「おはようぅ、クルミぃ、お姉ちゃんのこと心配してくれるのぉ? どこぞの誰かさんとは大違いですねぇ」

「うるせぇブタ! とっとと飯食えよ」

「あぉん」

 痛みに耐えながら、私は朝食を平らげていく。痛みはあってもご飯だけは死守する。睡眠の次くらいに食事が好きなのだから当然だ。

「じゃ、言ってくる。クルミ、言ってくるにゃよー」

「おぁん」

 起きた時より、だいぶ可動範囲が広がった両手両足だったが、それでもぎこちない動きのまま、私はお母さんとお祖父ちゃん、そして猫のクルミに言った。大輝は既に登校した後だった。

「はい、いってらっしゃい」

「あんた、お弁当忘れてるわよ!」

「あ、大変。危ない危ない」

 弁当を忘れるなんて、死活問題である。昼抜きで午後の授業など、到底乗りきれるわけがない。

「それじゃ、いってきます」

 ぎこぎこと音がしそうな不自然な動きで靴を履き、私はようやく家を出た。そしてさぁ行くかと足を踏み出した時、不意に誰かに話しかけられた。

「――佐藤さん、だよね」

「え?」

 振り返ると、そこには私の通う高校の制服を着ている男の子がいた。中肉中背の、これといった特徴のない男子だった。

「佐藤さん、だよね?」

 もう一度問いかけられ、不審に思いつつも私は頷いた。

「そうだけど……誰だっけ?」

 私が聞き返すと、男子は無言で私に近づいてくる。その様子がなぜか異様で、私は思わず後退る。

「いった」

 筋肉痛を忘れて動いたせいで、足に激痛が走る。痛みに耐えるように俯いていると、何故か私の足元に影がさす。

 不思議に思って顔を上げると、目の前に男子がいた。

「佐藤さん」

 気味悪いほどに平淡な声で、その子は言う。どうやって足音もなくこんなに近づいたのか、そもそもこんな一瞬の間に、どうやって近づけたのか。

 心臓が痛いほど胸を打つ。この嫌な感覚は、あの夜と同じ気がした。屋上で田中くんを見てしまった、あの夜と。

 逃げないとと家の方へと向かった瞬間、首筋に刺すような痛みを感じた。そこで、私の意識は失くなったのだった。




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