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12.



 黄色い歓声とは、まさにこの事だろうと思う。

「きゃー! 田中くん頑張ってー!」

 三組との合同体育の時間、私のクラスと田中くんのクラスの女子たちが、どこからそんな声が出るのかと不思議に思うほどの歓声をあげていた。

「やっぱ凄いよね、田中くん」

 私の隣で体育座りをしながら、由里子が頬を染めて男子のバスケの試合を見つめている。私はボールを枕代わりに寝転びつつ、ぼんやりと様子を見ていた。

 コートの中では、もはや田中くんの独壇場と言っていいほどの試合運びになっていた。バスケ部に所属しているはずの男子達が、必至の形相で田中くんをブロックしているが、それをするりと交わしてゴールに近づいていく。いや、タコだからぬるりと言ったほうがいいのか。

「本当に完璧すぎるよね、田中くんって。顔も良くて頭も良くて、おまけにスポーツ万能なんて、漫画に出てくるヒーローみたいじゃん」

 ヒーローじゃなくてタコ足の宇宙人だけどね。心のなかで由里子に突っ込んでいると、体育教師の怒鳴り声が体育館に響いた。

「こらー! 佐藤また寝てるのか! 次はお前たちのグループだぞ! 早くしろ!」

 体育教師の怒声のせいで、生徒たちの視線が一気に私に集まった。しまったと思いつつ、眠気を覚え始めていた体をなんとか立ち上がらせて、よろよろとコートに向かった。

「あー、私本当に体育って苦手。運動神経悪いから、どの競技やってもいまいちだし」

 由里子が悲壮な顔で言った。

「でもいっつも部活で走ってんじゃん」

「あれは運動神経いらないし。ていうか、あれでも私いっつもビリだよ。それで先輩によく怒られるし」

 嫌そうにひらひら手を振る由里子に、そうだったのかと相槌を打った。

「こら、喋ってないで、さっさと並ばんか!」

 先生に怒られながら、私と由里子はコートに並び立った。早く終わらないかな、などと考えていると、ふと向かいに立つ人と目があった。

 伊集院さんが、私をジッと見つめていた。田中くんとは違った凄みのある美形に見つめられると、妙に緊張する。

「時間は十五分、延長はチャイムが鳴るまでだ、分かったな!」

「はーい」

 やる気のない返事を生徒たちが返す。私はなるべくボールが回ってこないように、後ろへと下がった。

「よし、始め!」

 ピーとホイッスルが吹かれた。ボールが宙に浮く。

 男子の方の盛り上がり方が尋常では無いため、女子のいるコートのやる気の無さが非常に目立つ。

「こらー! ボールを持ったまま走るなー!」

 男子の方にばかり気をとられているからか、ほとんどの女子が動きが鈍かった。私も適当にふらふらと走っていると、目の前に人影が通った。

「赤、二点!」

 後ろでパサと、音がした後、ボールが床に跳ね返る音がした。驚いて振り返ると、伊集院さんがゴール下でボールを持って立っていた。

 伊集院さんは運動神経も良かったのかと感心していると、なぜか彼女の口の端が持ち上がった。

 怪訝に思う間もなく、再び試合が再開する。するとまたもや伊集院さんがゴールを決めた。ただ先ほどと違ったことは、なぜか私の体にぶつかるようにゴールに向かったことだった。

 ブロックする気のなかった私は、伊集院さんが張り切っている理由が分からなかった。

 だけどその次に、今度はあからさまに体をぶつけてこられたため、そのまま私は弾き飛ばされて尻もちを着いてしまった。

「佐藤、フリースローだ!」

 いつの間にか手の中にボールがあった。それを置いたのは、他でもない伊集院さん。おまけに私を不遜に見下ろして、笑みを浮かべていた。

 これは、やはり狙ってされているのだろうか。だとすると、田中くん絡みで?

 伊集院さんほどの美少女なら、わざわざ私なんかを相手にせずに、ちょっとアピールすれば田中くんを落とせるんじゃないだろうか。宇宙人の嗜好は分からないけど、少なくとも美少女に迫られて嫌な気などしないはずだ。

 なんという理不尽な絡まれ方だ。少しだけ苛立った私は、持っていたボールをとっととゴールに投げつけた。

「白、一点!」

 先生が大きな声で告げる。後ろを振り返って伊集院さんを見ると、冷めた表情で私を見ていた。

「沙羽すごい! スゥってボールがゴールに吸い込まれていったし!」

 由里子が興奮して肩を叩くが、私はまだ苛立ちが収まらなかった。

 私のチームの女子の手から、当然のように伊集院さんがボールを奪うと、私に向かって迷いなく進んでくる。やっぱり、気のせいじゃない。

 来るべき衝撃に備え、足に力を入れて踏ん張っていたら、目の前からするりと伊集院さんはいなくなった――のではなく、フェイクをかけて私の横を華麗に通り抜けて、ゴールへとボールを運んでいたのだった。

「赤、二点!」

 またもや見下すような、嘲るような表情で笑われて、私は後頭部が痺れるのを感じた。

 いったい、どこまで私は我慢すればいいのだろう。そもそも、ここまで馬鹿にされるような事を私はしたのだろうか。断じてしていない。

 なのに毎日女子たちからは悪口を言われ、刺すような視線を浴びせられ、男子たちからは物珍しげな無遠慮な視線を投げかけられている。おまけにその原因の宇宙人は、私がこうなるのを知っていてやっているのだから質が悪い。

「……あったまきた」

 男子の試合に気を取られている子から、ボールを取るなど容易い。私はボールを奪い取ると、ゴールに向かって突き進んだ。急にやる気を出した私を怪訝に思ったのか、男子コートから自分たちのいるコートに視線を戻した女子達がちらほらといたが、そんなもので私は止められない。

 難なくボールをゴールリングへと叩きこむと、にわかにコート内が騒がしくなった。

「凄い沙羽! やっぱり沙羽って運動神経よすぎ!」

「ふっ、ふっ、ふっ。松未市のマイケル・ジョーダンとは、私のことよ」

「きゃー沙羽カッコイイ―! 惚れる―!」

「よせやい、照れるじゃねーか」

 私と由里子がふざけていると、他の女子たちが睨みつけてくる。私はこの視線に慣れてきているけど、由里子はどうなのだろうか。もし彼女になにかあったら、さすがに私も黙ってはいないが、今のところそこまではいっていない。それに由里子自身がいつも通りというか、なかなか肝が座っている友人である。

 先生の笛の合図で再び試合が始まる。ここ最近の溜まりに溜まった鬱憤を晴らすかのごとく、私は次々とゴールを決めていく。

 しかしさすが伊集院さんと言うべきか、彼女も私のチームからボールを簡単に奪ってゴールを決めていく。私たちのスピードに着いてこれないのか、ほぼ私と伊集院さんとの1on1状態である。

「伊集院さんがんばれー!」

「佐藤、そこだ―!」

 いつの間にか女子の声援が聞こえてきた。気づけば男子の試合が終わっていたのか、男子からも声援が届いていた。

「伊集院さんって、運動神経良かったんだね。いつも普通にするっと何でもこなしてたから、ここまでとは思わなかったよ」

 足の間でボールをドリブルさせながら言うと、目の前にいる伊集院さんが口元だけ笑みを作った。

「貴女もね、佐藤さん。いつも居眠りばかりで勉強も出来ない上に、まったくやる気のない貴女が、ここまで私に切迫するとは思わなかったわ」

 そんな風に見られていたのか。いや、事実なんだけど、改めて指摘されると私って、かなり駄目人間じゃなかろうか。

 一瞬気がそれたその時、伊集院さんの手があり得ない速度でボールに伸びてくる。

「まぁ、人間にしてはよくやったわ」

「は?」

 意味がわからないままボールを奪われてしまい、私は慌てて伊集院さんを追いかける。だけど伊集院さんもなかなかの早さで、私はここ近年、かつて出したことのないほどの本気を出して、彼女の背に追いついた。これはもう、確実に明日は筋肉痛である。

「逃がす、かぁ!」

 あと少しでゴール前というところで、私と伊集院さんが横に並んだ。彼女の美しい顔が驚愕に歪むのを見た瞬間、久しぶりに私は優越感を覚えた。そして彼女がボールをゴールへと運ぶために飛び上がるのと同時に、私も両足に力を込めて全身を宙へと投げ出した。

 私と伊集院さんの体が激しくぶつかり合う。あまりにもの衝撃に、一瞬息が止まった。

 次の瞬間には、私と伊集院さんの体は見事に後ろへと吹き飛ばされたのだった。

「ファウルボール! 赤、フリースロー!」

 先生の笛の声が遠くで聞こえる。バタバタとみんなが駆け寄ってくる音も聞こえる。だけどなぜか、何も見えなかった。

「沙羽! ちょっと、沙羽ってば!」

 由里子の常に無い焦った声が聞こえたけど、私の意識はそこでぱたりと途絶えたのだった。




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