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11.



「なんで監視するのに、そんなに接近してくる必要あんの」

 ある日、私が純粋な疑問をぶつけると、田中くんはいつもの胡散臭い笑顔で首を傾げた。下手な女子がするより余程魅力的に見えるのが、余計に腹立たしい。

「だって近くにいないと、佐藤さんの人となりが分からないじゃないか」

 チューっとフルーツ牛乳をストローで飲む田中くんを、私は苛立たしげに見つめていた。普段の格好いい姿とのギャップ萌えというヤツを狙っているのだとしたら、じつにあざとい仕草である。

 ちなみに私たちがいるのは、あの日田中くんと出会った屋上である。田中くんがどうしてあの日、鍵のかかった屋上にいたのか、今さきほど理由が判明した。彼は扉の前に着くと、人差し指をそっと鍵穴に近付けると、なんとそこからにゅるりと細長い金属質な何かが飛び出したのだ。驚いて見入っていると、固く閉ざされていた扉は呆気無く開いたのだった。改めて田中くんが宇宙人だと見せつけられ、私は戦慄を覚えた。

「いやいや、近くにいなくてもさ、私のこと丸見えなんでしょ? だったら近くにいなくてもいいじゃん」

「でもこうして間近で触れ合わないと、分からないこともあるよ」

 そう言って私の顔に、美麗な顔を近づけ覗きこんでくるから、思わず仰け反った。

「ははっ、酷いなぁ。俺、そんなにイケてないのかな?」

「いや、逆でしょ。イケすぎてて気持ち悪いんだよ」

 私が言うと、田中くんは可笑しそうに笑った。それは作られた嘘くさい笑みではなく、本心から笑っているように見えた。こちらの方がよほど好感がもてるのに、なんであの作り物めいた笑顔をよく浮かべるんだろうか。

「佐藤さんはさ、どうしてあの日から何も聞いてこないの?」

 目尻を拭いながら田中くんが聞いてきた。涙なんかこれっぽっちも浮かんでいないのに、仕草だけは地球人を真似ようとしているのだろうか。

「聞いたら余計なことに巻き込まれそうで嫌だもん」

「そんな理由だったの? はははっ! 佐藤さんって本当に変わってるよね」

 またもや田中くんは大笑いする。改めて宇宙人の笑いのツボが、よく分からない。

「宇宙人を串刺しにする田中くんには言われたくないよ」

 言った後すぐにしまったと思った。笑っていた田中くんが急に静まり返る。

 恐る恐る田中くんの方を見ると、あの日見た、無表情な田中くんがそこにはいた。

「地球人はやたらと、生き死にに敏感だとは聞いていたけど、本当だったんだね」

 観察するように見つめてくる田中くんの目が怖い。

「うーん、もしかして自分もああなるって、思ったりしてるの佐藤さん?」

「思うもなにも、もしうっかり秘密をばらしたら、私もあんな風になるんでしょ!」

 イケメンの隣でドキドキする女子は数多にいれども、イケメンに対して命の危機を感じてドキドキする女子は、きっと私くらいだろう。

 無表情で田中くんは探るように私を見つめてくる。無駄に整った容貌が、表情を無くすと鋭さを増して異様に見える。

 ふと、田中くんが目元を和らげた。

「佐藤さんは勘違いしてるよ。あれは君が思っているような生物ではなくて――」

「あーあーあー! 知らないー! 聞こえないー!」

 やめてくれ! 宇宙人の秘密をこれ以上知って、さらにややこしいことになりたくない! ただでさえ肩身の狭い思いをしているのに!

「本当に君は変わってるね。普通、異星人の生態を知りたがるものでしょ?」

「だから、知りたくないって言ってるじゃん! そんなの知った日には、エリア51みたいな所に連れて行かれて――」

「エリア51? ああ、アメリカの……。あの基地、別に異星人に関することは何もないよ。あるのはオ――」

「だーかーらー! やめてって言ってるじゃん!」

 咄嗟に田中くんの口を両手で塞ぐと、彼は驚いたように目を見張った。

「んー」

「あ、ごめん……」

 慌てて手を離そうとすると、ガッと両手を掴まれた。

「地球人ってどこも柔らかくて、ちょっと触れただけ直ぐに潰れちゃいそうだよね」

 不穏な言葉を囁きつつ、私の手を興味ぶかそうに見つめる田中くんに、生きた心地がしない。

「ち、ちょっと離し……ひぃいっ」

 手を引こうとした瞬間、田中くんが突然私の指先に唇を押し付けてきた。思わず白目を剥いてしまう。

「はな、離して!」

 手を無理やり引いても、田中くんの腕はびくともしない。なにこの宇宙人怖い。

「こうするの、イヤ?」

「あた、当たり前じゃん! て、ていうかさ、前から気になってたんだけど、田中くんのその胡散臭いというか芝居がかった身のこなし、いったいどこで覚えてきたわけ?」

 首を傾げながら私の手の甲を擦る宇宙人が、おかしいなぁと小声で囁くのを聞いた。おかしいのは、お前の頭の中身だと言いたい。命が惜しいから言わないけど。

「だって、地球人の女の子は、男のこういう仕草や態度が好きなんでしょ?」

「だから、それどこ情報よ」

「ん、漫画だよ」

「ま、漫画……」

 意外な情報源に唖然とする。

「ちなみに、どういったジャンルの?」

「少女漫画って言われているやつだよ。あれって面白いよね。地球人ってさほど目が大きくないのに、どうして漫画ではみんな目が大きいんだろう。あ、でも漫画に出てくるような宇宙人になら会ったことあるよ。あれはイモーク星人だったかな――」

「言わなくていい! 言わなくてもいいから!」

 慌てて遮ると、また不思議そうに首を傾げる。美形は何やっても様になるとか、なにこの不公平感。

「佐藤さんは欲がないね。俺から聞き出せる情報なら、世界中の重要機関が命がけでも知りたがるのにね」

 尚更聞きたくないよそんな情報。田中くんの手からようやく両手を引き抜くと、少しだけ彼は不満そうな顔をした。しかしまたフルーツ牛乳のパックに刺さっているストローを口に含むと、残りを飲み始めたのだった。

「あのさ、何度もしつこいようだけど、とにかくこれ以上私に絡むのやめて欲しい。本当にやめて欲しい」

「他の女子に絡まれるから?」

「知っててやってたの! なに、めちゃくちゃ性格悪い!」

 思わず非難すると、田中くんはどこ吹く風といった感じで朗らかに微笑んだ。

「だってとても興味深いんだよ、地球人の女の子って。俺達には理解できないことで直ぐに騒ぐし、怒るし喜ぶし。特にこの国の女の子は、集団になると凄い力を発揮するよね。あ、そういえば佐藤さんって牧山さん以外とあまり仲良くしてないよね。友達いないの?」

 宇宙人のデリカシーのなさに空いた口が塞がらない。あと勘違いしているようだが、私は友達が少なくてもなんの問題もないのだ。

「へーへーいないですよ、由里子以外には。田中くんはモテモテで大人気だから、よーござんすねー。でも私はそういうの勘弁だわ」

 別に誰かと無理して友達付き合いする必要を感じないのだ。だって自分の時間を削られるのが、私は何よりも嫌なのだ。その点、由里子は私のそういう所を理解してくれているから、一緒にいても凄く気が楽なのだ。

「……佐藤さんは、そんなに俺のこと興味ないの?」

 不満そうに私の顔を覗きこんでくる仕草は、とてもあざとい。

「それも漫画で覚えたの?」

「うん」

 少女漫画の仕草を真似て、それが様になるのは美形だからなのか。本当にムカつくな、こいつ。

「あのさ、私の前でそういうのいらないから。ぶっちゃけキモい」

「き、きも……」

 呆気にとられる田中くんに少しだけ胸がすく。なにやっても完璧な田中くんは、人から蔑まれるのに慣れていないのだろう。私なんか毎日のように蔑まれているのに。

「だって田中くん、本当はあのタコ足でしょ。なのにキザな真似しても、脳裏にあのタコ足浮かんで台無しっていうか、笑える」

「タコ足……ふふ、あぁそうか。あれはタコの足に見えるのか。ふーん」

「なによ」

 含みのある笑い方をする田中くんを胡乱げな目で見ていると、彼はニヤリと意地悪そうな顔をした。

「あの時の姿は、まだ俺の本当の姿じゃなかったんだよ」

「え」

 おいおい、あの気持ち悪いタコ足が真の姿じゃないだと? いや、確かによく考えたら上半身はいつもの田中くんで、違和感が尋常じゃなかったけど、それにしてもあれよりもさらに気持ち悪いことになるのか?

「見たい? 俺の本当の姿」

「いや、見たくない」

 即答すると、またもや不満げに眉を顰める田中くん。なんで自分からバラしていこうとするわけ? 構ってちゃんなの?

 田中くんは不満そうにストローを口に含むと、チューと吸い上げたけど中身が空っぽらしく、ズボボボという間抜けな音しかしなかった。

「そろそろ教室戻るよ。田中くんも早く戻りなよ」

「一緒に戻らないの?」

 不思議そうな顔で聞く田中くんに、怒りがわいた。

「戻るわけないでしょ! ここに来るまでにもみんなの視線が痛かったのに、一緒に戻ったら大変なことになるでしょ!」

「そっかー、残念」

 この宇宙人め、いつか一発パンチをお見舞いしてやる。

「とにかく、極力私に関わらないようにね! 田中くんのせいで授業中に居眠りしてても、クラスの女子にチクられて眠れなくなったんだから」

「そこは真面目に授業を受けようよ」

「私は眠るのが好きなの! ライフワークなの!」

 これだから宇宙人は。先生の声を聞きつつ、机に突っ伏して眠るのがどれほどの幸福か、このタコ足宇宙人には理解できないらしい。

「あ、今日も一緒に帰ろうね」

「帰るかバカ! ていうか、田中くん今日サッカー部の部活のはずでしょ」

「やったー、佐藤さんが俺の予定をようやく覚えてくれたー」

「棒読みで言うな! もういい、私教室に戻る!」

 待ってよーなんて、やはり棒読みで言う田中くんを無視して、私は屋上を後にした。




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